-
☆
-
それだったら貴方にも出来るのではないかしら? とコーヒーにもう一つ砂糖を落としながら言ってみる。むしろこの人も同じ国家錬金術師なのだからそれだけの実力はあるはず。
ただこの人の場合、私とは相反する力なのよね。私が二つ名を『流水』という水を主として研究する錬金術師なら、この人はその反対の力。火を扱う錬金術師。二つ名を『焔』の錬金術師。
それでも国軍大佐という地位にいるのだから、それくらい錬金術がなくても出来ると思うけど。
「軍とは実に面倒な物でね。担当ではない奴がいきなりやって来て勝手に介入する事を嫌うのだよ。さらに言うとすればあの街の担当軍と東方司令部は犬猿の仲だよ」
「あら、だったら尚更私が行くのは良く思われないのでは? 一応私の旦那様はその嫌われている東方司令部の大佐なのだし」
「黙っていればわかりはしまいよ。世間でいう私の妻は絶世の美女らしいからね」
君はその設定には程遠いがね、と最後に付け加えられ私の眉がピンッと跳ねる。
「ええ、ええ。そうね、どうせ私はちんちくりんの小娘よ。でも容姿まで問うとは言っていなかったはずよ〝契約〟では」
お世辞でも私は自分を絶世の美女とは言えない。身長はちっちゃいし、肉付きもそんなになくてどちらかと言えばガリガリに近くて。胸だって……。
このロイ・マスタングは巷では知らない物がいない有名なプレイボーイ(大の女好きともいう)。いつもとっかえ引っ変えに連れている女性は綺麗な人ばかり。
珠の様な白い肌。つやつやな髪。そんな人ばかり。
「でもそうね。イシュヴァール殲滅戦で多くの功績を残した人が、まさかそのイシュヴァールの娘を妻に迎えただなんて誰も思いはしないでしょうね」
今から13年前、私の産まれ故郷、イシュヴァールで大きな内乱が起きた。事の始まりはアメストリスの軍将校が、イシュヴァール人の少女を撃ち殺した事件が始まり。
最初はアメストリスに対しての反感を持った人達の小さな暴動だった。でもいつしかそれが大きな内乱になり、戦争へと変わる。
一人でアメストリス軍の軍兵10人相当の戦闘技術をもつと言われる我がイシュヴァラの武僧との抗争に、長期戦を強いられたアメストリス軍は、国家錬金術師を投入しての殲滅戦を開始。最終的にイシュヴァール全土は完全に軍の管理下に置かれる事になる。
私はその内乱戦の生き残り。否、むしろ当事者とも呼べる立場にいた人間だった。
アメストリス軍を半分まで壊滅に追い込んだ武僧達。その武僧を先導していたのが私だった。私はイシュヴァラの巫女と呼ばれる一族の一人。太陽神イシュヴァラの生神として武僧達を束ねイシュヴァールを平定する者として崇められていた。
勿論、そのイシュヴァールの地に災いをもたらしたアメストリス軍を止めるために武僧達と共に戦地にたった私は、当時まだアルファベットもろくに知らない程の子供だった。
そんな子供に何が……と言われるのが当然の反応。けど、普通ではなかったのだ私は。
けれど、それを知っているのはこのロイだけ。彼以外の人にとって私はただ故郷を失ったイシュヴァールの戦災孤児だ。
アルフォンスには姉さん、と呼ばれているけど彼は私の養父母の息子。血がつながっているわけじゃないのに彼は私を姉と呼んでくれる。優しい義弟……。
「沢山の軍の仲間を殺したイシュヴァール人の妻なんて、悪趣味だって言われるでしょうしね」
「誰かにそう言われたのかね?」
皮肉めいた言葉を吐きすてる様に言えば、ロイは目を細めながらそう返してくる。
「え?」
「軍の人間が誰かそう君に言ったのかね?」
先程までの余裕の笑みから一転して真顔でそう問い返してくる。また軽口でも返ってくると思っていた私は、彼のその態度にまごついてしまう。
「いえ、ここの方は誰も……」
「ここ以外の人間が誰か?」
追求する様な口振り。視線をそらせば「セト」と名前を呼ばれる。
「……中にはまだあの時の戦の傷が癒えてない人がいるという事です。何年経っても……あの戦ではお互い被害が大きすぎた」
「だとしても君が見も知らぬ他人から侮辱される謂れなはなかろう」
「当然の報いだと思っていますよ。きっとこれもイシュヴァラのお導きなのだと。けど昔程落ち込む事はなくなった。強くなった、と思います」
アメストリス軍に負けた時、私は捕虜としてこの地に連れてこられた。ただ他の同胞と違ったのは私には錬金術の知識があった。処刑されて行く同胞がいる中ただそれだけで死を免れた私は軍の監視下、改教の目的もありアメストリス人の養父母の元へと預けられた。そこで弟のアルフォンスと出会った。