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An Escape And The Truth⑤
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「…キラーの話だと、女の部屋に行ってたらしいな」
「は、はい…」
男は医務室で軽く治療し終えた後、キラーに連れて来られキッドの部屋にいた。
自分の後ろにはキラーも控えている。
キッドは自分に背を向けている。彼が何の目的で自分を呼び出したのか全くわからない。
「その怪我はそん時のか?」
「そ、そうです!おれ、朝にあいつに呼び出されて…なんか昨日の事を謝りたいからって…。
そんで女の部屋に行ったら鍵が壊れちまって出れなくなって…。そしたら急に船が傾いたからその反動で女が顔を壁にぶつけて怪我したってのにハートの海賊団の奴ら、おれが女を襲ったなんて抜かしていきなり突き飛ばして来たんスよ!!」
「……そうか」
特に何のお咎めもなくただそれだけ言うキッドに、男は口元の笑みが消えない。
キラーも後ろにいるし、キッドも自分に背を向けているため、自分がどんな表情をしているかなんてわからないだろう。
自分の口の上手さに一人感心していると、キッドが急に此方を振り返る。
その凶暴な風貌にゾクリと背中に悪寒が走るが、それよりも先に、腹部に違和感を感じた。
「…………………は?」
あまりの展開に一瞬反応が遅れる。
目の前には悪魔のような笑みを浮かべるキッド。
そして自身の腹部には、剣が貫通していた。
男は目を見開きその場で口から血を吐いた。
同時に腹部からじわりと血が広がっていく。
「ぎ……………
っギャアアアアア!!!」
ようやく脳が痛みを感知し、その激痛にその場に跪く男。
一瞬何が起こったのかわからなかった。いや、わかったとしても理解できない。
今、自分はキッドに刺されたのだ。彼がいつも懐に差している刀に。
「ギャアギャアうるせェ」
気づくとキッドは自分の目の前まで来て冷たい瞳で見下ろしていた。
「か、かし…ら……」
「キラー、おれは誰だ」
突然キラーに質問を投げかけるも、男の後ろにいたキラーは突然の質問にも当然のように答えた。
「お前はユースタス・キャプテン・キッド。未来の海賊王になる男だ」
「そうだ。
そしておれ達はこれから新世界を渡り、四皇を倒し、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を手に入れる!!
おれの船にてめェみてェな腑抜けは必要ねェ」
腰が抜けるほどの威圧感。
高圧的なプレッシャーに、男は冷や汗が止まらなくなる。
腹部を刺された痛みに重なり、心臓が嫌という程高鳴る。
「ふ、ふぬ…け…?」
「てめェの事だ。女は満足できたか?」
「!!?」
驚愕した顔でキッドを見る男。
何故それを…
今こそ、何か上手い嘘をつくってその場を乗り切れるチャンスなのに、目の前にいる凶暴な獣を前に恐怖で何も考えられない。
男の表情を見て、キッドは満足そうに笑みを濃くした。
「どうした?昨日みてェに咄嗟の狂言でおれ達を騙してみろよ。肝心な時に頭が回らねェのかてめェは」
「っひぃぃい!!」
キッドが懐から今度は銃を取り出した。
そして銃口を男の額に向ける。
その恐怖に男はプライドも弾け飛び、ボロボロと泣き始めた。
「な、なんで…おかしら…」
「言っただろうが、おれの船に腑抜けはいらねェ」
男はキッドが何を言っているのかわからなかった。
自分の行為がバレてしまった事はしょうがない。
しかし、嘘をついたとはいえ、本来海賊は人質に対して奴隷のように扱うものだ。
キッドは彼女を家畜呼ばわりしていた。
ならその家畜に自分が何しようが許されるはずだ。
キッドが今になって彼女に好意をもつようになったとは考えにくい。
