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「えっと、最近できたばかりなので、名は、ないです。けど持ち主には淡緑(たんりょく)と呼ばれていました。小太刀です。……よろしく」
顔が引きつるのが抑えられない。こいつは信用できるやつか、敵か、どうなのか。値踏みする視線を複数の人から向けられれて、不安に思わないほうが変だと言うものだ。
私の横に立った背の高い人は、どん、と力強く私の背を叩いて大丈夫だって! と声を出した。
「こんな非力な腕してたら抵抗なんて出来やしねーよ! それに新しい審神者が持ってきた守り刀らしいじゃねーか。こいつがこっちに人質としていればそのうち審神者を顔を出さずにはいれないさ」
「そうだけどお。大体こんのすけ斬っちゃった和泉守が悪いんじゃない? あいついればすぐに審神者がどこか吐き出せたのに」
「し、しかたねーだろ! ……主じゃない主ならいらねーよ、俺は」
「……ま、俺もそうだけどさ」
和泉守、と呼ばれた人は不満そうに黒髪の少年へと反論する。確か、ここに来る前に見た資料では彼が審神者になる時に初めに仲間になるうちの一振り、加州清光、だったはず。他にいるのは同じ持ち主だったと言われる大和守安定と長曽根虎徹、だったか。彼らも同様に和泉守の軽率さを責めるような目をしている。
かく言う私は、和泉守に肩を組まれながら、自分の判断が正しかったのかを延々と問答していた。
死んだ母が残してくれた分厚い広辞苑ほどのマニュアル。そこに私が死んでから、と記された項目があった。
その項目の第三章、ページで言えば256ページ。
――もし何か他のものに間違えられた場合、無理に誤解を解こうとせずに、それになりきりなさい――
母は未来でも見えていたのか。この状況にぴったりすぎるその言葉を思い出す。いや、あれほど分厚いマニュアルだ、偶然ヒットするものが出てもおかしくない。
母の遺言だから、とあのマニュアルを死ぬ気で暗記してよかった。おかげで母の死を悼む暇もなくあれよあれよ、と審神者になったが。
そう、私は審神者なのだ。新しくこの本丸を引き継ぐ審神者だ。
前の人は所謂ブラック本丸的な運営をしていたらしく、お願いします貴女にしか任せられないんです、とお面をつけた政府の役人に泣き疲れて渋々頷いたのが三ヶ月前。見習い期間も早々に一人前の審神者になったのだ。
なのに、何故私は刀剣男子に間違えられているのか。
理由は分かる。私が腰に差した刀だ。
母が私が五歳の時に作ってくれたこの刀が原因だ。黒と金で構成された刀には元になった刀がある。それはもう少し大きかったらしいが、この刀は女性の私でも持てるように小太刀にされた。
(この刀のおかげで命を救われたのかもしれないなあ)
するりとその鞘を撫でた。
思い出すのは数十分前のことで、こんのすけとこの本丸に足を踏み入れたときだ。ブオッ、と風を切る音と共にこんのすけが真っ二つに切れる。
出待ちとは卑怯なりー! と叫んでこんのすけは煙と化した。
当然その場に残されたのは私一人。そして目の前にはこんのすけを斬った和泉守兼定。
アッ死ぬ。本気で思いました。
だがその想いと反して和泉守は私の顔をじろじろと覗き込んだ後、「新入りか?」と問われ思わず頷いてしまい、ここまで連れてこられた次第である。回想終了。
「大体小太刀なら脇差部屋じゃない?」
「勝手に連れてきたら歌仙に拾った場所に戻してきなさい、って怒られるよ」
「和泉守、世話できるのか?」
「だーッ! 一気に話すな!! 俺が拾ったんだし打刀部屋でいいだろ! あと歌仙にはバレないように飼うし、世話だってできる!」
私は犬か。ツッコみたかったが出会い頭に斬りかかる刀がいる中で迂闊な事は話せない。
借りてきた猫状態の私に大和守が不審そうな視線を向ける。
「それにそいつが守り刀ならなんで持ち主のところにいないわけ?」
「あ、っと、彼女は、和泉守さんに驚いてどこかへ隠れてしまって」
私は刀私は刀私は刀、と暗示をかけながら質問に答える。不自然ではなかっただろうか。そう不安に思ったが、大和守はふーんと言ったきりそれ以上深追いしてこなかった。誤魔化せた気はしない。
(見逃された? いや特に興味がなかっただけか)
「俺国広呼んでくる!」
「おい! 自分で世話するのは堀川を頼らないってことだぞ!」
「国広も俺の一部のようなもんだから問題ねえ!」
ドタドタと荒い足音で和泉守が遠ざかっていく。
(おい、拾ったんなら放置するなよ! いや、一人にしないでください見知らぬ人のところに置いておかれるのが一番苦痛なんです!)
