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Princess of Capture②
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「はぁ……」
緑豊かな自然の場所で、アマンダはため息をついた。
隙をついて逃げ出したものの、自分がこの島にいることは確かなので必ず船員達が捕まえに来るはずだ。
恐らく見つかるまでずっと……
そうなるといずれは町外れのこの森林にも足を運んで来るかもしれない。
いつまでも島に滞在しているのも危険なので早々に去る場合も考えられるが、アマンダが海軍を退ける人質な為そっちを重要視して探し出そうとするか。
アマンダにとっては前者の方がありがたいが…。
誘拐される前日、店長が言っていた。
シャボンディ諸島で彼らはこの世界の神とも呼ばれる天竜人を人質にヒューマンショップに立て込み、麦わらのルフィを含めた三人で海軍の猛攻を突破したらしい。
そうなると、サラバンナ島に大将である青キジが二人を捕まえにやってきたのは納得ができた。
天竜人を怒らせた(主犯は麦わら海賊団らしいが)前代未聞の二人を捕らえる為なら、大将という大物が重たい腰を上げるのもわかる。
恐らくローとキッドが警戒しているのは、店長から彼らの目的を聞いた海軍大将が捕らえに来る事だ。
青キジから逃げるように退けたのも自分達では大将にまだ太刀打ち出来ないとわかっているからだ。
あの好戦的なキッドでさえ逃げることを重視していた。
そのためにアマンダが必要なのだ。
ただ海軍が来るだけなら彼らほどの力を持った海賊なら人質など取らなくても簡単に退けられるだろう。
しかし、大将が来るとなっては別だ。
目的を達成する事は愚か、最悪壊滅してしまう恐れがある。
それを避けるために、アマンダという人質がいるのなら、恐らく彼らは多少無茶を侵してでもアマンダを再度捕らえに来るだろう。
ローの能力ならアマンダを簡単に捕らえる事が出来る。
これなら、多少危険を犯してでも街へ出て、近くの人に電伝虫を借りて海軍に連絡しようか。
とにかく再度捕まったらもう終わりだ。
二度と日の当たる場所に顔を出す事はなくなるだろう。
アマンダは自分達を騙して逃げた逃亡者だ。
更にアマンダの無実を信じてくれたベポ達を裏切って逃げたのだ。
もう彼らは自分を許さないだろう、たとえどんな理由があろうとも。
「ベポさん…大丈夫かな」
親切心からアマンダを外に連れ出したベポの隙をついて逃げ出したのだ。責任を感じて皆から責められているかもしれない。
他の船員から責められ泣いているベポを想像するとズキリと心が傷む。
もしかしたらあの時の船員のようにご飯を食べさせてもらえないかもしれない。
そう思うと罪悪感が募るが今更戻れない。
元々自分は彼らとは生きる世界が違うのだ。
アマンダにはあの船に乗る資格など最初からない。
それにどこまでいっても彼らは海賊。残虐な行為で市民を脅かす海賊。
彼らと自分は常に一線を引いている。
ベポ達がいくら自分に優しくしてくれたからといって海賊相手に裏切るとか罪悪感とか感じる必要はない。
早く海軍に引き取って貰って島に帰って、全部忘れよう。
何もかも全部…。
気づけばもう夕方だった。
そろそろ行動しないと森の中を探索する人が現れるかもしれない。
アマンダは早足で森を抜け、町に出る。
手短な人に頼もうと思ったが、そういえば電伝虫には公衆電伝虫と呼ばれる電話があったと思い出した。
あまり使用しないため忘れていたが、それを探せば誰にも接触する事なく海軍に連絡できるかもしれない。
街の人に公衆電伝虫の居場所を聞き、辺りに注意しながらなるべく顔を俯かせたままその場所へ向かう。
ハートの海賊団なら皆つなぎを着ているのですぐわかるがキッド海賊団は印象に残っている人以外はわからない。
とにかく見つかる前に早く連絡しなくては!
