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Crack④
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「た、助けて!!誰かァ!!誰か助けてくださいっっ!!!」
声が枯れるのではと思うほどの大きな声。
もう誰でもいい。就寝中とか関係ない。
何でもいいから助けて欲しかった。
今ここで縋らないと本当に殺されてしまう。
「うるせェって言ってんのがわかんねェか!!?」
男がアマンダ目掛けて包丁を振り下ろす。
足が震えてまともに立つことすらできない。
いや、立てたとしてもこの距離で避けれるはずがなく、壁際に追い込まれたアマンダに逃げる術などなかった。
こ、今度こそ死ぬ!
そう思ってせめて刺される瞬間を見ないように目を瞑る。
「…………………?」
しかし、いくら待っても痛みがこない。
恐る恐る目を開けてみると、そこには包丁を振り下ろそうとしている男の腕を掴むキッドの姿があった。
「あ………あ…………」
「…これはどういう事だ」
就寝中だったのか頭のゴーグルはしておらず、赤い髪が下されている。不気味で高圧的な威厳を見せる化粧も落とされており、更に寝巻きなのだろうか、いつも羽織っている上着はなく上半身裸の状態であり、懐にしまい込んでいる剣や銃も外されていた。
あまりの変わりように一瞬誰だかわからなかったが、他を威圧するその鋭い目つきや鼓動を大きく揺さぶる程の低い声から、今自分を助けてくれたのはキッドなのだとわかった。
「ゆ、ユースタス…キッド…」
「耳障りな声がする方へ行ってみれば…
人の睡眠を妨害しやがって、あァ?」
キッドの男の腕を掴む力が強くなる。
バキバキと骨が軋む音がなり、男は思わず手から包丁を離してしまう。
その包丁は運良くアマンダの足と足の間に突き刺さった。
すると後から次々と食堂へやってくる船員達。
そこには、いつもの帽子を取ったローの姿もあった。
「きゃ、キャプテン…」
「これは……
てめェこんなところで何してんだ」
寝起きのローはいつも以上に不機嫌な声で男を威圧する。その様子から本気で怒っていることを察した男は両船長に睨まれ、また船員達により逃げ場を失い完全に萎縮してしまっていた。
「女、何故てめェがこんなところにいる」
「あ、え…?」
現場の一部始終を見ていたのはアマンダと男だけである。キッドは男じゃ埒があかないと思ったのか、アマンダに状況説明を促した。
「わ、私はただ……お風呂からあがって…」
「ハッ、卑しくも腹空かせて食料を漁りに来たってか?」
心底馬鹿にするような目で見下ろされ、アマンダはあらぬ誤解を受けていると思い、訂正する。
「ち、ちが…
浴室から出ても誰もいなかったから探していたら…ここで物音がしたので、それで…」
「おい!今日のこいつの見張りは誰だ」
キッドの声でギャラリーの中の一人がハッとしたように声を上げる。
「す、すいません頭。おれです!ヒートさんに借りてた金返し忘れてたんでちょっとの間だけ席を外してたら、すっかり忘れちまってて…」
申し訳なさそうに頭を下げる船員にキッドは「こっちへ来い」と自分の方へ来るよう促した後、駆け寄ってきた男の真横にある壁に拳を振り上げる。
壁はメキメキと音を立て拳一つ分の大きな穴があいた。
一瞬で真横に通り過ぎたキッドの拳の風圧で頰に切り傷が出来る。
拳一つでも十分強いキッドの恐ろしさを目の当たりにしてピシッと顔を青ざめながら石のように固まる男。
「金を返し忘れてたから席を外しただァ?んなモンてめェが今任された仕事放ってでもしなけりゃならねェ事だったのか!?」
「い、いえ…」
「わかってんなら始めからこんなふざけた事すんじゃねェよ!」
見張りの男がいなかったのはそういう訳があったのだ。
自身の仲間への説教が終わり恐怖で足が竦んでいる男にチッと音を立て舌打ちするキッドとは別に、今まで腕を組み、壁にもたれながらギャラリーの中から成り行きを見ていたローがキッドやアマンダがいる方へ歩き出した。
