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Princess Kidnapping③
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「ふぅ」
BARは島の離れにあるため、ゴミ収集場までの道のりは遠い。
ゴミが大量に入ったゴミ袋をその場に置くと、アマンダは海賊達が集う今のBARに早足で戻る。
しかし、道中思わぬ邪魔が入った。
「嬢ちゃんよォ、こんな真夜中に一人でで歩くなんざ、襲ってくれって言ってるようなもんだぜ?」
昼間の常連客だ。相変わらずお酒の瓶を片手に持ちながらおぼつかない足取りで此方に近寄ってくる。
ただそれだけなのに、アマンダは嫌な予感がして一歩一歩後ずさる。
「そう怯えんなよ〜、ちょ〜っと触らせてくれるだけでいいからさ、なぁ?」
男が手を伸ばす。
嫌な予感は的中した。アマンダの身体を好色の目で隅々まで見渡すその目に恐怖を感じた彼女は地面に転がっている石ころを拾い上げ、しゃがみこんだ体勢で男の足を目掛けて投げた。
掠った程度であったものの、いきなりの衝撃に驚いた男は足を絡ませその場で尻餅をつく。
その隙をついてアマンダは男の横を通り過ぎ、BARへ向かって一目散に走り出した。
後ろから怒声をあげながら男も後を追いかけてくる。
店長、助けて!!
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所変わって、BARの外では億越えのルーキーが自身の能力を駆使しながら喧嘩をしていた。
「シャボンディの時もいけ好かねェヤローだとは思っていたが、やはりてめェはどこまでいっても気に食わねぇ!!」
「おれもだユースタス屋、てめェはシャボンディ諸島で二度もこのおれに命令しやがった。そういう身の程知らずは視界に入るだけで消したくなる」
「面白ェ、やってみろよ!!!」
ローが間合いに入り、キッドの首を目掛けて蹴りを入れようとするが腕でガードするキッド。彼は空いた手でローの腹部を目掛けて握り拳をつくり振り上げるが、ローは愛刀を前に出しキッドの攻撃を防ぐ。
このままでは平行線だと悟ったのか二人はほぼ同時に後ろへ飛び、間合いを取った。
「キッド!!いい加減にしろ!下手に騒ぎを大きくして海軍にでも嗅ぎつけられたら面倒だ!!」
「うるせェキラー!!歯向かってくる奴ァ、皆殺しにしちまえばいーんだよ!!」
唯一戦いを止めようとキッドに呼びかけるキラーの声も今のキッドには届かない。
ため息をつきながらもとりあえず海軍に連絡されないようにクルーにオーナーを見張らせるキラー。
互いの力が拮抗しているため、自分の船長の本気が観れると歓喜余って状況を観戦するクルー達。
「キャプテンやっちまえー!!」
「頭ァ!!そんな得体の知れねェ能力持った奴なんざ殺しちまってください!!」
キャプテン!頭!と二人の喧嘩を煽るように声援をおくるせいでこの騒動が収まる様子がない。
もはや止めるものなど一人もいないこの状況にキラーは心の内で舌打ちをしながら頭を抱え込む。
(キッドの奴、完全に目的を見失ってるな。新世界に入る前に四皇の一人に近付ける絶好の宝を手に入れるという目的を…)
この島に寄ったのはその宝のありかを示す海図を手に入れた為、作戦会議としてたまたま立ち寄ったのだ。
海軍本部がすぐそこにあるシャボンディ諸島では海軍が街をウロついている可能性が高い為、こうして海軍の目に触れない隠れ家のような島を選んだ。
頂上決戦が集結したのはほんの少し前、なので今海軍本部には中将や大将がまだ留まっているはず。
少しでも騒ぎを起こせば海軍が現れるかも知れない。
