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Beast In The Darkness③
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だけど
現実はいつだって、そんなアマンダの心をあざ笑うかのように抉ってくるのだ。
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それから二日が過ぎた頃、いつものように波に揺れる船が揺り籠のように感じ、うとうとし始めた夜
「…………?」
突然、自身の部屋までカツカツと足音が聞こえて来た。
音はだんだん大きくなっていき、部屋の前でピタリと止まる。
(誰…だろう、こんな…夜中…に…)
夜ご飯なら済ませたし、お風呂ももう入った。
後は寝るだけで、朝ご飯までは誰とも接触しない。
まさかお風呂場で何か忘れ物でもしたんじゃ…と思っていると、ガチャリとノックもなしに鍵を開けて来た。
扉が開かれると、そこには見知らぬ男が一人。
アマンダはこの船に乗る船員の顔をまだ覚えていない為、初めて顔を合わす。
ベポやシャチ達のようにつなぎを着ていない為、キッド海賊団の船員と見ていいのだろうか。
「あの、何か…?」
瞼が重くて男の方に顔を向けられない。
だが男はそんなアマンダに嫌な顔一つせず笑顔で話しかける。
「起こしちまったか?悪いな。ちょっとここの倉庫に用があったんだ」
聞くとここの物置部屋に以前まで使っていたランプを置いた為それを取りに来たらしい。
なんでもハートの海賊団の船員と話をしているうちに医学に興味が沸いたらしいのだが、今多少は落ち着いてきているとはいえ、敵の海賊団に毒されて医学を勉強しているなどあまり自分の船員に知られたくない為、こうして皆が就寝している時にひっそり勉強しようと思って来たという。
男は「すぐ終わるから」と言って暗闇の中慣れた足付きで辺りを見回し探し始める。
男の用事に納得が出来たアマンダは探している彼に背を向け、寝る体制に入ろうとするが、そこでふと疑問が走る。
(この倉庫にランプなんてあったっけ?)
もうここに閉じ込められて何日か経っている為、アマンダも自分の部屋にあるものはある程度把握していた。
そもそもランプなんてあったらこの暗い中自分が使っているはずだ。
そんな疑問が浮かぶも自分よりこの船の船員である彼の方がどこに何があるか詳しいのは確かな為、特に気にする様子もなく寝る準備をする。
しかし
「…………っ!!?」
突然後ろから口を塞がれ強い力で後ろに引っ張られる。
わけがわからず眠たかった目も開き、後ろを見るとさっきまでランプを探していた男が口元に笑みを浮かべながらアマンダを自分の方へ引き寄せていた。
「へへ、本当に何も着てねェんだな、お前」
「!!?」
この目は知っている。
あの時、自分を好色の目で見てきたあの常連客と同じ目だ。
この状況と彼の目からようやく男が何の為にこんな夜中に自分の部屋に訪れたのかがわかった。
誰もが寝ていてアマンダに用がない。
下着が一着しかない為乾くまで何も着用していない。
その姿のままお風呂を出て船員と部屋に戻る為、誰か一人はそのことに気づくと思っていたが、完全に自分が無防備だった。
「んん〜っ!!」
必死になって暴れるがやはり海賊。戦い慣れた彼の腕力はアマンダをいとも簡単に押し倒す。
地面に強く背中を打ったせいでズキズキと痛みが襲う。
「海賊でいう人質ってのは、敵を退ける以外じゃ奴隷と同じ扱いされんだよ。つまり、こうされんのがお前の運命ってわけさ」
舌舐めずりをしながらアマンダの服の隙間に手を入れる海賊。
今日はつなぎを着ている為、チャックを下ろせば簡単に服を脱がせれる。
海賊の手を自由になっている手で侵入を防ごうともがくが突如頰に鋭い痛みが走る。
アマンダが暴れるのが苛立ったのか、男はアマンダの右頬を思いっきり殴った。
「っ!!」
ひりひりとした痛みが襲う。
相手が本気で自分を襲ってくる事を実感し、さらなる恐怖がやってくる。
アマンダが大人しくなったのに気を良くしたのか、男の手は彼女の柔らかな膨らみに触れようとする。
もう少し、もう少し
堪え難い恐怖と戦いながらも、必死の思いで扉のところまで腕を伸ばす。
男の手が柔らかな感触を堪能している不快感に涙を流すもようやく扉に触れた手で、アマンダは思いっきり扉を開ける。
大きな音を立て扉が開かれると、誰か入ってきたと思ったのかピクリと大袈裟に反応する男。
その隙をついて痛みを感じつつも両手で男の胸板を押し、彼の身体がアマンダから離れたところで上体を起こし立ち上がると、そのまま扉の向こうまで走る。
「ま、待ちやがれ!!」
運良くも鍵を閉めなかったお陰でなんとか扉の外に出れたアマンダ。
そのまま一直線に走り出し、後ろから追いかけてくる男に恐怖で足がもつれそうになるのをなんとか堪え、キッドの部屋まで逃げる。
彼がキッド海賊団なら船長であるキッドが相手だと大きく出れないはず。
