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幼馴染の使用人
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「ちくしょうあのクソ執事……どこまで僕を小馬鹿にすれば気がすむんだ!!」
叫びながらぶん投げた目覚まし時計が弧を描いて壁へと叩き付けられる。ガッと鈍い音をてて床に転がるそれを見て、次はライトスタンドを同じ場所へと投げ付けた。
「いつもいつもあいつは……クソ!」
本棚に並べられた書籍、棚に飾られた小物。部屋の調度品という殆どの物をこわしつくした後、ようやっと僕の動きが止まる。はぁ、はぁ、と荒い息を整えながら額に滲んだ汗を拳で拭う。
そんな僕の荒んだ姿をベッドの上から眺めていた誠之は、動きが止まったのを確認すると「気が済んだ?」と言葉をなげかけてくる。
その声に返答は返さず立ち尽くしていると「坊ちゃん」と今度は低めの声で呼ばれた。
「なんだよ」
不機嫌を全開に表した顔で振り向けば、誠之が呆れとも哀れみともとれないなんとも言えない表情で僕を見ていた。
「気が済んだならこっちおいで」
緩く手招きをされ、それに逆らう理由もなく僕は招かれるまま誠之の元へ。大きく広げられた腕の中に抱きすくめられると、嗅ぎ慣れたタバコの匂いが鼻腔をくすぐる。誠之の匂いだ。
その匂いに、苛立った感情が落ち着いていく気がして「ふぅ」と短く息をつく。
身体の力を完全に抜いて身を任す僕に、誠之はクスリと笑をもらしつつ頭を撫でてくる。
「よーしよし、有栖にまた酷いこと言われたんですね可哀想に。お兄ちゃんが慰めてあげましょ」
「なんだその薄気味悪い言い方。ていうか誰がお兄ちゃんだって? 歳下のくせに」
「見た目年齢の問題だって。どうみても俺の方が歳上でしょ?」
ついでにイケメンだし、と付け加えて来たもんだからアホかと鼻で笑ってやった。
「しかしほんと坊ちゃんと有栖って犬猿の仲ですよね。有栖も有栖でそんな簡単に退く人じゃないから誰かが止めに入らなきゃヒートアップしてくだけだし」
「あいつが分を弁えてないから悪いんだ。雇われ労働者のくせに主人にたてつくだなんて駄犬が」
「まぁ……この屋敷で坊ちゃんに口答えするのなんて有栖くらいか。俺だってしないのにねぇ」
おー怖い怖いと肩を竦めおどける男に、僕は口端を尖らせながら
「お前はもう少し口答えすればいいと思うぞ」
「へ?」
「お前はうちの使用人だけど……僕はお前を使用人なんて思ってない」
「えー……でも一応雇用契約は結んでるんで、そこはちゃんとしなきゃ」
「お前は僕の友人だろ!?」
「へ!?」
僕の言葉に誠之が目を丸くして首を傾げる。いきなり何言ってるんだって顔だ。
「確かにお前は祖父の時代からうちに仕える使用人一家で。お前の祖父は僕のじいさんに。父親は親父に。そしてお前は僕に仕える使用人だけど。でもそれ以前にお前は僕の幼馴染で友人で……だからお前は僕に口答えしろ。対等でいろ!」
「え〜……」
流石にそれは……他の奴に見られたらなんて言われるか。そう苦笑う男の頬をべチンと平手打ちしてやる。
「いっ……た! なんで殴るんですか坊ちゃん。痛いじゃないですか」
「うるさい! え〜でもあ〜でもない! 僕がいいって言ってるんだ、言うこと聞け!!」
駄々を捏ねる様に男の胸を叩き訴える僕に、誠之も負けたのか「わかりました」と両手をあげる。
「わかった、わかりました、了解しました。……ったく、いつもはムカつくくらい俺様全開のくせにこーゆう時だけめっちゃ可愛いことするだからずるいよなぁ」
言いながらちょんっと触れるだけのキスを落としてくると、ニッと笑った。
「ま、そーゆう可愛い坊ちゃんの姿を見れるのも幼馴染の特権って奴ですか。ならすげー得した気分だ」
「かっ……」