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目が覚めると、そこは知らない部屋だった。白い天井は同じだったけどいつも眠るグレイでまとめたリネンは真っ白で、スプリングのきいたベッドは些かいつもより硬かった。
窓から望む青空に目を細めていると、ガラガラと扉が開く音がし、聞きなれた金属音が耳に届く。
手には花の生けられた花瓶。それをもってベッドへと近付いて来た時、私が目覚めているのに気付き「姉さん!?」と声を上げる。
「目が覚めたんだね! よかった」
花瓶を横の棚に置いて、上からのぞき込んでくる。でもその優しい声音はすぐに怒りの含んだものに変わった。
「姉さん、僕になにか言う事ない?」
「な、に?」
掠れた声で返せば、鎧の中からため息をつく音が聞こえる。
「大佐も怒ってたよ。僕以上に」
ロイが? 怒ってたって、何故?
「ホークアイ中尉も、ハボック少尉も、みんなみんな軍の人は全員怒ってた。後で来ると思うから、覚悟しなよ?」
「まっ、て、アルフォンス。話が見えない。何を怒ってるの?」
身体を起こそうとした私の肩をアルフォンスがゆっくり押さえる。そのままで聞け、と言っているのだろう。
「姉さん、死のうとしたでしょう」
「え!?」
え、え? 何。何でそんな話になってるの?
「あの連続殺人犯に捕まった時、抵抗しなかったのは。あれはそう思われても仕方ないと思うんだ。それに怒ってるんだよ僕達は」
「死ぬ気なんて」
なかった、なんて言えない。
あの時私は……。
「姉さんなら逃げる事は出来たはずだよ」
鎧の奥から感じる怒りに、それ以上言い返す事は出来ず私は黙る事しか出来なかった。それが肯定の意になるとはわかっていたけれど。
「結局犯人には逃げられたけど……でも姉さんが生きててよかった。最初死んだと思ったんだ、心臓動いてなくて」
「心臓……」
「今は動いてはいるけど薬で無理矢理動かしてる様なものだって。暫くは絶対安静」
だからあまり動いちゃダメだよ、と先程までの怒りの声音から元の優しい声に戻って言われる。
「何か食べたいものとか飲みたいものがあったら言って。先生に聞かなきゃダメだけど、買ってきてあげる」
「ありがとう」
怒っても、責める様な事はしない。昔からそうだわ、この子は深いところまでは踏み込もうとしない。
いきなり現れた私を姉さんと呼び慕ってくれる。
私の身勝手で身体をなくした弟……。
考えてみれば、彼は私の事をどこまで知っているのかしら。
内戦で家族を失った人。イシュヴァールの人。それ以外は?
国家錬金術師。それ以外は?
きっと知らない。話さないから。でもそれさえもこの子は問いただそうとはしないのだろう。私が嫌がる、ただそれだけの理由で。
「……アルフォンス」
「なに?」
静かな声で名を呼べば、彼もまた静かな声を返してくれる。
「国家錬金術師の連続殺人犯……彼は昔私に仕えていた武僧なの」
「武僧?」
「私の本名はセト・ダナノーナ。ダナノーナとはイシュヴァラの巫女というイシュヴァールを統治する一族の名。武僧はその巫女を守る……警護係? というのかしら。その人達の通称よ」
巫女を守り、知を与え武を与え。そんな人達の事。
「イシュヴァールの内戦はわかる?」
「もちろん。それで姉さんは家族を失って僕の家に引き取られた」
「本当はね、違うの」
「え?」
「本当は……」
ここまで来て言うのをためらうなんて。私は案外気が小さいみたいだ。
「内戦でイシュヴァール側の先導をしていたのは私なの」
アルフォンスの動きがとまる。表情は鎧のせいで分からないけれど、きっと言葉に迷ってるんだろうな。
「その時私の護衛をしていたのがその男だった。彼は内戦の時に行方不明になったまま生死がわからなくて。だから……嬉しかったの。会えた時、とても嬉しかったの」
こんなに感情を突き動かされたのはいつぶりだろうか。きっと母さんが死んで以来。
「心のどこかで、彼が私を手にかけるはずがないと思っていた。けれど……」
あの時、彼が触れた場所へ手を添える。とくんとくんと聴こえるこの音をあの人は消そうとした。迷いはあった様に見えたけれど、本気だった。
「次は……大丈夫。私も迷わない。私にはやる事があるから。死んだりは……しない。賢者の石を手に入れて元の身体に戻る。その願いが叶うまで私は死なない」
ふ、と横で黙ったままのアルフォンスを仰ぐ。
本当は綺麗な金の髪をした男の子。父さん似の綺麗な金眼をした太陽の様な男の子。こんな硬い鎧じゃなかった。
取り戻してあげたいの本当の姿を。
「ごめんねアルフォンス。ごめんなさい……____。」