-
☆
-
養母も養父も優しかった。同じ村の人たちは私の姿に嫌悪を抱き蔑む人もいたけれど、2人もアルフォンスもけしてそんな事しなかった。それに私はどれだけ助けられたか……。
でもその養家さえも軍が私を錬金術師として、人間兵器として育てる為に用意した環境だという事を知ったのは少し後のことだったけれど。
「私があえて銀の髪も赤い目も隠さずにいるの理由をご存知ですか?」
「さぁ……何故だね」
「あの内戦が間違いだったと思いたくないため……です。お互いがお互いの同胞や家族、国の為に戦ったから」
やり方は間違っていたかもしれない。けど、お互いが大切なものを守る為に行った行為ならその気持ちは間違いではないはずだ。
「それと、いつか。いつかきっとまた皆が仲良く暮らせる時が来ます様に。そのおまじないも兼ねて」
「……君は恨んではいないのか。軍を……いや、この場合私を、が正しいかも知れないな」
「恨む? 何故です」
「君の同胞を幾人となく燃やした。殺した。そんな私を」
「では恨んだらその同胞達は戻ってくるんですか? 貴方を殺したらあの時に戻れる?」
毎日神に祈りを捧げる。巫女として掟にがんじがらめな生活ではあったけれど嫌いじゃなかった。優しい人達に囲まれて過ごした日々。
でもそれも当の昔に無くしてしまった過去だ。
「私を守ってくれていた武僧達は貴方や貴方の部下である兵の方に何人殺されたか……覚えていますよ、私は。皆の顔も、名前も、家族も全て。でも私達が手を掛けた貴方達の仲間の顔は、名前は、家族を私は覚えてません。でもそれは貴方も同じじゃないですか?」
皆が大好きだった。大切だった。でもそれはお互い様だ。
「私の養家の隣に住んでいるウィンリィを覚えていますか?」
ロイは顎に手をかけ少し考える素振りをみせ「ああ」と頭を振る。
「あの金の髪の少女か」
「ええ。彼らの両親はお医者様で内戦の時イシュヴァールにいたそうです」
「それは……」
「彼らはアメストリスもイシュヴァールも関係なく、怪我をした人達全てを隔てなく治療して下さった良い方だった。けれど、怪我で錯乱した同胞がアメストリスの兵士と誤認して殺してしまったんです」
その同胞が……
「彼ら御夫婦を手にかけたそのイシュヴァール人は、私の側近の武僧だったんですよ」
小さい頃から私の身の回りの警護をしてくれていた彼は父の様な兄の様な。そんな存在だった。けれどその一件以来消息は不明。生きているのかも死んでいるのかもわからない。
「彼女はその事は」
「勿論知っています。私達は隠し事をしない約束だから」
ウィンリィは私を責めなかった。罵倒もしなかった。
ただ、両親の最後はどうだったのか、誰が看取ったのかと聞かれただけ。私はありのままを話したわ。けど彼女は何も言わなかった。
「けどもし彼女が私にその罪を償えと言うなら……」
言いかけた時、トントンと遠慮気なノック音が響く。ロイが「入りたまえ」と返すと、扉から顔を覗かせたのはホークアイ中尉。
「大佐、そろそろお仕事を再開させて頂きたいのですが」
相変わらず淡々と言われ、2人で壁にかけられた時計に目をやる。針はこの部屋へ来て30分の経過を教えてくれた。
「すみません、長話が過ぎましたね」
謝罪しつつ冷たくなってしまったコーヒーを飲み干すとトランクを持って立ち上がる。
「それじゃ私はこれで。アルフォンスもきっと図書館で待ちくたびれてる」
「ああ、そうだセト」
呼び止められ入口を出ようとした私はドアノブに指をかけたまま振り返る。
「先週家の鍵を新しくしたんだがまだ君には渡していなかっただろう。私は今日中に戻れるかはわからないが、アルフォンスと2人で先に家に戻っていなさい。食事を家でとるなら何かデリバリーを届けさせよう」
手を取り、シルバー色の鍵を掌に落としてくれる。それをじっと眺めていると、どうしたのかね? とロイが首を傾げた。
「今度はどこのどちらに合鍵を作られてしまったのかしら?」
ポツリ、と投げ掛けた質問にロイの肩がピクリと跳ねる。
「この前は司令部の食堂のリリィさん。その前はメインストリートのお花屋さんのミシェルさん……だったかしら。今回はどちら様?」
この男はモテる。嫌味なくらい。それは既婚者となった今でも変わらず、言い寄ってくる女性は老若問わずいる。と、この前ちらりと彼の部下であるハボック少尉が報告の為に電話をした時に教えてくれた。
中には既婚者と聞いて離れていく人もいるそうだけれど、既婚者でも構わないという強者も少なからずいるようで……たまにこんな風に隙を付いて合鍵を作られてしまうのだ。その度に鍵を新しくしているみたいだけど……これで何回目かしら。いい加減に学習して欲しいわ。
「次もし作られたら私が特製の物を作って差し上げますね。ドアに手の形をしたノブをつけて、鍵を開けるためには貴方の頬を平手打ちしないと開かないの。どうかしらそーゆうの」
にぃっこりと微笑んで言えば、すまない……と小さく謝りながら頭を垂れる。そんな上司の姿に、リザさんは呆れの溜息をついた__。