それに気づいた彼の部下達が道を開け、つい先程までキッドや見張りだった男に向けられていた船員達の視線がローに向けられる。
キッドの部下への制裁が終わり、今度は彼の番だ。
「さて、次はお前だ。まずはこの状況を説明してもらおうか」
「あ、えっと…」
説明してもらうと言ってもローの事だ。頭の回転が早い彼ならどういう経緯で今の状況が出来上がったのか大方察しがついているはず。
キッドから腕を解放され、その場にへたり込む男は自分を軽蔑するようなローの眼差しに声すら上げられない。
何故なら、ローの手には彼の愛刀〝鬼哭〟が握られていたからだ。
ローが鞘から刀を抜こうとした時、恐怖のあまりか男はその場で正座をしたかと思うと頭を地面につくくらいの勢いで土下座をした。
「す、すいませんキャプテン!!お、おれつい魔が差してキャプテンの命令に背いてメシをっ………」
「成る程。それでその現場を見られ取り乱した挙句、丸腰の女相手に包丁で切りかかったってわけか」
事実はそうなのだが、余りにも間抜けで情けないと言わんばかりのローの言い方に男は羞恥のあまり顔が赤くなっていた。
周りからヒソヒソと陰口を言われているのも原因だろう。
ローはそんな部下に対してキッドとは違い至極冷静な声で「腕を前に出せ」と命令する。
男が素直に命令に従うと
「〝ROOM〟」
ローがそう言った瞬間、何度も見た薄いドーム状の円形が形作られる。
わけがわからず困惑していると、ローは鞘から刀を抜き出し、男の腕に向かって一直線に振り上げた。
「っぎゃああああ!!!」
「!!??」
スパッと音がしたかと思うと、男の腕は関節まで綺麗に斬られ、その腕は二本とも宙に浮いている。
その腕を見ながら叫び声を上げる男の腕をローは片手でキャッチした後、冷たい目で男を見下ろした。
「罰としててめェは一週間その姿のままでいろ。その状態のままメシも我慢できたら返してやる」
ローの冷たい声に仲間達はおろか、キッドの部下まで顔を青ざめる。
死の外科医、残忍で名の通った男
そう噂されている彼は、ある意味ではキッドよりもタチが悪い罰を部下に与える。
男の様子にアマンダは全身の震えが止まらない。
両手で身体を抱きしめ震えを収めようとするが、両手自体が震えているため意味を成さない。
何?何が起こったの?
両腕を斬られ、平然とその腕を手に持つローの狂気にアマンダは呼吸すら困難になる。
「返してやる」とローは言った。まさか、斬られた腕を元どおりに引っ付けるという事なのだろうか。
引っ付けられるから、そんな簡単に部下の腕を斬ったのだろうか。
男の腕を見てみると、斬られたにも関わらず血が一滴も出ていない。まるでダルマや積み木のようだ。これもローの能力なのだろうか。
ただ確かなことは
アマンダを殺そうとした男も、アマンダを見張っていた男も、少なからず彼女が原因で二人からお咎めをくらったと言うことだ。
ついには腕を見ながら泣いてしまっている男に、仲間の中には同情の声も聞こえるが、自分達の船長のやった事なので何も言えない状態だ。
「しっかしよォ、こんなんで本当に同盟組んでやって行けんのかな?」
キッド海賊団か、ハートの海賊団か、誰かがそう呟いた。
それに便乗して、他の船員が声を荒げる。
「そうっスよ頭!!正直おれもう限界だ!同盟なんてやめてこいつらから海図と人質を分捕って終わりにしましょうよ!!」
「んだと!?こっちのセリフだそりゃあ!!」
何度目だろう、この怒声を聞くのは。
止まらない暴言の数々。相手を傷つける言葉の刃物を投げつける船員達。
その声を聞いてアマンダの頭の中はもう崩壊寸前だ。
その声を聞くまいと耳を塞いでも効果はなく、自分の隣で地面に額を擦り付けながら泣く男に、自責の念でアマンダの精神はすり減らされて行く。
「わたしの…せい…」
この原因は私が作った
私が悪魔の実を持ってきたから、様子が変わった
私が暗雲を呼び込んだ
私のせい
わたしのせい
ワタシノセイ
「…………っ!!」