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「今日は食欲がなさそうだが?」
ふいに言われた言葉に、弾かれる様に手元に落とした視線を前へ向ける。頬づえついてこちらを見る黒い瞳はどこか探る様に私を見つめる。
「ここの食事は口に合わなかったかな?」
「いいえ、そんな事は。美味しいですとても。ただ、ごめんなさい。あまり食欲が……」
今日は早く帰る事が出来るから食事に行こうと誘われたのは太陽がまだ空に登りきっていない時刻。いつもは早く仕事が切り上げられる時は真っ直ぐ家に帰ることもせずいそいそと他の女性の元へ行くのに、今日はどうした事か。
食事だって外で共に食べる事なんて今までしなかった人が。
連れてこられたお店はこじんまりとした個人店のレストランの様だった。席数もそんなに多くなく、店内はスタンドライトとキャンドルのみで照らされたいかにも女性受けしそうな素敵なお店。
お店に入ると、老年の紳士風の男性が受けてくれた。軍服を来たロイに深々と頭を下げ、続けて入ってきた私を見ると一瞬だけ驚きの表情をするがすぐに優しく微笑み「こちらへ」と奥の窓際の席へと案内してくれる。
席に行くまでの間、数人のカップルらしき男女がちらちらと私達に目配せを送っていた。否、見られていたのは私だけだったのかも知れないけれど。
見られるのはなれている。司令部に入ろうとする時。宿に泊まろうとする時。図書館にいる時。いつも誰か彼かが私を見ている。
自意識過剰。そう思えれば気も楽なのだけれど。
居心地悪そうに目を伏せれば、それに気が付いた老年の男性が「堂々となさいませ」と耳打ちしてくれる。それが聞こえていたのだろう、ロイもやんわりと微笑み頷いた。
お料理は美味しかった。私の大好きな物を予め伝えていたのか、味付けもちょうど良い。けど、私の頭の中には昨日の報告書がぐるぐると巡っていてその美味しい食事に集中する事が出来なかったの。
「君が気にしているのは例のスカーという男の事だろう?」
「……はい」
ナイフとフォークを皿に置いて、手をひいた。
「知り合いかね?」
「わかりません。ただ心当たりはあります」
国家錬金術師と一言で言っても色んな人がいる。本当に引きこもって研究ばかりをしてる人だったり、私やロイの様に戦地を経験した事のある人だったり。
スカーという男が狙っているのはインドア派の人だけじゃなく、軍部に属した事のある人もいた。という事は……。
「犯人は戦闘に長けている者。きっとイシュヴァラの武僧だと思います」
1人で10名分の軍兵の戦闘能力を有すると言われる武僧。その中でも特に戦闘能力と知識に長けたものだけが巫女の側近として仕える事が出来る。
私の側近として傍にいたのは4人の武僧だった。その中で生死がはっきりしていない人が1人いる。もしかしたら、彼……かもしれない。
「とりあえずこの事件はすぐに片付けるとしようか。ただでさえ細い私の奥方が食欲不振でさらに細くなっても困る」
いいながらワインを口に含んだ彼を、私は複雑な顔で見るしか出来なかった。