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Beast In The Darkness②
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目を覚ますとそこはいつもの光景。
揺り籠のように揺れる船。
どうやらあれは夢だったようだ。
本当に夢だったのかと確かめるように身体を起こすと、何か頰から顎にかけてラインをなぞるように滑り落ちる。
それは汗だった。
気づくと服は汗でびっしょりと濡れている。
夢でこんなに汗だくになるのは初めてだ。
暫く呆然としていると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。
ご丁寧に「開けるぞ」と一声かけた後、ガチャリと鍵が開く音が聞こえ、扉が開かれる。
「昼飯の時間だ」
扉の先にはキッド海賊団のクルーであるヒートが食事を持ってやってきた。
外見とは異なり落ち着いた印象の彼にアマンダは安心する。
扉を開けるとき、ノックもなしにいきなり鍵を開けて扉を開く者が大半だが、稀にノックをしたり、一声かけて扉を開ける礼儀を持った者もおり、そういった人達だとなんだか安心できるのだ。
ヒートから受け取ったお昼ご飯に箸を付けようとすると、彼のある言葉にピクリと反応するアマンダ。
「あ、あの…今ってお昼なんですか?」
「ああ、朝飯の時にも声かけたんだが呼んでも起きねェから頭に報告したら朝くれェ抜いても平気だろって言われてな」
ヒートからそう言われた直後、思い出したかのように鳴り出すアマンダのお腹の音。
音自体はそこまで大きくはなかったが、二人っきりのこの静かな空間の中ではよく響いた。
「〜〜〜〜〜っ!!」
無駄だとわかりつつも顔を真っ赤にしながらお腹を抑えずにはいられない。
すると、やはり聞こえていたのか、前方からククッと喉で笑う声が聞こえた。
「コックに頼んで朝の分も含めて多めに作って貰ったから遠慮なく食えよ」
本当にキッド海賊団の一員なのか疑うくらいに優しく話しかけてくれる彼に、アマンダは戸惑いを隠せない。
ヒートが部屋を出て、一人ご飯を黙々と食べていると、アマンダはそういえばと昨日の出来事を思い出す。
(昨日確かお風呂入った後、食堂で海賊に殺されそうになって)
そうだ。
間一髪でキッドに助けてもらい、そしてアマンダが大声で助けを呼んだせいで昨日は全員その声に起きたのだ。
両船長が互いの部下に制裁を加えた後、アマンダは一心不乱になり、キッドの部屋まで行って
(それで、悪魔の実を捨てようとしたんだよね。それをキッドさんに止められて、どうしたんだっけ?)
アマンダの記憶はそこで途切れていた。
その後気がついたらこの部屋で目が覚めたのだ。
(なんか色々やらかしちゃったな、私)
あの時はどうしたらいいのかわからず、とにかく騒動のきっかけとなった悪魔の実を海へ捨てることしか頭になかった。
しかし結果的にキッドを怒らせてしまった。
三億超えのルーキーを怒らせて生きているなんて奇跡に近い。
触らぬ神に祟りなしという言葉があるように、暫くはキッドに合わない方が得策だと考える。
するともう時間が経ったのか、ヒートがまた昼ご飯の食器を回収しにやってきた。
アマンダの近くまで来てしゃがみこむと、ヒートはアマンダの身体や顔が汗だくになっていることに気づく。
「おい、なんだその汗?この部屋そんなに暑いか?」
「え?あ、いやこれは…」
先ほどは暗くてよくわからなかったらしいが、近くまで来るとさすがにわかるらしい。
キッドの頭に頼んで外の空気吸わせてやるよと食べ終わった食器を持ちながら扉の方へ向かうヒートを慌てて止める
「だ、大丈夫です!全然平気です!
こ、これはちょっと嫌な夢を見て、だから決して暑いわけじゃ…」
「…夢?」
アマンダが出したワードに首を傾げると、暫くして「あー」と納得したような声をあげる。
「昨日色々あったもんな」
「え?」
ヒートは昨日アマンダが二度も殺されそうになった為、その夢を見て苦しんでいたと思っているようだ。
恐らく間違いではないのだが、なんだか罰が悪くて
アマンダはまともにヒートの顔を見れないでいる。
するとヒートはそんなアマンダを気遣うようにフォローを入れる。
「まぁあんま気にすんな。
そういや、あの後トラファルガーは自分の部下に斬り落とした腕を返したらしいぞ」
「……え!?」
思いもよらないヒートからの報告にアマンダは目を丸くする。
「それだけじゃねェ、飯も一週間から三日に軽減されたらしいし、部下と一緒にトラファルガーもその罰を受けるってよ」
ヒートのから次々と信じられない言葉がアマンダの耳に届く。
確かに船員の醜態は許されないことだったが、自分の部下がそこまで追い詰められているのに気づかなかったロー自身にも責任はあると言い、能力で斬った腕を治し、彼も部下と共に三日間ご飯を食べない事にしたのだという。
自分の船長にそんな罰を受けさせる訳にはと食い下がる部下に
「おれより先に根ェ上げるんじゃねェぞ」
と言ってその場を去ったそうだ。
なるほど
これで彼の心にも余裕が出来、罰を受けようという覚悟ができたわけだ。
「そ、そんなことが…」
「あの野郎がどういう心境の変化で考えを改めたかはわからねェが、思ったより丸く収まったわけだし気に病む事はねぇよ」
ヒートの優しい言葉がアマンダの心をほぐす。
「はい…」
少しだけだが、今までのしかかっていたものが軽くなった気がした。