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彼と私
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食事の後、緊急呼び出しを受けたロイをお店の前で見送ると私は徒歩で家に戻る事にした。レストランから家まではゆっくり歩いて10分程だった。危ないから車に乗りなさいというロイをまだ明るいから大丈夫よと送り出し、茜色に染まる空を眺めながら歩く。
夏の暑さも弱まり、夕時に吹く風は少し肌寒かった。
その風を頬に受けながら歩く。建物が並ぶ街中をぬけ、丘の小路を歩いていると。
「〝息吹〟の錬金術師セト・ダナノーナ」
ふいに名前を呼ばれ、足を止める。振り返るとサングラスをかけた長身の男が立っていた。
この街で旧姓で呼ばれる事は最近少なくなってきた。殆どはファーストネームかマスタングの名前で呼ばれる事が多くなってきたから違和感を感じつつ目を細めその男をみた。
「私に、何か?」
首を傾げその言葉を返す。すると、男が1歩、また1歩とこちらへ近付いてくる。それがただの人ではない事は、初め見たときに気が付いていた。
銀糸の髪。黒いサングラスから見える額に刻まれた傷跡。この人……。
「傷の男«スカー»?」
ポツリ、呟くが早いか。男がダンッと地を蹴ってこちらへと掛けてくる。そのまま一瞬で私の懐へと飛び込むと、大きな掌で首をつかみ勢いのまま硬い大地へと押し倒した。
拍子で打ち付けた背中と後頭部の痛みに眉を寄せる。
「っ……」
ギリギリと締まる喉元に喘ぎながら、男を見上げる。サングラスで目元をかくしているけど、近くで見た時確信した。彼は……。
「セルノヴァ……?」
途切れる声で暫くぶりに口にしたその名を口にすれば、スカーの身体がビクリと震えた。
やっぱり間違いない。彼は……彼は三年前行方不明になった私の……。
「セルノヴァ……セルノヴァ……っ」
ずっと探してた。きっと生きてるって、死んだなんて思えなかった。
いつも私の傍にいて、いつも一緒にいて。私の父であり、母であり、兄であり友人であった彼が今目の前にいる。
その真実が私の頬を次々と濡らしていく。
静かに涙を流す私に、セルノヴァは変わらない表情のまま上から見下ろしていた。けれどやや間を開けた後。す、と左脇へと手を添えられたのが感触でわかる。
そこは心臓。
「神の道に……背きし錬金術師は、滅ぶべし」
ポツリと、だがハッキリと言われたその言葉を私はまるで聖書の一節の様に聞いていた。
神の道に背きし錬金術師は滅ぶべし__。
異端の力、潰え、消すべし__。
そうね。そう……それは私が貴方へと教えていた言葉。そして歴代の巫女が次世代の巫女へと説いてきた言葉。
そんな私が錬金術師を名乗るだなんて、私を巫女へと育てた先代巫女はどういう心で黄泉から見ておいでなのか。
ポツリ、と涙とは違う雫が頬を伝う。
その雫は、一つ。また一つと落ちてきて、最終ザッという音を立て雨となる。
なんてタイミングのよい。まるでこれが今の問いの答えの様に思え、私は全身の力を抜いてその場に身体を横たえた。
抵抗をやめた私を、セルノヴァは上から見下ろす。
「……巫女よ。せめてもの慈悲だ。苦しまず、安らかに逝け」
その言葉と共に心臓を軸に全身を駆け抜けた電流の様な痛み。あっ、と口をわななかせながら身体を引き攣らせる。
痛みと息苦しさに次第に遠のいていく意識の中。聞こえたのは自身の名を呼ぶ声。それが誰の声だったのか確認する前に、私の視界は闇の中へと落ちていった__。