「てめェが女をどう扱おうが好きにすりゃいい。
だが、てめェよりはるかに劣る女に隙を突かれ逃げられた挙句おれや他のクルーを叩き起こし女を捕らえ、白々しい嘘でおれ達を騙しやがった。
懲りずにまた女を手に掛けた結果がこのザマだ」
引き金に人差し指を絡め、ようやく男はキッドが本気で自分を殺そうとしていることを自覚する。
「今もそうだ、海賊のくせに銃ごときに腰抜かしやがって。
おれ達の航路にてめェはもういらねェ。精々半端な覚悟でこの船に乗った事を後悔するんだな」
自分の目の前にいるのは、本当にあの船長なのか。
男のキッドを見る目は、最早憧れている船長ではなく、市民が怯える三億超えの賞金首だった。
自分はこの男の凶悪さに惹かれ、その強さに魅了され、偉大な野望とそれを実現させるような絶対的なカリスマ性に侵され、下っ端でもいいからこの船に乗せてもらった。
だが、今は自分の道標だったキッドの存在が、市民の命を脅かす脅威の海賊にしか見えない。
この船で一生を終える覚悟は持っていたが、まさかこんな形で終わることになるとは。
男は最後の望みをかけて、自分の後ろにいるキラーを見る。
キラーは特に何をするわけでもなく此方をジッと見ているが、仮面をつけているため何を思っているのかわからない。
男はそんなキラーにさえ得体の知れない不気味さを感じる。
ただ確かな事は、キラーはキッドを止める気はないという事だ。
前にも後ろにも引けないまま、男は恐怖のあまり掠れた声でキッドに命乞いをするが、無情にもその引き金が引かれ、男の額に貫通する。
その尊い命が散る際、男が最後に見たのは、いずれこの海を支配するであろう悪魔のような笑みを浮かべたキッドだった。
「………………………」
ドサリとその場に倒れる男の死体を見つめるキラーは相変わらず何を考えているのかわからない。
キッドは冷たい表情でその死体を見ると、興味なさげに銃を懐にしまう。
すると彼の部屋を軽くノックした後、キッドを呼ぶ声が聞こえる。
「お頭、食料を調達する為の金が足りねェんで、ちょっと追加してくれませんか?」
「……入れ」
「失礼しま……っ!!
なっ、なんだ!?キッドの頭!こいつァは一体……」
扉を開けた瞬間、キラーがいた事に気付いて彼にも挨拶をしようと思ったが、立ち込める鉄の匂いに顔をしかめた瞬間、何気なく床を見るとクルーが血まみれでそこに伏していた為、理解できない出来事に混乱する、恐らく彼はキッド海賊団のコックだ。
「…ちょうどいい、その辺にいる暇な奴らを呼んで来い。このゴミを片付けろ」
「キッド、どこへ行く気だ?」
死体を放ってドアノブに手をかけるキッドに対し、コックにお金を渡したキラーが問いかける。
「……キラー、てめェも来い。船大工を呼んで部屋を修理させる」
トラファルガーの野郎から修理代もぶんどらねェとな、と言いながら部屋を出るキッド。
キラーはそんなキッドにため息をつくと、コックによろしく頼むと伝えた後彼の後を追った。
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「アマンダー!!これやるよ!!」
街の中心部まで遊びに来たアマンダとベポは噴水のあるのどかな広場でゆっくり寛いでいた。
するとベポは待ってろよ!と言って突然立ち上がりアマンダを残して何処かへ消える。
そして数分もしないうちに、両手にアイスクリームを持ちながら此方に駆け寄るベポ。
どっちがいい?と聞かれたので、右手に持つアイスを選んだ。
二段のアイスで下段がシンプルな苺味、上段がミントとバニラが混ざった二食の味を楽しめるアイスだ。
近くのベンチに座ってペロリと舐めると、冷たい、でもミントの甘い味が口に広がり、とても美味しかった。
「……美味しい」
「だろ!?さっき見たとき美味しそうだと思ったんだおれ!」
