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ロイが帰宅したのは、日付がとうに変わり空が明るんで来たくらいの時刻。
リビングで本を読んでいた私は、ドアの開閉する音に紙面から視線をあげパタリとページを閉じる。
傍らのサイドテーブルに本を置くと、立ち上がると同時にロイがリビングに入ってくる。
「おかえりなさい」
出迎えた私に、軍服の襟をくつろげながら驚いた様に「まだ起きてたのか」と瞳を瞬かせる。
「ごめんなさい、書斎の文献勝手にお借りしたの。読み出したらとまらなくて」
「構わないが、うちにある本はもう全部読破したと言っていなかったか?」
「南方の街の水の件。何か方法がないかなって思って」
「参考になる様な文献があったかな」
「うーん……地脈に関する物があったのでみてたんですけど」
砂漠の砂の下には岩盤があって、その岩盤の下には大量の地下水が眠っているという。氷河や万年雪の溶け水が地脈を伝って溜まり、その水が地上に何かのきっかけで湧き出しそれが俗に言うオアシスだとか湖になるのだとか。
でもそれを錬金術で人工的に湧かすにも、その水脈を探し当てる事から始めなければ。
「ルルスとサーヴェの中央に設けられた井戸は枯れつつあると町の人が言っていたわ。最初は少なくなりつつある水をお互いが譲り合いながら利用していたらしいのだけど、兄であるルルスの町長が自分の街の方に井戸が近いからとサーヴェに対して利用賃を徴収し始めたらしいんです」
「ふむ。より街に近いほうの物だと言い始めた、と」
「作物を育てるにも水が必要です。作物を売る事で収入を得ていた人達が作物をつくることが出来なければその利用賃も払えないわ。街の担当軍に整備の嘆願書を提出しているけどなかなか聞き入れてくれないらしくて」
情勢が悪くなってる事は彼らも気がついているはず。なのに何もしないなんて。
「本格的な暴動が起きる前に対応しないと……今は内輪もめで終わっているけど、その内矛先が軍に向かう可能性だってあるわ」
そうなると困るのは上の人間でしょ? と脱いだ軍服を受取りながら言えば、ロイはソファーに腰掛けながら何かを考える様に顎をさする。
「わかった。それとなく南方の軍を探らせて見ることにしよう。報告ご苦労」
「いいえ……。食事はするの? アルフォンスがシチューを作っていってくれたの。食べるなら温めるけれど」
「ああ、少しもらおう。そういえば彼は?」
「え、と……」
アルフォンスが出掛けると言い出したのは夕飯を食べ終わって少しした時。23時を少し過ぎた頃だ。
『散歩? こんな夜中に?』
『うん。いつも行く公園があるんだけど、そこに友達になった猫がいるんだ。ちょっと会いに行こうかなって』
『でももう夜中よ? 危ないわ』
大きな体躯をした鎧の姿をしてたってアルフォンスはまだ13歳の子供なのだ。共に体術を会得して腕っ節はそこらの大人に引けを取らないと言っても流石に心配だ。
『でも僕はどちらにしても眠らないし、それに僕がいたら姉さんも気を使って眠らないじゃない』
『そんな。私は別に』
『誤魔化さないで。自分が寝てしまうと僕を1人にしちゃうって、だから姉さんも夜中に本読んだりして寝ないんだろ? 昼間だったら図書館や軍の誰かとチェスをうったり出来るけど、宿じゃ1人になっちゃうからって』
『だって……』
貴方をそんな身体にしたのは私なんだもの__。