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嗚呼、夏休み 湾編
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夏休み小噺03 湾編
『夏の笑顔、絶えなくて』
※湾ちゃん目線
ぱくり、ぱくり。
目の前のお皿に所狭しと並べられた色とりどりのスイーツを一口ずつ、念入りに塗ったグロスが落ちるのも気にせずに唇へ運んでいく。
長い夏休みを利用して、私となまえは有名パティシエ監修のデザートバイキングに来ていた。
一学期に雑誌で見て以来ずっとふたりで行きたいネという話をしていたのだが私の親友は部活に生徒会にと休日も多忙な日々を過ごしているため、夏休みに入って今日やっとそれが実現したんだ。
最初は香やヨンス、老師や菊さんも誘おうと思ったんだけどこういうのは仲の良い女子同士で行くのが1番、ということで今日はふたりきり。
周りを見てみるとちらほらと男女カップルの姿が確認出来るものの、やはり女子グループが圧倒的多数だ。
「このチーズケーキ絶品ダヨ!さっきのマンゴープリンは私が作った方が美味しかったケド。」
「こっちの善哉もなかなかのお味だよ!一口食べる?」
「わーい、食べる食べるヨー!」
あーん。
差し出された白玉の乗ったスプーンを口を開けて受け入れる。
気兼ねなくこういう事できちゃうのも女子同士の醍醐味だよネ、これが男だったらあーんとか間接キスがどーのこーの言われちゃうもん。
うーん、冷たくて甘さ控えめの小豆ともちもちした白玉の食感が絶妙だ。
「ん、美味しいネ!菊さんが好きそうな味ダヨ。」
控えめな甘さとざらりとした独特な舌触りに幼馴染の顔が思い浮かぶ。
「ああ、あの人味の好みがジジくさいよね。本田部長がおやつ当番の時は大体濡れせんべいとか塩飴とかその他おばあちゃんの家の戸棚にありそうなお菓子だもん。」
「菊さんらしいネ~、すごくジジくさいヨ!でも…」
そんなところも素敵ダヨ。
と、うっとりと目を閉じてひとつ歳上の幼馴染に思いを馳せる。
真っ黒な髪とそれと同じ色の瞳が綺麗な人。
いつも真っ直ぐで謙虚な人。
優しさと強さを兼ね備えた憧れの人。
いつか肩を並べて歩きたい、私の目標の人。
ちょっと(かなり)オタクだったりHENTAIだったり押しに弱かったり何考えてるか分からなかったりするけどそんなどうしようもない所も含めて、彼は私の目標だ。
「…あのさ…。」
と、ここでなまえの遠慮がちな声に現実に引き戻された。
「ん?どしたヨ?」
「湾ちゃんって本田部長の事好きなの?」
「えっ?」
親友の唐突な問い掛けに思わず言葉に詰まる。
確かに菊さんのことは好き、だけど…
けど、彼女が問う「好き」と、私が彼に抱いている「好き」は同じ言葉であるけど意味合いが全く異なるものな気がする。
私が菊さんに対して抱いている「好き」はきっと恋愛感情なんかじゃなくてもっともっと暖かくてシンプルで大切な「好き」だと思う。
私は目標…いや、違うな。
「家族」として、菊さんが好きだから。
確かに彼はカッコいいし優しいし付き合ったら楽しそうだけど私は今のままの「家族」という関係が心地いいんだ、今はそれを失いたくはない。
だって恋人は誰にだってなるチャンスはあるけれど家族はそうもいかないデショ?
現状、私にとって彼は大切な家族のひとりでそれ以外の感情は持ち合わせていないみたいだ。
「んー…家族みたいなモノだからナァ、家族愛的な意味では大好きヨ!」
「ふーん…」
「そういうなまえこそ香の事好きなんじゃないノ?」
「!!!」
と、私の切り返しになまえは飲んでいた抹茶オレを勢いよく吹き出した。
ワー、毒霧ミタイダネー…!
じゃなくて。
「ちょ、大丈夫?ほらコレ使うといいヨ。」
「あ、りがと…!」
ごほごほと噎せながら私の差し出した紙ナプキンを受け取ると、彼女は『私こそはお掃除兵長…』など理解不能な単語をつぶやきながらテーブルを拭いていた。
うん、そんなこと言う余裕があるなら心配なさそうだネ!
「だってなまえは香と一緒にいる時すごくcawaii顔してるヨ?好きな男の子の前でワクワクドキドキしちゃう乙女みたいネ。」
「ちょ!違う!違うんだってばよ!」
香くんはその…友達というかなんというか、特別…違うな、ええっと…そうだ!特殊!そうだ、特殊なお友達で…なんというか…契約を交わしてるというか約束をしてるというか…ペンダントが…
と慌てて否定の言葉を発するもごにょごにょと口ごもっていて。
それが結果的に否定をし切れていなくてなんだかとってももどかしい。
というか特別って言っちゃったのちゃんと聞いてたヨ。
「香となまえ、私はお似合いだと思うけどナー。」
「ちょ、まじやめてよ湾ちゃん!」
もどかしさに耐え切れずさらに追い打ちをかければその頬はより一層赤く染まった。
その口元には微かな笑みが浮かんでいる…というよりはニヤていると言った方が正しいか。
浮つく口元をなんとか抑えようと口の周りの筋肉がヒクヒクと震えているのを見てなんだかこちらまでにやけてしまいそうだ。
口では否定しててもきっと内心満更でもないんだろうなぁ。
分かりやすいったらありゃしないネ。
「だいたい香くんモテるし…私なんかアウトオブ眼中に決まってるよ!」
なんてやや自虐気味な彼女の言葉にさらににやけてしまいそう。
本人は全く気付いてないみたいだけど香もなまえに気があるのは明白なんだよネー。
香ったら昔からモテるのに私やえっちゃん、その他家族以外の女の子を寄せ付けなかったくせに、ずっと一緒に行動したがるなんてなまえの事を随分気に入ってるみたいだ。
まったく、香もなまえも鈍感なんだから。
「私はなまえを応援してるヨ!いつでも相談に乗るから言ってネ!」
「だから違うって!!」
じゃあ私おかわり行って来るネと、すっかり空になってしまったプレートを手に席を立った。
私が席を立たったのを見て、香くんのこと好き、なのかなぁ…なんてこっそりつぶやく親友に思わず笑みが溢れる。
無自覚から自覚に変わる、今しばらくはゆっくり見守るとしよう。
大好きな親友と大好きな幼馴染、大好きなふたりだから、ちゃんとハッピーエンドを迎えてもらわなくちゃ!
夏の笑顔。
絶えなくて、この先もあなたと笑っていたい。
-fin-