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我が輩は猫である。名前はまだ無い。……と、言いたい所だが、名前はある。クロだ。ほんの少し前に出会った人間に付けられた名前である。まぁ、体は真っ黒だしこれ以上無い名前と言える様な気もするが、安直だ。付けたのは子供だし当たり前かも知れないが。
うどん屋さんの前で出会った若い男と少年の組み合わせに着いて行って、勝手に家に上がり込んでから3日が経った。年齢からして家には若いお嫁さんがいて、少年は彼の息子なのかと思っていたら帰った家には誰も居らず、家にはその男と少年が2人で暮らしているのだという事実を知った。どんな関係か気になったが、そういえば少年が男の事を「先生」と呼んでいたのを思い出す。恐らくは、教師と生徒なのだろう。一緒に住んでいる理由は分からないが。
まぁ、平和な時代を生きていた私には分からないが、服装や町の生活からしてここは私の生きていた時代よりずっと昔の様な気がするし、恐らくはまぁ、戦とか、そういうのが関係しているんだろう。勝手に想像するのも申し訳ないし失礼なので、余り深く考えない様にはしている。
まぁ、で。勝手に男の家に住み着いてからの3日間何をしていたのかというと、猫としての自分が何が出来るのかを確認したりエサを貰える場所を探しに行ったり、色々だ。なので昼間は基本的に家には居らず、夜寝る時だけ男の家に帰る様にしていた。今日も今日とて様々なエサ場を回って帰ると、もう私がいる事に慣れたらしい男が「おかえり」と言って笑う。この男……土井半助も慣れたものだなぁ。(名前は隣のおばちゃんが呼んでいるのを聞いて知った)
「あ、クロ、帰ってきたんスね」
「ああ、今さっきね」
「おいで」
どうやらお風呂上がりらしい少年、きり丸が、私を手招きする。家を間借り(?)している居候の身としてはまぁ、断れる筈もなく私はゆっくりときり丸に近付いて行く。しかし幼く見えるのに商魂逞しいこの少年は、私を撫でる時に年相応の表情を浮かべてくれるので、まぁ、構われるのは嫌いではなかった。
「クロ、今日はどこ行って来たんだ?」
「ニャア」
「はは、そっかそっか、今日も楽しかったか」
きり丸の問いに返事をした私を、彼は嬉しそうに抱き上げてくれる。それから、ぎゅっとまるで人間にするみたいにハグ。いつもの流れだ。なので、私もお返しとばかりにきり丸の肩に乗せられた自分の手にぎゅっと力を入れる。いつも力加減が難しくてつい爪が出てしまうのだが、きり丸は「爪立てるなよ」なんて笑うだけで、私を怒ったりはしない。愛い奴め。
「きり丸はクロの事が好きだな」
「だって、クロ人懐っこくて可愛いんですもん。土井先生は好きじゃないんスか?」
「いいや、私も好きだよ」
きり丸に抱き上げられた私の頭を、土井半助がぐりぐりと撫でる。まるで小さい子にするような撫で方だ。私は元々20歳なんだけどなぁ。猫で言えばまだ1歳くらいだけど。しかし、土井半助……うーん、長いから先生でいいや(きり丸もそう呼んでるし)。先生やきり丸に頭や顎を撫でられると喉が勝手にゴロゴロ言い出してしまう。猫は気持ちいい時や機嫌のいい時にこういう音を出すらしい。
「クロ、今日オレの布団で寝てよ」
「ンニャン」
「寝相でクロを潰さない様にな」
ははは、と笑った先生にきり丸が「潰さねぇっスよ!」とムキになって返す。まぁ正直きり丸は寝相がいいとは言い難いが、めちゃくちゃ悪い訳では無いので潰される心配は…まぁ、無いと思う。ついでに今日は少し冷えるので、一緒の布団で寝るのも異論は無しだ。
用意された煎餅布団にきり丸と先生が入り込んで、私も一緒にきり丸の布団へとお邪魔する。きり丸は子供だからか体温が高いので、一緒に寝るとぬくぬくだから好きだ。どこで寝ようかな、と腕を広げているきり丸の横腹の辺りでポジション取りをしながら布団を踏みつけて、なんとなく寝易い形にする。それから、そこへ体を丸めて横たわれば、きり丸の手がぽんぽん、と私の躯を撫でた。
「おやすみ、クロ」
ああ、おやすみきり丸。