もう日が暮れそうだからか人通りも少なくなっていき人混みに紛れて向かう事が出来なくなってしまっているため、早く公衆電伝虫があるところへ向かいたいが、多少時間がかかっても構わないので裏通りを通って行くことにした。
「確かここら辺に…」
住民から聞いた話だと、住宅街の中心にボックスがあらと聞いたため辺りを見回し探してみる。
すると、横断歩道の近くに長方形のボックスが見つかった。中には公衆電伝虫の姿もある。
「あった!」
信号が青になったのと同時にボックスまで駆け出し、扉に手をつけようとした瞬間、アマンダの後ろを通ったカップルの言葉が耳に入った。
「ねェ聞いた?今この街に海軍が来てるらしいわよ。何でも海賊を捕まえにって」
「海賊がこの街に!?なら今日は家まで送るよ」
海軍が来ている?
海賊を捕まえに?
「あ、あの……」
アマンダは公衆電伝虫のあるボックスの扉を開ける前に、そのカップルに尋ねる。
「その海軍の船、どこで見つかりましたか?」
「?確か、南側の海岸で見たって聞いたけど…」
本当かどうかわからないという女性にお礼を言って彼女が示した海岸まで走る。
奇跡だ。海軍がこの島に来ているだなんて。
彼らの船を追って来たのかな?
私のこと、忘れてなかったのかな?
どっちでもいい、海軍が来てくれた。
逸る気持ちで海岸まで向かっていたからか、前方不注意で誰かにぶつかってしまう。
前を見ていたのに意識が追いつけていなかったからか何とも情けない姿である。
「ご、ごめんなさ……」
「チッ、どこ見てやがる女」
人相の悪い男がアマンダを睨む。相手が悪かった。
自分に完全に非があるため、深くお辞儀をして何度も謝る。
「ほ、本当にすみません!私の不注意で…
…では、私はこれで…」
悪いと思ってはいるが、それよりも早く海軍の船が停泊している海岸に向かわなくては。
アマンダはもう一度深くお辞儀をした後、ぶつかった男の横を通り過ぎようとすると、ガシッと力強く腕を掴まれた。
「あーいててて!!あまりにも嬢ちゃんが勢いよくぶつかってきたもんだからアバラが何本か折れちまったなァ??」
そしてその場に跪き、大袈裟に脇腹を抑え痛がる男。
これは、まずい奴にぶつかってしまったのでは?
「あ、あの……」
「どーしてくれんだ?あァ??こいつァ慰謝料貰わねェとな!」
ニヤニヤと笑いながらそういう男は、先程まで痛がっていたのが嘘のように勢いよく立ち上がる。
周りにいた男達もニヤニヤと口元に笑みを浮かべながらこちらを見てくる。
タチの悪いチンピラだ。海軍は海賊だけでなくこういう奴らも追い払ってくれるだろうか。
「慰謝料2000万ベリー、今すぐ用意しろ」
「にっ…!あの、そんなお金私には…」
「なら身体で支払って貰わねェとなァ?」
男のアマンダの腕を持つ手の力が強くなる。
嫌な予感がした。
もうすぐそこに海軍の船が見えるのに。
何故こんなところで!
「見栄えも悪くねェ、売ればそれなりの額になるな」
男の口からとんでもない言葉が出てくる。
売る?人が人を売る?
