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初恋
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「朧くん、私、朧くんのことが好きだよ」
朧くんに笑いかけると、彼は目を見開いて、頬を赤らめる。
「……お、俺も蓮ちゃんのことが好きだよ」
「同じだね!嬉しいな!」
朧くんの手を取って握ると、彼の頬が更に赤く染まった。
「私と朧くんは両想いなんだね!」
「う、うん……」
「ね、大きくなったら私と結婚しよう!」
「……け、結婚……?」
「うん!結婚して、たくさん子供をつくろう!」
朧くんの顔が真っ赤になって、彼は視線を泳がせる。
「ね、約束!」
朧くんに小指を差し出すと、彼は暫く私の小指を見つめて、私の小指に自分の小指を絡ませた。
「……や、約束、するよ。俺が大人になったら……
蓮ちゃんを、お、俺のお嫁さんにする」
一生懸命言う朧くんの姿が可愛くて、彼の言葉が嬉しくて、私は満面に笑みを広げた。
「ありがとう!私、待ってるね!」
美しい思い出を回想した私は、現実を見てはあ、と溜め息をついた。
「おい、蓮。聞いているのか?」
眼前に座っている男――成長した朧くんだ――は不機嫌そうに問い掛ける。
(……昔は、可愛かったのにな)
朧くんの赤い顔を思い出してまた溜め息をつくと、男は私を睨め付けた。
「聞いていないようだな。俺に喧嘩を売るとはいい度胸だな?」
「…………」
悪人面の男を私は無言で見つめる。
あんなにも可愛くて優しかった朧くんは、別人のように冷たい男になってしまった。
(時の流れは残酷だな……)
遠い目をすると、男の説教が始まった。
無駄に長いそれを聞き流しながら、私は朧くんのことを考える。
朧くんは大人になって、冷たい男に変わり、私との約束を忘れてしまったようだった。
(私はずっと待ってるのにな……)
男の説教は長々と続き、私は朧くんのことを考えながらそれをやり過ごした。
「蓮、貴様はいつもいつも……」
(き、貴様って!朧くんはそんなことは言わない!)
思わず男を睨み付けて、「馬鹿!!」と叫ぶ。
「私の朧くんを……私の初恋を返せー!!」
思い切り叫ぶと、男は呆気に取られたような顔をする。
私は男に背を向けて、「失礼します!!」と部屋から立ち去った。
「もう、何なのあの男……」
廊下を歩きながら、朧くんの顔を思い浮かべて、肩を落とす。
(朧くんは、私の天使で癒しだったのに……)
ああ、何故いなくなってしまったの……と泣く真似をしていると、すれ違った柩さんに「何やってんだ?」と声を掛けられた。
「いなくなった天使のことを想っていたの……」
「天使ィ?」
柩さんは怪訝そうな顔をする。
「そう、天使……うう……なんて運命は残酷なの……」
「……よく分からねェが、大丈夫か?」
柩さんが気遣わしげな目で見てきて、そうだ、この人になら……と私は話し出す。
全ての話を聞いた柩さんは複雑そうな顔をした。
「まあ、確かに彼奴は別人のように変わったが……お前との約束は忘れてねェと思うぞ?」
「いや……絶対忘れてるよ。だって大人になったのに、そのことについて何も言ってこないんだよ?」
「……彼奴のことだから、どうせ暗殺者の自分はお前を幸せに出来ねぇとか思って身を引いてるんじゃねェか?」
「……何それ」
私は眉を吊り上げて、柩さんに背を向けて首領室に戻った。
(もし、柩さんの言う通りだとしたら……)
身を引く必要なんてない。
そう言ってやろうと思いながら勢いよく扉を開ける。
「お……朧くん!!」
男は目を見開いて私を見る。
私は男の目を真っ直ぐに見据えた。
「覚えてる?昔、私と約束したこと……」
男は私を見つめて、「約束?」と低く返す。
「お前と約束などした覚えはないな」
冷たい眼差しに、冷たい声に、私の全身から血の気が引くのが分かった。
「…………そう」
男に背を向け、首領室から出て、目を閉じる。
――……や、約束、するよ。俺が大人になったら……蓮ちゃんを、お、俺のお嫁さんにする。
朧くんの言葉が甦り、彼の姿が砕け散った気がした。
(私が好きだった朧くんは、本当にいなくなってしまったんだな)
私の初恋は……終わったのだ。
(……なんか、涙も出ないな)
私は力なく俯いた。