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Princess Kidnapping②
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オーナーの支持通り、裏口に周り樽を運びながらBARへ続く道の扉を開け外へ出ると、アマンダの前に一つの影が差し掛かる。
「よぉ、嬢ちゃん。まぁだこんなシケた店で働いてんのかい?」
その影の人物を認識した時、アマンダの顔が曇る。
お酒の瓶を片手におぼつかない足取りで現れたのはBARの常連客だった。
手入れなされていない髪、ボロついた服、白髪が見えかかる無精髭をまとったその男性はよくBARを訪れるが、何が気に入らないのか、出されたお酒に難癖を付けたり、他の客がいるにも関わらず大きな声で卑猥な話をし出して迷惑をかけたり、差別をするつもりはないが正直来て欲しくない客だった。
「おっかしーねー、看板にゃCLOSEの文字が貼ってあったんだが、なんだァ?営業してんじゃねーか」
今日ここへ来て呑もうと思ってる俺をはじくためか?と近寄ってくる男性。
海賊達で満席になっている事、その海賊がとても危険な賊である事で一般客に危害が加わるのを阻止する為に今日はもう閉店することにしたのだ。
「今日は都合があって早めに閉店してるんです。またお待ちしています」
「っかー!!それならそうと言っといてくれや嬢ちゃんよォ!こんな離れのBARにわ・ざ・わ・ざ足運んで来てやったってーのによー!!」
恨み言を言うのはいいがそろそろ解放してほしい。
あの海賊達を待たせると後が怖い為、未だぶつぶつと何か嫌味を言うその男性にぺこりと頭を下げると、アマンダは早足でBARまで向かった。
後ろで男性が何か言っているが無視だ無視。
お酒の樽をオーナーへ渡し、彼は急いで海賊達に運ぶ。
カウンターからチラリと様子を伺うと、海賊達は背を向けあいながら何か話しているが、互いに相手が気になる模様で、店内には殺気が漂う異様な空気が流れている。
アマンダの頰に冷や汗がツゥと垂れると、戻って来たオーナーがゴミ出しに行っておいでとまたもやアマンダをBARから遠ざけようとする。
いくらオーナーでも億越えの海賊相手に大丈夫だろうかと心配するものの自分に出来ることが何もない為とりあえず言う通りにゴミを出しに外へ出た。
いざとなれば海軍を呼ぼうと電話機を側に置いて様子を伺うオーナー。
すると机を叩く大きな音がしたかと思えば、ユースタス・キッドが椅子を引いて立ち上がった。
海図か何かを机に広げ話をしていた途中だったからか側にいたマスクの男、キラーがキッドの方を向く。
「どうした、キッド?」
「あんな胸糞悪ィヤローと一緒に酒なんざ呑めるか、場所を変えるぞ、キラー」
苛立ちを隠せない様子で、キッドがそう言うとキラーはため息をつきながらも周りにいたクルーに合図を送ると、その場を去ろうとする。
その様子にホッと胸を撫で下ろすオーナーだったが、それは束の間の出来事だった。
ドン
「っと、すまねェ」
用を足そうと思ったのか、つなぎを着た男が立ち上がった瞬間、帰ろうとしたキッド海賊団のクルーの一人とぶつかる。
つなぎの男はその場を詫びたが、キッド海賊団のクルーはぶつかったその男を殺気のこもった目で睨む。
「てめェ、わざとぶつかりやがったな」
「は?」
意味がわからないと言った様子でもう一度聞き返すつなぎの男の胸倉を掴み、キッドのクルーは凄い剣幕で摑みかかる。
「おれに喧嘩売るためにわざとぶつかりやがったなっつってんだ!!あぁ!!?」
完全にチンピラだとオーナーは思った。
酒が回っているのか、クルーの頰は少し赤い。
おそらくテンションが上がって理性が効かなくなってしまっているのだろう。
理不尽な言いがかりをつけられ、徐々に怒りが湧いてきたのか、つなぎの男は胸倉を掴んだその手を力強く掴む。そのせいでクルーの手から骨が軋む音がした。
