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約3ヶ月ぶりに訪れた東方司令部はあいも変わらず忙しそうだった。バタバタと左右に行き交う軍の人達の邪魔にならないよう壁際を歩きながら目的地へと向かう。
彼がいる執務室の大きな両扉の前に立った時。何故か心拍数があがるのを感じて、ノックしようとした手を寸前のところで止めた。
「姉さん?」
どうしたの? という声を「何でも無いわ」と背中で返してトントンと軽くノックする。返事は思ったより早く返ってきた。
『入りたまえ』
「失礼します」
ドアノブに指をかけ、ゆっくりと回す。扉を押し開けば、大きな窓を背に執務机に着席する黒髪の青年__ロイ・マスタングがそこにいた。
「お帰り」
女性好きのする笑顔と共にかけられた言葉に、私も「ただ今戻りました」と返した。
司令部内とは違って、彼のいる執務室はどちらかと言えば静かだった。でもその代わりに、彼が向かう机の上にはところ狭しと重ねられた書類の束が今の忙しい現状を教えてくれる。そしてその隣に立つ彼の右腕と名高い綺麗な顔立ちをした女性は、無表情で彼女の上司であるロイのこめかみに銃口を突き付けていた。
「また執務をサボっていたのですか?」
呆れの溜息をつきながら問えば、女性__リザ・ホークアイ中尉が撃鉄に指をかけながら「ええ」と返す。
「見ての通り。ごめんなさいねセトちゃん、アルフォンス君。お茶を入れてあげたいのだけど私今ここを離れられないの」
目の前の上司に向けられた視線はとても鋭利なもの。けれど、私達へかけられた言葉はいつも通り優しい声音だった。
「いいえ、気にしないでください。私達もこの後図書館に行くから長居する気はありませんので」
トランクから数枚の紙を取り出し、机越しにロイへ差し出す。彼はそれを受け取りながら「お茶でも?」と聞いてくる。
「お誘いは光栄だけど、今貴方を連れ出したらきっと私恨まれてしまいますもの」
なのでお断りします、とハッキリ言えば彼は肩を竦めながら銃口越しに隣にたつ部下を見上げた。
「久しぶりに会った妻との逢瀬くらい許してくれるだろう、ホークアイ中尉」
これだけ仕事を貯めておいて何を言っているんだか、と思ったのは私だけではないはず。それでも上司からの「頼むよ」と付け加えられば、流石の中尉も折れるしかなかった様で。
小さく溜息をつきながら銃を脇のホルダーへとしまい「20分だけなら」と私とロイを送り出してくれたのだ。
2人で向かったのは上官用の休憩スペース。軍部の全員が使える所と比べれば少し狭めではあったけれど、置かれている調度品はそれなりの物だった。
硬い木の椅子は革張りのソファー。テーブルはガラス張りの石造りのもの。大佐以上の軍の人間だけが使う事の許された部屋だった。
互いに向かい合わせにソファーに腰掛けると、ホークアイ中尉がいれてくれたコーヒーを口につける。
やや間を空けてから「それで?」と先に口を開いたのはロイの方だった。
「南部の情勢はどんなものだったのかね?」
「貴方が言っていたようにあまりよくはありませんでした。隣街どうしで一つしかない井戸を取り合って争いをしてる感じですね。暑い国では水は命そのものですから」
砂漠に面したその街はルルスとサーヴェという。二つの街は一つの井戸を中心とし出来た街だったけど、統治をする者が2人の兄弟に変わってから分裂したのだとか。
「争いを治める一番の方法はもう一つ井戸を掘る事ですが、緑が少ない上に雨が殆ど降らないあの土地で地下に水があるのかどうか」
「それを君なら可能に出来ると思ったから派遣したのだよ『息吹』の錬金術師」
ニヤリ、と口元に弧を描きながら言われた言葉に私の眉根がよる。
「いくら私でも砂漠に水源を錬成するなんて」
「不可能かね」
「不可能では……ありませんけど。ただ砂漠という地盤では例え雨が降ったところで水が地に溜まる事が難しいんです」
それに砂漠の砂は水を含ませる事が難しい。という事はもしうまく貯水することが出来たとしても全て流されてしまう。
「井戸があると言う事はその周辺に水源があるはず。でももし失敗したら……」
「その水源ごと絶つことになる……か。だが君の得意なのはその水源その物を作ることだろう? 君はその力で国家錬金術師の資格を取ったのだから」
相変わらず簡単に言ってくれると内心溜息をつく。確かに作るのは簡単だ。でも作るためには地下に存在する水脈を探すことから始めなければ。その水脈を錬金術によって精製して地上に引き出すのが私の得意とするもの。水の元がなければ水源を作る事はそう安易ではない。
「一番簡単な方法はタンクローリーで水を届けるか水道の施設を作ることだと思いますけど」