海賊がアイスを食べて喜ぶなんて想像した事なかったが、久しぶりにこんなのんびりしたので気持ちが安らぐ。
数分前はあの船で強姦されそうになったなんて考えられない。
二本足で歩く白熊と、顔や腕に包帯やガーゼをしている女性の組み合わせに通る人々がチラチラと此方を見ているが、特に干渉しようとする者はいなかった。
「いい街だよなァ、帰ったらペンギンとシャチにも伝えてやろう!後ジャンバールにも!!」
彼はジャンバールにはちょっとキツイ言い方をするが見下しているというより先輩ヅラをしていると言った感じで、でもそれを気にもかけず受け流しているジャンバールをアマンダは何度か見た事があった。
その関係は不快なものではなく、どこか微笑ましいものも感じて、あの二億の賞金首を筆頭にもつ海賊団の船員とは思えないほどの明るさだ。
だがそんな個性の強い船員を纏め上げているのは紛れもなくローであり、キッドとはまた違った独特のカリスマ性を感じる。
「もうそろそろかァ」
広場にある時計を見ると、アマンダとベポが船を出てから後5分で30分が経過する。
シャチ達がローにアマンダを外に出したと伝える時間だ。
ローが許可したのならその後も遊べるが、ローが反対したらそこまでである。
ベポの言葉に表情が暗くなるアマンダだが、それに気付いたベポが慌てて弁解する。
「で、でもきっとキャプテンならわかってくれるよ!キャプテンはおれ達のキャプテンだから!」
慌てているせいかベポの弁解は何が言いたいのかわからないが、きっと自分の信じるキャプテンだから話をわかってくれるだろうと言いたいのだろう。
「……ふふ、そうだね」
「あ、笑った!!」
「え?」
必死にフォローするベポが可笑しくて思わず笑ってしまうと、ベポが驚いた顔で此方を見て来た。
思えば、あの船に乗ってから笑う場所などどこにも無かった。
こうして自然に笑えた事がアマンダにとっても驚きの出来事だった。
「やっぱアマンダは笑っていた方がいいな!皆も言ってたよ!女の子は笑ってる時が一番可愛いって!!」
純粋な笑顔を見せるベポに心が安らぐ。
ベポの言う皆とはハートの海賊団という解釈でいいのだろうか。
ならその船長であるローもそんなことを言っていたのか。
あの残酷で有名な死の外科医が女の子に対して「可愛い」と褒めるのは想像出来ない。
でも、想像の中は自由なので、ローがそんな事を言っている姿を思い浮かべ、それがちょっと可笑しくて失礼だが笑ってしまう。
まぁ勿論ベポの言う皆の中にローは入っていないだろうけど。
釣られて笑うベポに本当に癒されていた。
だが、同時に帰る時間も迫って来ていて、アマンダはこれから実行する事に若干揺らぎながらも船の中で固めた決意を胸にしまう。
「じゃあこれ捨ててくるねー!」
アイスのコーンを入れていた包み紙をアマンダの分も待ってゴミ捨てまで歩いていくベポ。
途中鳩と戯れる姿にクスっと笑う。
同時に、込み上げて来た感情が溢れ出し、涙が零れおちる。
今こそ実行しなくてはならない。
この機会を逃すわけにはいかない。
アマンダは先程ベポがアイスを買って行った際にその辺を歩いていた人から紙とペンを借り、彼らにメッセージを書いた。
その紙をベンチに挟み、ベポがゴミ捨てに行っている間、そっとその場を立ち去った。
広場を抜け、林の中を走るうちに涙はボロボロと流れていく。
最後の最後に会う海賊がベポだなんて、なんて残酷なんだろう。
これが自分を襲って来た男なら、遠慮なくメッセージも書かずに立ち去るのに。
でももう逃すわけにはいかないのだ。
例えベポ達に優しくされても、それでもこの船にいるのは耐えられない。
最後に自分を助けてくれたベポ達にお礼を言えなかった事が、唯一の悔やみだった。
(お待たせー!…あれ?アマンダ?)
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