「喧嘩売ってんのはてめェだろーが!こっちは穏便に済ませようって思ってたのによォ!!」
胸倉を掴んでくる男の手を振り払い、握り拳をつくりながら戦闘体制に入る。
クルーも戦う理由が出来て嬉しいのか口元に笑みを浮かべながら両手の骨をパキパキと鳴らした。
様子を見ていた互いの海賊団の船員達はお面白いものを見るかのように口笛を鳴らしたり自身のクルーを応援する声をあげたりなど完全にギャラリーとなってしまっている。
「お、お客様!店内での暴力行為は控えて…」
「うるせェ!!巻き込まれたくなきゃ引っ込んでろジジィ!」
止めようとするも彼らの怒声に情けなくも怯んでしまう。
大人しくカウンターに戻り、側にあった電話機から受話器を取り外すと、海軍へ知らせるために番号を押し始めたが、その手は二人の男によってピタリと止まる。
グイ
未だ酔いが冷めず血が騒ぐクルーの襟を掴み、勢いよく後ろへ引っ張るその男に何すんだ!と掴みかかろうとした瞬間、クルーの顔が青くなる。
「てめェ、何やってんだ」
「か、頭…」
その人物はクルーの船長であるキッドだった。
同時につなぎの男にも彼の船長からの制止の声がかかる。
「か、頭違うんです!こ、こいつが…」
「あぁ?言い訳しろなんざ一言も言ってねぇだろうが」
「キャプテン!先に仕掛けて来たのは向こうッスよ!」
「安い挑発にのるてめぇも同罪だ、おれ達は騒ぎを起こすためにこの島に来たのか?」
双方の船長の言い分に言葉が詰まる。
互いに戦意をなくした様子を遠目で見ていたオーナーは騒ぎが大きくならなかったお陰で受話器を置いた。
さすがは船長。誰も止められない、いや止めようともしないこの場の殺気立った空気を一瞬にして払いのけた。
どうやら唯のゴロツキの集まりではないようだ。
「唯でさえこんな陰険なツラしたヤローと一緒の空気なんざ吸いたくねェってのに、手間とらせんじゃねェよ」
蛇に睨まれた蛙のように縮こまったクルーをひと睨みした後、背を向けてその場を去ろうとする。
「同感だ、その顔を見てると酒が不味くなる。とっとと消えろ」
「…あぁ?」
扉の前まで来たキッドの足がピタリと止まり、後ろで瓶に口を当て酒を飲むローを睨む。
「てめェトラファルガー、今なんつった」
「その距離で聞こえなかったんなら重病だ、ユースタス屋。酒が不味くなるから消えろと言ったんだ」
「冗談じゃねぇ、そもそもてめぇが後から入って来たんだろうが。てめぇが消えろ」
「おれに命令するな、なんなら消してやろうか?」
シャボンディ諸島の時と同様、ローは中指を立てながらキッドを挑発する。
それに怒りが頂点に登ったのか、上等だ!と声を荒げながら、キッドが懐から銃を取り出しローに向かって発泡した。
間一髪で避けたローの前に、ナイフやフォークといった金属系のものが宙を舞っていた。キッドの能力だ。
「反発(リペル)!!」
彼がそう叫んだ瞬間、宙に浮いた金属はローに向かって弾き飛ばされる。その瞬間店の壁が大きな物音を立てながら破壊された。
ローの海賊団のクルー達は皆破壊された壁の外を見ながらローの名前を呼ぶ。
モクモクと煙が立ち上る中、ゆらりとその姿を現したロー。無事を喜ぶクルーを他所に、彼は刀を抜く。
「〝ROOM〟」
ローがそう言うと、彼の周りから大きな円が描かれる。
なんだなんだと困惑するも束の間、彼は何もない所へ刀を振り下ろすと、また何か呪文のようなものを唱えた。
「〝シャンブルズ〟」
瞬間、何もない場所からキッドが現れ、先程キッドが居た場所にはコロコロと石ころが転がっていた。
咄嗟の事でキッドも驚愕した表情をするものの、さすが億越えのルーキーとも呼べるほどの反射神経で、懐に刺した剣を神業とも呼べる速さで抜きローの攻撃を防ぐ。
互いの刀が交わる音が聞こえる。
BARにいる船員が自分達の船長を応援する中、その様子を茫然とした顔で見ている事しかできないオーナー。
わかったことは、結局互いの船長が一番単純な奴だと言うことだった。