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忠告
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長髪の男の人が私を見て、柔らかに微笑む。
『君、よく私達を見ていますよね。もしかしてこの子と仲良くなりたいんですか?』
男の人と男の子を交互に見て、緊張しながらこくこく頷くと、男の人は嬉しそうに笑みを深めて、私と男の子の肩に手を置いた。
『この子は真面目すぎるところがありますが……優しくていい子なんです。是非この子と仲良くしてあげて下さい』
男の人の穏やかな声に、優しい笑顔に胸が脈打つのを感じながら、私は「……はい」と頷いた。
天導衆の一室に呼ばれた私は、私を呼んだ人のことを考えた。
(あの男の大事な方ってどんな人なんだろう)
嫌な人じゃないといいな……そう思いながら部屋の扉を開ける。
部屋には一人の男がいた。その男の姿を認めた私は目を見開く。
(え、嘘)
男は黒い衣装に身を包み、長い髪を下ろしていた。男の顔は昔朧くんとよく一緒にいた男の人と瓜二つだった。
(この人って、まさかあの人なの……?)
そう推測して、すぐに打ち消す。
男が纏う雰囲気はあの男の人とは全く違うものだったからだ。
(……この人は)
――危険だ。
瞬時にそう察知した私は、男から距離を取る。
「……おやおや。そんなに怯えなくて良いんですよ」
男はにこりと笑う。
あの男の人と同じようで違う男の笑顔にゾッとして、背筋に悪寒が走るのが分かった。
「…………今日は、何故私を呼んだのですか?」
やっと出せた声は震えていた。
男は私を観察するように眺める。
「興味を持ったからですよ」
「……興味?」
「はい。奈落三羽に並ぶ実力を持つ君にね」
男は何処か楽しげに言う。
「君の噂は聞いてますよ。ターゲットにした相手はたとえ女子供であれ容赦なく殺すと。その実力は奈落の三羽にも引けを取らないと」
「……その噂は、ただの噂ですよ」
事実、私は成長した朧くんには一度も勝ったことがない。
内心で苦笑すると、男は笑みを浮かべながら続けた。
「その噂が事実であれ虚像であれ、私は君に興味を持ちました。そして今日、君を見て思いました。君は、美しい」
「……どうも」
褒められたことに喜びはなく、警戒を解かずに男を見据えていると、男はふ……と笑った。
「君を私の側近にしたら毎日退屈しないでしょうね」
「いや……買いかぶりですよ。私、そんなに面白い女じゃないですよ」
「そうでしょうか?少なくとも朧よりは私を楽しませてくれそうです」
銀髪の男の名前が出て、ピクリと肩を揺らすと、男は笑みを消した。
「あの男は私に従順過ぎてつまらない」
冷え冷えと言い放つ男に、私は眉を寄せて男を睨め付ける。
「そんな言い方、ないと思います」
――俺の、大事な方だ。
銀髪の男の言葉を思い出して拳を握り締めると、男は笑みを浮かべた。
「やはり面白い。私をそんな目で見る女は君が初めてですよ」
男はまるで楽しい玩具を見付けたような顔で笑う。
(……厄介な人に気に入られたかもな)
私ははぁ、と内心で息を吐き出す。
「まだ名乗っていませんでしたね……私は虚と申します」
「……虚?」
あの男の人と同じ名前?
(この人は、やっぱりあの人なの……?)
再びそう推測して、あの男の人の笑顔を思い出してそれを打ち消す。
(この人とあの人は違いすぎる)
この男とあの男の人の顔は瓜二つだったが、纏う雰囲気は全く違っていた。
(他人の空似……?それとも兄弟とか……)
うーん……と考えていると、「君の名前は?」と問い掛けられる。
「……蓮と申します」
「蓮ですか。良い名前ですね」
男―虚様はにこりと笑う。
(……油断できないな、この人)
虚様の読めない笑顔を見て、私は内心で息を吐いた。
虚様と暫く話をして、彼から解放された私は奈落の自室に戻り、布団に倒れ込んだ。
(……疲れた)
虚様は終始読めない笑みを浮かべていて、此方を圧倒するような雰囲気を放っていた。
(あんな人の側近になったら、胃がもたれそう)
目を閉じて体を休めていると、扉が叩かれる音がした。
「蓮、入るぞ」
(この声は……あの男か)
布団から起き上がると、扉が開かれて銀髪の男が姿を現した。
男は何処か気遣わしげな目で私を見る。
「あの御方に失礼はなかっただろうな」
「……失礼どころか、気に入られたみたい」
男は目を見開く。
「気に入られた?」
「うん。なんか私を美しいとか、面白いとか言ってた」
男は意外そうな表情を浮かべる。
「あの御方が特定の女性を気に入るのは初めてだ」
「……そうなの?」
「嗚呼。あの御方の浮わついた話を聞いたことがないからな」
……あの人、硬派なんだな。
虚様の読めない笑顔を思い出して、眉を寄せる。
「あんな人に気に入られても嬉しくないな……」
「あんな人とは何だ。あの御方に気に入られるなど、名誉があることだぞ」
……そうかなぁ。
私は銀髪の男を見据える。
(この男なら……朧くんなら、あの人達のことを何か知ってるかも)
そう思って、しかし触れるべきか迷っていると、男は真剣な眼差しで私を見つめた。
「……あの御方は、危険だ。呉々も気を付けろ」
男の忠告に目を見開いて、「うん……」と頷くと、男は私に背を向けて部屋から出た。
(あの男も、あの人を危険だと思っているんだ……)
胸騒ぎがして、私は更に眉を寄せた。