そんな面倒な事態は極力避けたかったのだが、死の外科医と遭遇してしまった事が不幸の種だった。
いざとなれば自分が間に割り込んで戦いを止めようと隠し持っていた武器を準備する。
「あっ!おいてめェ!!」
すると後方から焦りとも取れる声が聞こえ、後ろを見ると、部下に見張らせていたBARのオーナーが隙をついてカウンターから逃げ出し、持っていた酒瓶でクルーの一人を殴って怪我をさせたかと思えば、そのクルーが手に持っていた海図を奪い取った。
突然の出来事に互いの船長を応援していたクルー達は一斉にオーナーへと視線を向ける。
その視線は決して良いものではない。
「う、動くな!!これ以上騒ぎを起こすと、こ、この海図を燃やす!!」
「「!!?」」
オーナーは賊達の殺気のこもった視線を一斉に浴びて怯えながらも、手に汗握りながら懐からライターを取り出し、火をつけ海図へと近づけた。
つなぎの男達はともかく、キッド海賊団は焦りの色を隠せない。
その海図は自分たちの目的の宝を示す地図なのだから。
余りの衝撃的な出来事に喧嘩に夢中になっていた船長二人もピタリと動きを止めてオーナーに視線を向ける。
「てめェェ!!その海図に手ェ出したら手足もいで海に捨てるぞゴラァ!!!」
「ぶっ殺されてェのかジジィ!!何考えてやがる!!?」
「お、おい正気か?
てか、荒れてんなキッド海賊団」
荒れるキッド海賊団の船員達の手には様々な殺傷能力の高い武器が握られていた。
この状況から見てオーナーの持つ地図が何か彼らにとって大きなメリットになる存在だという事がつなぎの男達にもわかる。
「手足がもがれようと殺されようと、何かするものなら海図を燃やす!頼むから店を壊すな!!」
ライターの火を更に海図に近づける。怒りようにも本当に燃やされればたまったものじゃない。
それにキラーにはもう一つ困った事があった。
(まずいな、ハートの海賊団にこの海図の事が知れたら…)
海図の重要さが知れれば宝を横取りされる可能性がある。
恐らくオーナーは、キッドやローの喧嘩のせいで理不尽に店が壊されてしまった事と、もうすぐ帰ってくるであろう此処で働いている少女に危害が加わらないように早めに退散してほしいのだろう。
つまり、あの海図を守るためには大人しくこの場を引き下がる事だ。
キラーは殺気立ったクルー達をまず鎮めようと、武器を懐にしまい、危害は加えないという意図を込めて両手をあげながらオーナーに近づいた。
「騒ぎを起こして済まなかった、だが海賊とは血の気が多い連中の集まりだ。そこは勘弁してほしい。」
キラーの冷静な行動にクルー達も殺気を抑え状況を見守る。
オーナーもキラーの落ち着いた声色に本当に自分に害を加えない者だと判断し少しだけライターの火を海図から遠ざける。
「あ、あんたは話がわかりそうだ。頼む、早くこのゴロツキ共を連れて此処から立ち去ってくれ。大人しく出て行ってくれたら明日、あんたがこの海図を取りに来るんだ」
「何でてめェの言う通りになんか…」
「わかった。
キッド!聞いただろう!武器をしまってこの場を去るぞ!」
キラーに呼びかけられ、状況を見ていたキッドはオーナーを人睨みすると舌打ちをしながら武器をしまった。
ローはそんなキッドには目もくれず、ただオーナーの手にある海図をじっと見つめていた。
「!店長!!」
すると店より100m程先からアマンダが切羽詰まった様子で此方に走ってきた。
破壊された店と海図とライターを手に持つオーナー。そして店の外で二人の海賊が争ったであろう形跡がいくつも残されている光景がアマンダの目に止まったが、今は店長に助けて欲しかった。
「コラァ!小娘ェ!!待てって言ってんだろーがァ!!」
