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私と彼
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私達夫婦の間には元から愛だの恋だのと言った甘酸っぱいものなんて存在しなかった。利用の価値があるか、ないか。それだけ。
私は誰かの後ろ盾を持たねば一人で生きていくにはままならぬ一族の出自。身の安全の為に彼を選んだ。
彼は私の持つその一族の血を欲した。己の目指す場所に行くには私の立場が利用できると思ったからだろう。
彼の名前はアメストリス軍東方司令部大佐ロイ・マスタング。
そして私はイシュヴァールの娘と呼ばれるイシュヴァラに使える巫女の血筋の最後の生き残り。##NAME1##・ダナノーナ。
そう、彼は我が一族を大量虐殺した軍の人間。そして私は彼らに親や兄弟、親しき者を殺された人間。
彼は私の仲間の敵。私は彼の仲間の敵。
それが、私達夫婦の本当の姿なのだ。
『 イーストシティ、イーストシティ。次はイーストシティです』
ガタゴトと走る汽車の中。お世辞でも座り心地がよいとは言えない木枠で出来た椅子に背をもたれさせ掛けて窓から見える風景を眺める。
窓から望むのは青々とした草原の広がる丘。その合間合間に立つ木にはポツポツとした赤い実がなっていた。きっとリンゴか何かの果実なのだろう。
そう言えばいつか会話を交わした町の人が、イーストシティのリンゴは甘酸っぱくて絶品だと褒めていたっけ。
着いたらさっそく一つ買ってみようかな、と思いを巡らせていた時。ふいに「姉さん」と呼ばれ、視線を景色から声のした方に向ける。
そこには大きな鎧をした人。弟のアルフォンスがガシャリと金属音をたてながら首を傾げ私をみていた。そんな彼に私も微笑み「どうしたの」と返した。
「イーストシティに戻るのも久しぶりだね。暫くはゆっくりするの?」
「ん〜そうね。図書館で調べ物したいし、東方司令部の皆にも挨拶したいし……1週間くらいはいようと思ってますよ。アルフォンスもゆっくりしたいでしょ?」
最近は南に行ったり北に行ったりバタバタしてたから、たまにはゆっくりお風呂に入って寝たいわねと付け加えれば、そういう意味じゃなくてねともごもごとくぐもった返答が返る。
「大佐に会うのも久しぶりでしょ。夫婦水入らずで過ごすのもいいんじゃないかなって」
その答えに、次に口をつぐませたのは私だ。夫婦水入らず……か。
「そう……ね。でもあの人はいつも忙しい人だから。多分またまともに家に帰れてないんじゃないかしら」
私達が法律的に夫婦となったのは最近の話だ。世間的にはまだ新婚と言われる時期ではあるにも関わらず、私達2人が同じ時間を共に過ごす事は数えるほどしかない。
それを気にしているんだろう、この気の優しい弟は。
「お互いそれを承知で席を入れたんだもの。今更何も言われないし言わないわ」
「けど……」
硬い鎧越しでもわかる、彼の肩を落とす姿。それにクス、と笑いながら「ありがとう」と礼を述べた。
この純真な弟には言えるわけはない。私達の結婚は錬金術でいう等価交換だと。お互いがお互いを利用する為だけに交わされた伴侶の誓いだと言う事は。
「どちらにせよ報告書を提出するのは彼だから。会うことは会うんだし」
ね? だからそんな顔しないで、と言えばアルフォンスはそうだねと大きく頭を振った。