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───それは一瞬であった。
まずはじめに戸惑いながらナイフを構える磯貝君へ東西南北さんが彼の右腕をとると、鮮やかな手つきで右肩を極め、ナイフを奪った。
その様子を見た前原君は警戒し、東西南北さんと相対する。
警戒する事で全身緊張して動きが固い印象の前原君に比べ、東西南北さんは緩やかに構えていた。
やや斜めよりの正対。足は肩幅よりやや広くひらき、ごく僅かに両踵を浮かし膝のバネをためる。
武器を持つ利き手をやや前に出し、左手は、防御のためにやや前に出す。
そして、短剣を持つ手はゆらーり、ゆらーりとごく緩やかに揺らしいつでも動ける体制をとっていた。
良い構えだ。
「仕掛けてこないならコッチから行くぜ!お尻とか触っちゃったらごめんな!」
待ちを耐えられなかった前原君が動き、刺突する。
しかし、それを左手でそらしつつ蛇が巻き付くように肘を抱え込まれ、片手閂に関節を極めた。
「いだだだだだ!!」
そして、痛みで思わず背中が反ってガラ空きになった前原君の脇腹・喉・頸動脈・腿の内側─いわゆる急所─に的確にナイフを当てた。
「あの、急所に当てたので………勝負ありで良いですか、烏間先生」
「あぁ、勝負ありだ」
宣言するとパッと極めていた腕を解放する東西南北さん。そして、何事もなかったかのようにヤツの所へ戻り茶を啜った。
「───あ、烏間先生。私はこの訓練に必要性を感じませんので見学でも良いですか?………下手したら怪我、させちゃうかもしれませんし?」
そう言う東西南北の言葉にびくりと跳ねる前原君。………一体何があった?
「わ、わかった。東西南北さんには別に課題を渡す」
分かりました、と愛想の良い笑顔を見せ再び茶を啜った東西南北さんであった。
「じゃ、訓練の続きに戻るぞ」
────あの体捌き、ナイフの扱い……完成されすぎている。どこで習得した?
「……前原、どうした?」
「え、あ、いや何でもない」
耳にまだ残る東西南北さんの言葉。
「当てた場所……何処をやられてもあの世行きよ?───良かったわね、対殺せんせー(私達に害のない)ナイフで。私、バカにされるのが一等嫌いなんです。次、怒らせたら……腕折っちゃうかもしれませんね♡」
アレは、本気だ。本気で次は手加減なく叩きのめされるだろう。
一瞬、感じた空気はどこかで感じたものだった。どこでだろう……?
取り敢えず、東西南北さんは怒らせてはいけない人、だ。
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