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黛千尋の妹が海常に居たら
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「よくもまああそこまで爆睡出来たな、ある意味尊敬するぞ」
はぁ…なんて気の抜けた声が出てしまった。普段はあまり活躍しない表情筋は相も変わらず活躍しない。ほとんど無表情に近い表情で、職員室の自席に腰掛け溜め息を吐く源ちゃん、もとい武内源太日本史教諭を眺めていれば、彼は持っていた出席簿で私の頭を軽く小突く。
「影の薄い私を視認出来た先生に私は尊敬しますけどね」
生まれつき存在感が希薄と言うか影が薄いと言うか。目の前に居るのに「あれ?どこー?」なんてよくやられて既に慣れっこな私が、悠々自適に睡眠学習をしていたらこのザマである。目敏く見つけたものだ、なんて呑気に感心する。
真横にめっちゃ存在感でかい奴いますし、と付け足すと彼は苦笑交じりに「そうだな」と短く答えた。
それから、ふむ、と口元に手をやり暫し思案する。授業中に睡眠学習をしていた私へのお咎めを考えているのだろう。やはりあるのか。無いと良いなぁなんて考えていたのに。
「中間テストの時期だな」
「なんです薮から棒に」
にやり、と意地悪く笑った彼を目の前にして、私は思わず顔を顰めた。ああ、これ確実に面倒臭いの押しつけられるパターンだ。
案の定、面倒臭いことこの上ない頼まれ事をされてしまった。小さな溜め息と共に目の前の自習室の扉を軽くノックしてからスライドさせた。
その音に気付いたのか、既に室内に居た数人の男子生徒がこちらを見る。が、何故か誰一人として私と目が合わない。何故だ。いや、私の存在を認識出来ていないから何だろうけど。そこまで影薄いかな…あ、ちょっと傷付いたかもー(棒読み)なんてね。
「あの、」
「うおおぉぉおぉ??!」
小さく息を吐いてから声を掛ける。漸く私に気付いたらしい彼らは私を見るなり声を上げた。それに「なんかすいません」と軽く謝罪をしてからぐるりと一同を見渡す。
うーわー、なにこれ。苛めですか源ちゃん。
予約を取り付けておけば借りることの出来る自習室というなの小さな部屋。テスト週間によくここで勉強会と称したものが開催されるのは知っている。私は利用したこと無いけども。
そんな自習室にガタイの良い男子生徒が4人。それでも狭く感じない。寧ろスペース余りまくってる。意外と広かったんだなー。
「あのさ、もしかして、」
「え?」
どうでも良いことをつらつらと考えていたら、さらさらな黒髪の先輩と思わしき人が声を掛けてくる。確か、あの顔は。
「えーっと、森山、先輩、でしたっけ?多分そのもしかしてです。源ちゃ…げふんげふん、武内先生からバスケ部の問題児をどうにかしてくれ、と指示改め新手の苛めを受けてここに来ました、黛なまえです」
言いながら開けたままだった扉を後ろ手に閉めて適当なところに荷物を置く。そうして、空いている席に腰掛けた。
「監督のことだからてっきり男子生徒を寄越してくると思ってたのにね」
「っスよねー」
少々困ったように笑いながら言った小堀先と、それに頷いた派手な頭。ああ、噂の問題児。
「男子生徒じゃなくてすみません、何分、日本史の時間に睡眠学習してたのが見つかってしまったものですから。それが無ければ当初の予定通り男子生徒を適当に見繕って送り込んだんじゃないですかね。あ、それと、笠松先輩のことはお伺いしてますので私の存在は視界からシャットアウトして頂いて構いません。まあしないようにしても気付いたら私の存在なんて消えてると思いますけど」
こっちだって来たくて来たわけじゃないんだよ。という苛立ちを7割。ついでに私を見てからガチガチになってしまった笠松先輩へのフォローを2割。残り1割は睡眠学習がばれた過去の自分への苛立ちである。
その7割を掬い取った小堀先輩は乾いた笑いを浮かべて頬を掻く。森山先輩は「面白い子だなぁ」なんて笑っているし、笠松先輩はドモりながら頷いていた。そして、あの問題児は「居眠りがバレたとか…」と軽く笑っているのだから腹立たしくて仕方がない。
「出席番号7番の黄瀬涼太君は人のことを笑える立場なの?別に寝ててもそれなりに点数取れるから自信がある私と違って、危ないから今、こうやって勉強会とかいうものが開催されようとしてるんじゃないの?」
まあなんだって良いんだけどね。早く帰れるなら帰りたいし。
小馬鹿にするように言ってから付け足すと、彼はムッと表情を変えた。
「先に断っておくけど、私、黄瀬君のこと、恋愛的な意味合いは元より、人間的にも好きでないし、好きか嫌いかと聞かれたら嫌いな部類だと答えるぐらいには黄瀬君のこと好きではないから少し言い方がきつくなるかもしれないけど、ごめんね?」
普段は全く仕事をしない表情筋。それをフル活用してにっこり笑って謝罪の弁を口にする。呆気に取られていた黄瀬君は漸く言われた内容を理解したらしい。びしっと私を指差すと「初対面に向かって失礼すぎじゃないっスか?!」と喚いた。
「なんで全然会ったことも喋ったこともない全く知らない相手に好きじゃないとか嫌いだとか言われなきゃなんないんスか!!」
「私は黄瀬君のこと。よぅく知ってるよ?出席番号は7番で、つい最近席替えをしたら窓側2列目の後ろから2番目の席。昨日、現国の時間に居眠りしてたね、やだ余裕ー」
「な…っ?!」
口をパクパクと金魚のように開くだけで何も言えない黄瀬君と、いったい何がどうなっているのか現状把握に努めている三年生方。
「私、生まれつき存在感が無いというか、目立たないと言うか、まあ要するに影が薄いんだよね」
「…は?」
「あのね、黄瀬君。私、黄瀬君の左隣に座ってるんだけど」
種明かしをすれば、黄瀬君はぽかんと間抜けな表情で私を見て、「うそだ…」と小さく呟いた。
残念、嘘じゃありません。
2017.04.19
加筆訂正