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朝。
私は陽が登る前に家を出た。
ロイが用意してくれた汽車の切符は始発の席だったけれど、それよりも早く私はマスタング邸を出たのだ。
「姉さん、よかったの?」
「何が?」
「大佐に挨拶もしないで……せめて声くらい掛けて出ても良かったんじゃない?」
「大丈夫よ。今日は休みだって言っていたし、わざわざ起こすのも……ね」
そうだけど……。と少し納得の言ってない声音が返ってくる。
昨日、あんなやり取りをしたせいかなんとなく彼と顔を合わせづらくて逃げる様に家を出てきてしまった。
多分そろそろ起きる頃かしら、と銀時計で時間を確認する。針はちょうど6時を指していた。
「発車は何時だっけ?」
「6時半よ。まだ時間あるし列車の中で食べる物何か買ってもいい?」
「そうだね」
「食べるならスープ程度にしておきなさい。君は乗り物酔いしやすい体質だろう?」
「!?」
いるはずの無い声の主に、私はピタリと足をとめ勢いよく振り返った。そこにいたのは少しよれた白いシャツの上に黒のコートという簡易的な姿をしたロイだった。
「……なんて格好してるんです。仮にも軍大佐ともあろう人がそんな姿で」
よく見れば留めているシャツのボタンさえもちくはぐだ。まるで着の身着のまま急いで出て来た様な……。
「もう、ボタンもまともに留められないの?」
流石にここでボタンをはずすわけも行かず、せめて、とコートの前ボタンを留めて中を隠した。
「挨拶もせず出ていったのは君の方じゃないか。冷たいね」
「だって貴方今日数ヶ月ぶりのお休みって言ってたから……それにいつも挨拶なんてしていないじゃない」
見送りさえした事もない人が何を。文句は一端に言うんだから。
「言って2週間……遅くともひと月もかからないで帰るつもりよ。いつも通りでしょ?」
「それでも」
すっ……とロイの掌が私の手を掴む。そのまま彼の頬に触れる様に私の掌を導くと、口元を歪める。
「別れを惜しむのは悪い事かね?」
「…………」
その言葉の意味を理解した瞬間、一気に鼓動が激しくなった。
ああ、この人はこんな風に私を引き止めるのか。
「……ずるい人」
ロイと別れた後。
私は汽車の窓から流れる景色をぼうっと眺めながら、ポツリと独りごちる
。
私達は仮面夫婦。お互いの利益の一致で一緒にいる。
そのはずなのに、何故あの人は本当に……たまにだけど私にあんな優しい瞳をみせるのかしら。まるで恋しい相手を見るような……熱を帯びた視線。
それはいつだって私が油断している時にだけ向けられるもので……。
それが余計に勘違いしてしまいそうになる。
あの人が何を考えているのか本当にわからない。きっとこれから先もずっと。
「……でもまぁいいか……」
考えてみたところで結局答えなど出る訳が無いのだ。だから今はただ彼と共に行く道を選ぶ。
そしていつか、自分の気持ちにも整理をつけていけたらなと思う。
その時までは……。
「いってきます」そう呟いて、私は列車の窓を閉めた。