そう叫んでも所詮は心のなかで、当然和泉守に聞こえるはずもなく。悲しい気持ちで遠ざかる和泉守の背を見つめていると、悪かったな、と声をかけられる。長曽根だ。
「あいつ、自分が刀としては一番若いから、弟分が出来たことが嬉しいんだろう。付き合ってもらって悪いな」
「あっいや、大丈夫デス」
コミュ障特有の取り敢えず大丈夫を繰り出してから思ったのは、ここ、本当にブラック本丸か? という疑問である。
確かに初め斬りかかられたのはそれっぽかった。だがこうして彼らと話してみてどうだ。見習い先で聞いたブラック本丸はみんな怪我しててまず審神者としての初めの仕事は手入れだろう、と言われていたのに。
目の前に座る彼らは所々服が切れているものの、重傷になっているものはいないようだ。いや、彼らがたまたまそうでなかっただけで他の部屋の刀は違うかもしれない。
「……ねえ」
和泉守が戻ってくるまで、この部屋に居させてもらおう、と腰を下ろしたときだった。加州が私に話しかけてくる。
お前がこの部屋に居座るなんて図々しいんだよこの野郎! と罵られたらどうしよう、と考えたから加州のキャラじゃないのでそうではないのだろう。
「はい?」
「あんたさ――」
「おーい、淡緑! 国広連れてきたぞ!」
何かを聞こうと口を開いた加州の声を遮ったのは待ち望んだ和泉守だった。結構早かったので、脇差部屋は近くにあるのだろうか。
部屋に現れた和泉守の後ろから顔を出したのは堀川国広。見習い先でも仲が良かったが、それはここの本丸でも同じらしい。「兼さん本当にちゃんとお世話する?」なんて和泉守に聞いているがそれは結局母親が息子が飼ったカブトムシを世話するフラグだぞ、と彼に伝えたい。いや、私はカブトムシではないのだけど。
「淡緑君、だっけ。僕は堀川国広、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
人好きする笑みを浮かべる堀川に軽く頭を下げる。
そんな彼はササッと和泉守の背から出てきて、私の前に座った。
「兼さんがお世話しないかもしれないから僕もお手伝いするね」
「国広、お前まで! ちゃんと世話するって言ってんだろ!」
「そんなこと言って昔買ったカブトムシも世話しなかったじゃない」
「うっ」
なんと、和泉守は前科持ちだったのか。
じゃなくて、ここは本当にブラック本丸なのだろうか。二回目で申し訳ないがそう思わずにはいられない。こんなに朗らかな出迎えをされて本当にいいのだろうか。
「で! お前の持ち主はどこにいんだよ!」
「あ、そうそう。淡緑君は知ってる?」
「いえ、知らないです。……それより、なんでそこまで私の持ち主のことを?」
おずおずと尋ねると、二人はキョトンとした顔で決まってるだろ、と声を揃えた。
「斬って殺すは」
「お手の物だからね」
あっこれ、審神者ってバレたらアカンやつや。