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繰り返す、自問
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いつだって、世界は理不尽だ。
どんなに頑張ったって報われる人と報われない人がいるみたいに、生あるもの皆生まれた瞬間から見えない天秤にかけられ、篩い分けられている。
わたしは、後者の人間だった。
可哀想な子どもを演じる訳ではないけれどわたしは生まれてこのかたーーと言っても両手で事足りる年齢だがーー碌なことがない。
まずは、もう名も顔も知らぬ親に売り飛ばされたことから始まる。
聞いた話によると親は片親で、わたしは望まぬ子どもだったらしい。
なので父は蒸発。母は、出来た人だったようで自分一人でも大変生きにくい世だというのに懸命に育てようとしてくれていたらしい。
が、女一人でしかも、子ども付で生きていけるほど世間は甘くなかった。
生活に困窮した母は、最後の手段として泣く泣くわたしを手放したのだと売人の男から聞いた。それが五つの頃である。
次の不幸はすぐに訪れた。売られた先が外国(とつくに)だった。
さらに言えば、そこはとんでもなく極寒の地で本当に同じ星なのかと疑った。
加えて、言葉も何も通じないので言葉も一から覚え直す羽目になった。まるで世界から放り投げられた気分だった。
年齢に対しては中々に波乱万丈な人生を歩んでいると思うが、今日またわたしの人生の頁に不幸が上書きされることになる。
「へぇ、この嬢ちゃんか」
「…」
売られた先から攫われるという不幸が刻まれた。
※
「嬢ちゃん」
その声に読んでいた本から顔を上げた。
「仕事だ」
「…わかりました」
彼らが拠点(アジト)としている埃臭い倉庫の、自分の定位置にお気に入りの本を置くと、この組織の首領に星空の元へ連れ出される。
今日は何人屠れば良いのだろうか。
あれから数年。わたしは、男らと共に日本ーーヨコハマに蜻蛉返りしていた。
わたしを攫った彼らは日本へ帰る船の最中で自分たちは非合法組織ーー所謂マフィアなのだと名乗った。
そして、マフィアといえども大から小まであるが裏でさえ名を知られていないような小さな組織なのだとも。
力を持たない組織を続かせていく為に力が、異能力者の力が必要だから攫ったのだとも言った。
ちゃぷんちゃぷん。意識してなくても波の音と潮の香りが漂う港の一角。人の手が入らなくなって久しい倉庫の前に彼らはいた。
彼らは今日この倉庫を根城にする敵対組織に根絶やしにきた。裏社会でよくある中小組織の縄張り争いだ。
「手筈は?」
「完璧ですぜ、頭目」
「…そうか。咲野」
「はい」
「やれるな?」
頭目である男の確認に咲野はフィッと視線を逸した。
最初はただ、帰ってこれた喜びがあった。けれど、今はもうよく分からなくなっていた。
「…」
「無言は肯定と捉えるぞ」
「…いつも通りです」
「ならば行け。いつも通りに、な」
「…」
ニィっと悪どく笑った頭目にため息をつきたくなるのを堪えて、わたしは錆びついた扉から臆することなくお邪魔した。
中は夜ということもあって薄暗く、そして埃臭かった。
わたしが身を寄せている彼らと同じように倉庫は、コンテナが無造作に積まれて、荷物を運ぶ機能は既に無い。
その上には、黒光りした玩具を手にした20人弱の柄の悪いお兄さんたちが団欒している。本で読んだ煙となんとかは高いところが好きという説は真実だったようだ。
そして、迷ってやってきた浮浪児だと思ったのだろうか。それとも後ろめたいことがあったのか。不意に現れたわたしにお兄さんが怖い顔と玩具を装備して近寄ってくる。
よくよく倉庫を見れば傷だらけのお姉さんが二人ほどいて、つまり先の笑いはそういうことなんだろうと理解できてしまう。
……理解できてしまう自分が心底嫌だった。
「あ?なんだ、餓鬼」
嗚呼、もう本当に。
「…お兄さんたちに恨みはないんですけど、御免なさい。
ーーー死んで下さい」
「異能力【千年桜】」
一体何の為にわたしは生きているんだろう。
桜の花弁と共に倒れ行くお兄さんたちを見ながらわたしはいつもの自問を繰り返した。