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捕縛
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空に帳がかった頃、蒸し暑い体育館準備室でみんなの使い古したバレーボールを磨いていた。みんな大会に向けて猛練習をしている中、私は影から彼らを支えるマネージャーをしている。先月あたりから忽然と姿を消してしまった3年マネージャーの穴埋めに部長に誘われて入った私であるが、初めの頃は何事も上手くいかず、不味いドリンクを配ってしまったり、床を磨き過ぎて転ばせてしまったりして足をひっぱていた。最近になってようやく、まともに仕事ができるようになり打ち解けて来たと思う。それに、みんな優しい人だし気を使ってくれる。最初は、強面の人とか、筋肉質のガッチリした人とか、坊主の人とか、嫌味な人とか怖かったけど大分慣れた。私はもう胸を張って部活のメンバーと言えるだろうか。
感慨に耽りながら仕事をしているとガラリと扉が開く音がした。
「苗字お疲れ、もう上がってもいいぞ」
「はい、澤村部長。あと、3個で終わります」
「そうか、苗字は仕事熱心だな。清水がいないから助かるよ」
そんなことないと謙遜する私を他所に澤村部長は、私に新しい仕事を与えたいと言う。
「清水にもやって貰ってたんだが、その本人がいなくなってしまって困ってるんだ」
「私でよかったら…」
先輩はゆったりとした口調でありがとうと呟き、微笑んだ。いつもの先輩の表情の筈なのに何故だろう、昨今から鳥肌が立ち悪寒がする。
今日の先輩はなんか怖い
そんな失礼な考えを振り払う為に別の話題を振る。
「そ、そういえば清水先輩は何処にいってしまったんでしょうね?」
「俺達にもわからない。可笑しい様子なんてなかったんだけどな」
失敗したと思った、一番辛いのは当事者の彼だ。この言葉は禁句だとわかっていたはずなのに。でも、違和感が拭えない。おれたち……?
「でも、敢えていうなら」
「あの世に逝っちゃってるとか」
いきなり現れた菅原先輩が縁起でも無いことを言う。
「菅原先輩そんな言い方ってあんまりじゃ…」
「可能性はあるよ?清水は美人だからね。性質の悪い暴漢達に襲われて散々嬲られた後で殺されたりね」
菅原先輩のいつも通りの笑顔に憂慮した。彼はこんな事を冗談のように笑いながら言う人ではなかった筈だ。
「苗字さんもカワイイから、気を付けた方がいいよ~」
艶かしく澤村先輩に寄りかかりながら言い放たれ、話の流れ的にもその言葉は洒落にならない。
「やめて…くださいよ、冗談でしょう?」
「冗談?俺がいつ冗談なんて言った?」
「よしてやれ、菅原。苗字も怖がってるだろ。それで新しい仕事なんだが………………俺達の性欲処理になって欲しいんだ。」
え?
思考回路が止まる。
部長の口からあり得ない言葉を聴いたから。何を言っているのか私には皆目見当もつかない。セイヨクショリ?なんだそれ。さっきまでいつも通りの笑顔に見えていた二人の笑顔がとても汚いものに見えてきた。二人はニッコリ?ニヤニヤ?どっちだろうよくわからない、だけど下卑た笑みなのはよくわかる。
「承ってくれるよな?」
え…あ、は……。
危うく流れに乗ってOKを出してしまいそうになって思いとどまる。駄目だこんな事絶対に許され無いから、だから私は…………
「い…………嫌です。」
「………そうか、残念だ」
澤村先輩の顔は全然残念そうに見えなかった。
その言葉を合図に菅原先輩が弾け飛んで押し倒して来た。衝撃で私は頭を思いっきりぶつけ脳震盪を起こすかと思った。
「名前ちゃん始めてだべ?優しくしてあげるからな」
軽薄に嗤い、上手く私の手首を束ね上げながら制服を脱がしていく 。
犯される。今まで慕ってきて、尊敬もしてた先輩に凌辱される。そんなことってない。混濁した気持ちが濁流となって押し寄せてきて、反射的に身体が動いていた。
私は菅原先輩の脇腹を蹴りあげた。
嗚咽し腹を抑える先輩を後目に呆気に取られている澤村先輩を通り過ぎる。照明の下を走り抜け、渡り廊下へ逃げようと駆け抜けたら
「いたっ…!!」
体当たりをかましてしまった相手を見上げたら、部室へ戻って着替えているはずの東峰先輩だった。
「あ、東峰先輩!助けてっ…!!」
「ど、どうしたの…?そんなカッコで……」
「澤村先輩と菅原先輩がおかしいんです!」
「大地と…スガ?」
よかった、助かった。東峰さんなら大丈夫。優しい人だし、あの人達みたいにあんな事しようとしないはずだ。
「………ああ、そうか」
東峰先輩の筋肉の付いた男らしく逞しい腕に、見た目とは裏腹に羽根でやんわりと包み込まれるように抱き締められる。
「ごめんな」
もう大丈夫だと、そんな言葉を期待していたのに。
「大地とスガは、怖いから…逆らいたくないんだ」
困ったように苦笑する東峰先輩。いつも通り、本当にみんなしていつも通りの表情なのに。なんでこうも目が濁っているんだ。
「いやあぁぁああぁあああ」
逃がさないとでもいうように、締めあげられる。万力のような力で振りほどくこともできない。
「せ、…んぱ…苦し」
抱き締めた状態のまま、片手を首に回す。そのまま首まで締め上げる。
「アッ……がハ、……ぁあ」
意識がどんどん遠のいていく。視界が真っ黒になって光がちりちりして、足までおぼつかなくなって。それでも最後まで見つめた顔は、冷たい無表情だった。
私の意識はそこで途絶えた。
………
………………
………………………
夏の夜、虫の音も聞こえない中で、
「旭、殺したのか?」
「いいや、頸動脈を締めだけだから気絶してるだけのはず」
「死んでたらどーすんの」
「え、…そ、それは困るなぁ」
「今更困るもないだろう。死んだらまた、川にでも棄てればいいだけだ。」
「~♪怖いねぇ大地ぃ。あーあ、可哀想な苗字。あそこでうんって言ってれば、まだマシな扱い受けてただろうにな。」
「どのみち、日向か月島辺りがキッカケで激化してっちゃうんじゃないか…?」
「まあ、なんにせよ」
「何日耐えるかな」
虫が息を殺す不気味に静まりかえった中、男達は軽い雑談をする感覚でこれから起こる惨劇を語る。