アマンダの後方からすごい剣幕で怒鳴りつけながら追いかけて来るあれは、昼間の常連客だった。
男はアマンダの後頭部を目掛けて酒瓶を投げつける。
「きゃっ!」
偶然足が絡まってその場で転んでしまい、酒瓶が後頭部に直撃する事故は免れたが、足をひねってしまいその場から動けなくなる。
その酒瓶はアマンダを過ぎてローに向かって飛んで行ったが、ローは能力を使うまでもなく自分に向かって飛んできた酒瓶を手で受け止めた。
「へへへ、やっぱ営業してやがったんじゃねーか。ったくよぉ、どいつもこいつもおれを除け者にしやがって、なぁオラァ!?」
「ひっ!」
男は怒り任せに砂を蹴り足をひねって動けなくなっているアマンダに浴びせる。
砂が目に入らないよう目を瞑るアマンダだが逆に視界が閉ざされ言いようのない恐怖に襲われる。
「あぁ?なんだぁ?何睨んでんだよにーちゃん達よぉ!!」
男は自分を睨みつける海賊達の視線に怯える事なく絡んで来る。酒が回り過ぎて恐怖心という理性を失ってしまっているのだろう。
「言っとくがこの女はおれが先に目ェつけてたんだからよぉ!負け犬は犬らしくそこらの野良犬とでもヤッてな、へへへ!!」
男の挑発に海賊達の目がピクリと反応する。
そんな様子も気にかけず、男はアマンダに近づきしゃがみこむと彼女の髪の毛を引っ張り涙ぐんだその顔をニヤニヤと下卑た笑いを見せながら鑑賞する。
「い、いや!店長ぉ!!」
自分を助ける声にハッとなったオーナーはライターも海図も地面に捨ててアマンダの元へ駆け寄る。
だが
「来るんじゃねぇ!!来たらこいつの喉元かっ切んぞ!!」
男はそう怒鳴ると懐からサバイバルナイフを取り出しアマンダの首元にピタリと押し当てた。
思いもよらない出来事に為すすべがなくなる。
「へへ、大人しくこの女がおれに喰われる姿をじっくり見てな。女ァ、てめぇはおれに舐めた事しやがった罰で公開処刑だ!」
「…っ!!」
男の手がアマンダの胸元へ近づいた瞬間、男とその周りに薄い円が張られた。この円は先ほどの喧嘩でローが見せた謎の能力だ
オーナーはこの円を張った人物を見る。
「〝タクト〟」
ローが人差し指を立てながらそう呟くと、男の身体はマジックのようにその場を宙に浮いた。
「な、なんだぁ!?どうなってんだこりゃあ!」
あっという間に店よりも高く持ち上げられてしまった男は謎のポスターガイスト現象に驚きを隠せない。
慌てる男の前に、自分と同じ現象に立っている物をみた。
そこには、金属系の危ない凶器がいくつも宙に浮い浮いていた。
これはローではなく、キッドの能力だ。
「な、なんだよおい!!降ろせ!!おれが何したってんだよぉ!!」
叫ぶももがくも身体が言うことを利かず為すすべがない。男は自分の体を支配するその海賊に怒鳴りつける。
「てめェらか!?こんなふざけた真似しやがるのは!!降ろせぇ!!犬ごときが人間様に手ェあげてんじゃねぇよ!!」
大声で怒鳴り散らすも聞こえるのは海賊達の失笑じみた笑い声だけ。
ついには聞くに耐えない程の下劣な言葉の嵐を降らせる男に、キッドは手のひらを前に出し、口元に笑みを浮かべながら呟いた。
「〝リペル〟」
瞬間、宙に浮いた数々の金属系の凶器が一斉に男に向かって飛んでくる。為すすべもない男はその攻撃を直に受け、はるか後方へと吹き飛ばされてしまう。
ドン!と大きな物音を立てながら遠方の倉庫に倒れる男。その衝撃で倉庫は音を立てながら崩れて行く。
その様子をオーナーと共にみていたアマンダは、男が生きてはいないことがわかった。
はじめて、人の死を見てしまった。
その衝撃から倉庫から目を逸らさないでいると、ゾロゾロと足音が響く。見ると海賊達が店を出て何処かへ去ろうとしていた。
一連の騒動が幕を降りた瞬間だった。