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『遅ぇ』
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『…ぎゃッ』
…おっと、変な声が出た。
「…例の兄貴さんから?」
私の奇声を聞いた友人が、溜息混じりに呟いた。
『いぇす』
その問に、真顔で頷くと、更に溜息を吐かれた。
『“客人が来た”ってさ』
「うん、察し」
ズズーッと、空になったグラスの底をストローで吸い上げる友人の顔は無表情だ。
『ホントごめん!!この埋め合わせはいつかするから!!』
「今日が前の埋め合わせだったよね」
『…今度、奢らせていただきます』
「しゃーない、兄貴さんの事は知ってるから何にも言えないし…また都合の良い日教えてよ?」
『恩に着る!!』
鞄を抱えて、友人と談話していたカフェを飛び出した。
向かう先は…兄の職場兼自宅。
『ぜぇ…はぁ…た、ただいま…ゴホッ』
交通費をケチって走ったせいで肺は痛いわ足はパンパンだわで最悪な状態となりつつも何とか到着。
『遅ぇ』
客間に、地の底から這い上がるような…ドスのきいた声が響いた。
正座したままビクビクしてるのは客だろうけど…ウチの常連じゃないのは一見して分かった。
『るっせーな!客人ぐらい1人でも相手できるようなれや!!』
『……………』
『黙るなやヲィ!つーか茶も出さんとかマジふざけ!!』
客間に居た客人…よく見ると喪服を思わせるような真っ黒いスーツを身に纏った男性だ。
…あ、この人絶対に兄貴恐怖症になったヤツだ、うん。
「あ、あの…大丈夫ですよ、ハイ」
『いやいや、お客だからって遠慮することないですよ!非常識にも程がありますよねーうちの兄。あっ、すぐにお茶持ってきますんで待っててください!!』
「∑いやいやホント大丈夫ですって!!むしろこの空間に2人っきりにしないでくださいお願いします!!」
ガシィッ!!と勢いよく男性が腰に抱き着いた。
その光景に兄貴の眼がクワァッ!!と見開かれる。
『あー…分かったんで離してくださいオニーサン、兄貴もその顔どうにかしてくれマジぱねぇから』