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町での出来事。
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西の町で神の力を持つという神父の話。
両手を合わせるだけで錬金術を使うという彼を調べる為に、私はアルフォンスとその町へと二人向かう。
「まさかまたこの街に来る事になるとは思わなかったわね」
「僕もだよ」
前に来た時はお母さんも一緒に来たんだったかな?
「とりあえず宿を取って、明日の早朝に教会へ行ってみよう」
「えぇ」
泊まる宿を探して町中を歩いているとふわりといい匂いが鼻腔をくすぐった。空腹を刺激する美味しそうな香りだ。思わず足を止めて辺りを見回す。
「前お母さんと貴方と泊まった宿、なんて名前だったかな。まだあるかなぁ?」
「あのパンプキンシチューが美味しかった宿?」
「そう!あれもう一度食べたいなぁ」
「確かまだあったはずだよ。行こうか」
「やった!」
私は嬉しくなって小走りで昔の記憶を頼りに歩き出した。
確か、隣にはバーがあって……看板猫がいたっけ。それから……
「……姉さん?」
ふと、立ち止まった私にアルフォンスがどうしたの?と声をかけてくる。
「あの時……なんで私達この街に来たんだっけ…?」
「え?」
「お母さんとアルフォンスと来たでしょ? 観光……だったっけ?」
「……あー、うん。そうだった気がするけど……どうかしたの?」
「うぅん、なんでもない」
なんだか急に思い出せなくなった。
どうしてだろ……確かに覚えてるのに。
「……ま、いっか」
私は首を傾げつつも再び歩みを進めた。
***
「あ、あった。あれよね?」
指をさした先には、綺麗な花のプランターに囲まれた小さな宿屋があった。
扉を開けるとカランコロンとドアベルが鳴る。
店内は少し薄暗く、カウンターの向こうにいた初老の男性は眼鏡をかけ新聞を読んでいた。
「いらっしゃいま……せ……?」
顔を上げこちらを見た男性は目を丸くして固まっている。
「こんにちは。部屋は空いてますか?」
「……お嬢ちゃんイシュバールの子だろ。悪いがうちにはあんたを泊める部屋はないよ。他をあたりな」
彼は不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てるように言った。
「え?ど、どういうことですか!?︎」
私が戸惑っているとアルフォンスは男性に向かって静かに口を開いた。
「すみません……以前ここに来たことがあるんですが……」
「……ああ、そういう事かい。悪いが一昨年から宿主が変わってね。異種族は泊めないって決まりが出来たんだ。悪いことは言わねぇ、出てってくれないか」
「そんな……異種族って、私達イシュバールは…」
私の抗議の声を無視して、男性はバサリと新聞紙を畳むと立ち上がった。
「……ごめんなさい。失礼します」
アルフォンスはその横をすり抜け外に出ようとする。
「ちょ、ちょっと待って下さいアルフォンス! 流石にあんな言い方酷い!! 私達は…私は……っ」
慌てて追いかけて彼の腕を掴む。
「お願いです! 話を聞いてください!!」
「……姉さん、僕と母さんとの約束覚えてる?」
唐突に問われ、え、と声が出る。
「ああいう目をした人に近づいちゃダメだ。ここには大佐もいないし…誰も姉さんを守ってくれる人はいないんだよ」
「私は自分の身は自分で守れます」
「傷の男の事件も解決していないし、今はまたイシュヴァール人に対しての感情が酷くなって来てる。だから、今回は……ね?」
「……わかったわ」
掴んでいた手を離す。
「他の宿を探しましょ。パンプキンシチューは残念だけど……仕方ないわよね」
お母さんも美味しいって食べてた記憶が蘇る。あの時はアルフォンスも人間の姿で、3人で並んであの宿のシチューを食べた。まるで昨日の事の様なのに……ただ宿主が変わったからってあんな扱い。酷すぎる。
「……大丈夫だよ」
「え?」
「今度こそ、絶対に上手くいく。僕を信じて」
そう言って笑う彼に、私はそれ以上何も言えなかった。
「……わかりました」
宿を出て街を歩く。どれくらいの時間が経ったか。なんとか一件受け入れてくれる宿を見つけたれど、やはり私のイシュヴァール独特の風貌をみて歓迎ムードで迎えてくれる宿ではなかった。
それでも、雨風が凌げて温かいベッドで眠れるなら、いっか。と、どこかこの対応に対して仕方がない、と諦める自分がいた。
「……今日はこの辺にしておきましょうか」
今日一日町で見聞きした情報を纏め終えると、パタンと手帳を閉じる。
「そうだね。明日はどうするの?」
「そうね……明日も町を巡ってみましょう。明後日は教会で慰霊祭があるみたいだからそこで情報を集めてみようと思う」
「そっか」
私は小さくため息をつく。
「……姉さん、疲れたでしょう? もう休んでいいよ。僕はもう少しこの町を見て回ることにする」
「でも、アルフォンスだって……」
「僕のことは気にしないで。大丈夫、もし何かあってもすぐに駆けつけられる距離にいるつもりだし」
「それじゃあ……お言葉に甘えて先に休みますね。おやすみなさいアルフォンス」
「うん、おやすみ姉さん」
***