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An Escape And The Truth②
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「……?」
食堂に続く廊下をベポと二人で歩いていたローは、その先で何やら見知った顔の二人が言い争っている様子が遠くから見えた。
白いつなぎに一人はサングラス、もう一人はPENGINと描かれた帽子を深くかぶっている男。
ペンギンとシャチだ。
「本当だって!」
「別にお前を疑ってるわけじゃ…」
「何してんだお前ら、こんな所で」
平行線な言い合いが続く中、その討論を遮ったのはローだった。
「あ、キャプテンにベポ!ちょうどいいところに…」
偶然通りかかったローとベポに気づいたペンギン。ちょうどいいところに、という事は二人に用事があったのだろうか。
しかし、ペンギンは別として、先ほどまで長い廊下に響き渡るくらいの声でペンギンに詰め寄っていた(ように見えた)シャチは、ローを見ると途端に静かになり目をそらす。
「なんだ、おれに用か?」
「あ、いやその…。
さ、昨晩の件でこいつが…」
そう言ってペンギンがシャチを指差すと、シャチは意を決した用に「キャプテン!!」と今度はローに詰め寄った。
いきなりシャチの顔が目の前に現れて少し驚くローだが、気にせずシャチは続ける。
「おれ見たんですよ!!あいつが笑ってるところ!」
「……話が抽象的過ぎて意味がわからねェ。何が言いたい」
主語のない言葉をいきなり言われて前後の内容が把握出来ない。
ローはペンギンに具体的に話すよう視線で合図を送ると、ペンギンは言いにくそうに頭を掻きながら説明した。
「昨晩、アマンダが脱走したとかで騒ぎになっただろ?キャプテンがあの娘に刀を突きつけた時、キャプテンの後ろでアマンダに逃げられたと言ってた男が何か含むように笑ってたのをこいつが見たって言ってるんだ」
「え!?」
ペンギンの言葉に驚いたのはベポだった。対照的に落ち着いているのはローの方だ。
「間違いねェって!!
キャプテン!やっぱアマンダは逃亡なんかしてねェよ!きっとあいつの嘘だ!!」
「………………………」
長い廊下に沈黙の空気が漂う。
シャチの訴えにローがどう答えるのか、三人はこの重苦しい空気にごくりと喉を鳴らしながら船長の言葉を待つ。
「…………かもしれねェな」
「「えっ!?」」
すると、ようやくローが口を開いたかと思うと、その声はとても小さくまるで独り言のようにボソリと呟く彼に三人は同時に瞬きをする。
ローは今「かもしれない」と言った。
ということは、ローも少なからず男の証言を疑っていると解釈してもいいのだろうか。
ローは頭がキレる。実力もさることながら観察力、洞察力も優れ、人よりも一つ二つ先の事を見据えて行動できる男だ。
シャチは思った。そんなローが自分でも違和感を感じられずにはいられない男の証言を、彼が信じるはずもない。
自分が男の笑みを見て不信感が募る以前から、きっとローは男を疑っていたに違いない。
ローはあの時、アマンダが言いつけを守らず脱走し、更に命乞いまでした彼女に対して、あっさりと刀を引いた。
もしかしたら、ローもアマンダが脱走などしていないと思ったからこそ、身を引いたのだろうか。
どんどん思考が良い方向へ向かっているのを感じる。が、ローは暫くの沈黙の後三人にはっきりと、聞こえる声で言葉を放った。
「だが、女の方が認めてんだ。どうしようもねェよ」
嬉々とした心が一気に冷めるのを感じた。
考えるのも面倒臭いと言った表情。元よりローはアマンダに興味がない為、多少疑問に感じたとしてもベポ達のように真剣にはなれなかった。
ベポ達とアマンダの距離と、ローとアマンダの距離は全く違う。
アマンダもベポには多少心を開いているようだが、ローに対してはまだ警戒してしまっているためか、彼らとローのアマンダに対する信頼感には大きな差がある。
わかっていても、シャチは納得がいかないと言ったようにローにつめ寄ろうとするもペンギンに止められる。
しかし、止める立場のペンギンも、正直納得がいっていないのはローの目から見てもわかる。
何に毒されてそこまでアマンダを信用しているのかはわからないが、自分の部下の訴えを蔑ろにするようでは一船の船長は務まらない。
「……一応女の周囲には警戒しとけ」
ローがそう命じると、三人は先程の納得がいかないといった表情とは打って変わってパァと明るくなり三人同時に独特のポーズをとりながら「アイアイキャプテン!」と返事をした。