人身売買は今はもうタブーだ。
闇の世界のどこかでそのようなオークションが行われていると聞いたことがあるが、そんな世界一生無縁のものだと思っていたため、身体に戦慄が走る。
「は、はなして…」
「暴れんじゃねェよ、ぶつかってきたのはてめェの方じゃねェか」
人とぶつかった代償が人身売買なんて聞いたことがない。
自分より力も体格も遥かに上のこの男が自分とぶつかってアバラが折れるのもありえない。
ついでに言えば男は脇腹を抑えているが、自分が男とぶつかった場所はそこじゃない。
必死に掴まれている腕を振って引き離そうとするが男の方が腕力が遥かに上なので全く無意味な抵抗である。
下卑た笑いを見せる男達の群れに引きずり込まれながら、アマンダは自分の運命を呪った。
やっとあの海賊から逃れられたと思ったのに。
すぐそこに海軍の船もあるのに。
どうして自分はこんなヘマをやらかしてしまうのだろう。
どうして上手くいかないのだろう。
掴まれた腕がギリギリと軋み始め、痛みのあまり涙目になりながら逃してくれるよう懇願する。
すると、男達の腰や懐にぶら下がる金属類の武器がカタカタと動く。
その現象に疑問に感じる間も無く、武器は男達の身体をすり抜け、宙に舞った。
「な、なんだこりゃあ!?」
このポスターガイストのような現象は見たことがあった。
武器はやがて吸い寄せられるかのようにある一定の場所へ集結する。
吸い寄せられる武器を眺めながらその先を辿ると、太く鍛え上げられた男の腕に絡め取られた大量の金属類が目に入った。
「な、なんだあいつは!?なんの手品だ!?」
違う。手品じゃない。
これは能力だ。
何度か見たことのある彼の能力。
「雑魚の分際でおれ達の獲物に手ェ出してんじゃねェよ」
脳が麻痺するかのような低い声。
悪魔に身体中を弄られるようなおぞましい感覚が全身を走る。
「雑魚だと!?てめェおれ達が何者か知らねェでそんな口聞いてんのか!!?」
「てめェらが何だろうが、おれにとってはカス同然だ」
「んだと!?」
武器を取られても強気な態度でいられるのは、自分が強いと自信を持っている証拠なのか、あるいは…
「?あいつどっかで見た顔…だ…な…」
キッドの顔に見覚えがあると眉間にしわを寄せ考える男の取り巻きの一人だが、やがて顔を青ざめると、未だ強気な態度でキッド達を睨む男の肩に震えた手を置く。
「せ、船長……あの顔…も、もしかして、今話題の億越えルーキー……ユースタス・キャプテン・キッドじゃ……?」
「………え?」
男の顔から余裕が消える。
するともう一人がキッドの隣にいる帽子をかぶった男にも目を向ける。
「あ、あいつも見たことあるぞ……二億の賞金首…トラファルガー・ローだ。死の外科医なんて呼ばれてる……」
「におっ……!」
途端にガタガタと震えだす男達。
さっき取り巻きの一人が男の事を船長と言った。
ということは彼らは海賊なのだろうか。
もしかしたら、海軍が追ってきた海賊というのは、彼らのことだったのかも知れない。
急にアマンダの腕を掴む男の手の力が弱まった為、解放されるアマンダ。
すると今度は男達の周囲に薄いサークルが張られる。
そのサークルを張った張本人のローは薬指と小指を抜いた三本の指を立てると
「〝シャンブルズ〟」
と唱えた。
すると先程アマンダが居た場所には石ころがコロコロと転がっており、アマンダは気づくと、ロー達の目前に瞬間移動していた。
突然の事で驚くアマンダの首に腕を回し拘束するロー。
「さてと、〝宝〟は奪い返した。後は煮るなり焼くなり好きにしろ、ユースタス屋」
「おれに命令すんじゃねェよ」
皮肉を言いながらも口元は笑っているキッド。
いくつもの金属が連なりあった巨大な腕を高く持ち上げる。
男達の頭上には、その腕が覆いかぶさるように影をつくり、命乞いをする間も無く振り下ろされる。
大きな物音を立てながら男達の下敷きにした金属類の腕は、もうキッドの腕から離れていた。
その様子をローに拘束され、首を横にして見ないようにすることすらできず、ついさっきまで自分に絡んでいた男達が頭から血を流して生き絶える姿を瞳に写した。
「!なんだ今の音は!?」
騒ぎに駆けつけてきた海軍が見たのは、様々な金属類の下敷きになっている、自分達が探していた海賊達の無残な姿。
仲間割れ、にしては皆生き絶えており死に方も色々不自然だ。不慮の事故にも見えない。
辺りを見回す海軍達だが、当然自分達と彼らの死体以外は何も見つからない。そんな奇妙な出来事に首を傾げる。
どうにも言葉にし難い光景に、上司にどう説明すればいいのか頭を悩ませる彼らだった。
*注意!→