キッドには一度食堂で殺されそうになったのを助けてもらったため、今回も事情を話せば助けてくれる。
その思いに縋りつくしかないアマンダは外へは向かわず一歩手前で右方向へ曲がり、キッドやロー、そして船員の寝床へ向かった。
急がなければ、確実に捕まる。
幾千もの戦いをくぐり抜けてきた男の足にアマンダじゃ速さも体力も差がある。
一刻も早くキッドの寝床へつかなければならなかった。
しかしどんどん距離を詰めてくる男に、アマンダは誰でもいいのでとにかく大きな声で助けを呼ぼうとするも、それより先に男が叫んだ。
「だ、脱走だ!!誰か!そいつを捕まえてくれ!!!」
「!!?」
男の声に反応して、キッドの部屋より斜め向かいの部屋の扉が開かれる。
現れたのはキラーだった。
彼の目前まで来ていたアマンダは急に止まれる筈もなく、そのままキラーにぶつかりそうになるも、彼はひらりとそれを交わし、足を前に伸ばしアマンダの足に引っかける。
そしてその足につまづき前のめりになって転んだアマンダの腕を素早く拘束し、もう片方の手で彼女の背中を抑え地面に押し付けた。
「……何をしている」
後から追いかけて来た船員とアマンダ双方に問いかけるキラー。
すると後から船員が扉から顔を出し、キラーに捕らえられているアマンダを見て騒つく。
「チッ、またこいつかよ」
「アマンダ!どうしたの!?」
ベポが驚きながらアマンダの心配をすると、目的の部屋の扉が開かれる。
現れたのは一番会いたかったキッドだった。
「…何だこりゃあ。キラー、一体何があった」
寝起きだからか不機嫌そうな声が頭上に降りかかる。
「廊下から叫び声が聞こえたから部屋を出たらこの娘が向かって来たので捕らえた。
脱走…だそうだ」
「あぁ?」
途端に騒めきが大きくなる。
このまま誤解されたままだと本当に殺されてしまうと思ったアマンダは必死に首を横に降る。
「ち、違います!あの人が急に…その…」
襲って来た。
そう言えばいいのだが、周りが男ばかりで言うのを戸惑ってしまう。
何とか上手い言い回しはないかと考えているよりも先に、アマンダを襲おうとした男が叫んだ。
「頭!こいつ、夜中におれを呼び出したかと思ったら急に押しのけて部屋を出たんだ!」
「なっ!
あ、あなたが私の部屋に入って来て私を…」
「私を……何だ?」
船員たちの中を押しのけてやって来たのはローだった。
彼も寝起きだからか機嫌が悪いように見える。
「あ、私を……」
寝込みを襲われた。
そう言いたいのに羞恥がこみ上げて来て上手く言い出せない。
ここは男所帯だ。変な事を言えばどうなるかわからない。
私が口出せない事をいい事に男はよくもまあそこまで上手い嘘がつけるものだと感心できるほど口達者でことのあらましを船長や船員達に伝える。
昼間偶然アマンダと出くわした男は、彼女から夜になると自分の部屋からガサガサと音がするためゴキブリか何かの類ではないかと疑って夜も眠れないので確かめてほしいと頼まれたのだと言う。
船長に伝えようかと思ったが本当にゴキブリだったり、また何でもなかったりなんてしたら余計な手を煩わせてしまうと思った男は誰にも言わずに今日の夜彼女の部屋へ向かった。
すると部屋につくと彼女から「内緒で自分を逃してほしい」とせがまれたが、「それは出来ない」と断ると、音がすると言われた方へ行くと急に背中を押され、転んだ隙に逃げられたのだと言う。
何から何まで嘘で固められた証言に開いた口が塞がらなくなる。
すべて自分の都合のいいように捲し立てられ、言い換えす言葉どころか何も話せない。
「すまねェ頭!おれが油断したばかりに!!」
握り拳を胸に当て、心底申し訳なさそうに話す男は本当に演技が上手い。
「何故部屋に入った時に鍵を閉めなかったんだ」
キラーの問いかけに男は戸惑いがちに答える。
「すまねェキラーさん。最近島に着いても外へ出ようとしねェからもう逃げ出そうという意思はないものかとばかり…」
突然のキラーの問いかけでさえも上手く切り返す男。
どうしてそこまで綺麗な嘘が罪悪感なく並べ立てれるのか不思議でならない。
呆然として男を見ていると、アマンダを拘束したままキラーが立ち上がったため、つられてアマンダも立ち上がる形になる。
ローはキラーに拘束されたアマンダに近づくと、警戒するような目で睨みながら問いかける。
「今の話は本当か?女」
「っ!それは………」
答えようとするも周りが皆男だらけの状態でどう言えばいいのかわからない。
誰かに助けを求めようと辺りを見回すと、こちらを睨むキッドと目があった。
その時、アマンダの頭の中に以前キッドが言っていた言葉が浮かび上がる。
【てめェは此処じゃ家畜以下だ!】
男も言っていた。
海賊にとっての人質は、奴隷と同じだと。
つまり、もし本当の事を言っても私の証言と彼の証言とじゃ信頼性に天と地ほどの差がある。
それに襲われたといっても、奴隷と同じ扱いなら助けてくれる可能性はかなり低い。
船長がそれを許してしまえば事態は悪化する場合だってある。
そうだ
あの時感じたはずだ
此処には本当の味方など一人もいないと
「……っそうです…」