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Once More, Welcome To The Pirate's World②
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ペンギンから謝るなら早い方が良いとは言われたが、元々自分の行動はかなり制限されており、会いたいと思っている人に会える確率なんてかなり低い。
お風呂に入るときに見張りの男に頼んで会わせてもらうのもいいが、運良く今日の見張りがハートの海賊団なら頼むのは簡単だがキッド海賊団の船員なら難しい。
どうしたものかと考えていると、トントンと扉をノックする音が聞こえた。
ノックをする者は安心できる人物ばかりだが、以前そう思って油断していて襲われたのでその恐怖から安心出来なくなっていた。
意味のない行動だがなるべく扉から離れて返事をすると、アマンダが会いたいと思っていた人の一人がそこに立っていた。
「ジャンバール……さん…」
「夕食の時間だ。今日からお前も食堂で食べろとの命令だ」
「…………え?」
今まで誰かが必ず食事を持ってきてくれていたので突然の言葉に驚くアマンダ。
だがそれよりもアマンダが一番驚いたのは、見張りがつくとはいえ部屋から簡単に出してもらえた事だ。
言いつけを守らず今度こそ本当に逃げ出してしまったので、より拘束された生活が待っていると思っていた。
むしろ前より自由に行動出来るようになっている?
一度逃げ出した者に対してこの警戒のなさは何なのだろう。自分達なら何処へでも簡単に捕まえられるという自信の現れなのだろうか。
考えてもラチが明かないので取り敢えず立ち上がってジャンバールの元へ行こうとする。
すると、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
この声は…
「ジャンバール!こんな所にいた!!探したぞ!」
愛くるしい目をしたハートの海賊団の航海士。
今日一番会いたかった船員だ。
ベポがジャンバールの元へ駆け寄ってくるより先に駆け足で扉の方まで向かい長い廊下を歩いてくるベポの前に顔を出す。
「?アマンダ?」
ジャンバールの立っている扉の中からひょっこり顔を出したアマンダを見て目をパチクリした後、ハッとした表情になり警戒態勢に入る。
「も、もうお前なんかに騙されないぞ!甘く見てたけど今度からは……」
強い口調でアマンダに突っかかっているが、その声もだんだん小さくなっていく。
複雑な気持ちなのだろうか、ベポ自身強気な態度を取ってはいるが、本心はアマンダに対してどう接したらいいのかわからないのだろう。
先の言葉が浮かんでこないのか俯き始めたベポにアマンダはそっと駆け寄る。
覗き混んで表情を伺うと、ベポは震えながら泣いていた。
「アマンダは、おれ゛達の事が嫌いなの?」
「……………え?」
ベポの意外な表情と言葉に驚くアマンダだが、ペンギンがベポは自分がいなくなった事で折角仲良くなれたのにと悲しんでいたと聞いた。
裏切られた怒りより悲しみの方が優っているのだろう。
そう思うとやはり胸の痛みが消えない。ペンギンがベポには謝っとけと言っていた意味がわかる。
逃げた自分に何が言えるのかわからないが、アマンダは少しでもベポの傷を癒そうと言葉を選ぶ。
「……嫌いなんかじゃないです。ベポさんは、この船に捕まった私に一番最初に仲良く接してくれたから」
「じゃあなんでっ……」
「でも、それでも私は故郷に帰りたかった。私の身を心配してくれている人に会いたかった。
そして、海賊が怖かった‥」
ベポを好きだろうとペンギン達なら安心出来ようと海賊に捕まって命を握られている。
そんな状況が怖いのだ。
勿論ベポ達はローが何の意味もなくアマンダの命を弄ぶような人ではない事を知っているが、ローは〝死の外科医〟の二つ名がある残虐で有名な海賊だ。その噂は新聞にも報道されており、アマンダもその噂を何度か耳にしていた。そんな彼の乗る船に捕まっている状況が恐怖で仕方がない。
アマンダの言葉にグスグスと鼻を啜りながら聞いているのか聞いていないのかわからないベポに、でもと続けて言う。
その言葉に反応したベポ、どうやら話は聞いていたらしい。
「もう逃げません、ここにいます。
ベポさんが信じている船長さんを、どう言う人か自分の目で確かめようと思います」
彼らに捕まった時、どうやったって逃げられないことを知ったアマンダは、この船の中で出来ることをやろうと決めた。
ローやキッドの行く道を見てみようと思ったのだ。
「本当?キャプテンを信じてくれる?」
「……ベポさんを信じます」
仲直りしたと受け取ってくれたのだろうか、ベポはまた瞳に涙を溜めながらアマンダに飛びつこうとするが、アマンダの身体ではベポを受け止め切れそうにないため、ジャンバールが間一髪で止めた。
「ベポさん、悲しい思いをさせてごめんなさい。
ジャンバールさんも、あの時助けていただいてありがとうございました。」
「……本当に戻ってきて良かったのか?」
「はい、もう大丈夫です」
ジャンバールから見れば、アマンダが逃げ切れずに未来を諦めたようにも見えた。
それはかつて自分が天竜人の奴隷として扱われてきた頃と似ていたため気になってしまうが、それ以上はもう何も言わなかった。
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「……………………」
ざわつく食堂に集まる視線。
ベポはもうアマンダ達が食堂に来る前に食べ終えてしまっていたため部屋の前ですぐに別れた。
というより、アマンダがお風呂や治療を施して貰っている間に、船員達の大半は既に夕食を終えてしまっていたらしい。
ジャンバールも例外ではなく、ただ見張りのために迎えに来たとのことだ。
今食堂にいる船員達も、夕食を食べ終えてお風呂の順番まで軽いデザートを食べながら待っていたり、憩いの場としてトランプで遊んでいる者達ばかりだった。
アマンダは片手が使えないためジャンバールが代わりに食事を運んでくれるとの事で、今夕食を取りに行ってくれている。
それを待っている間の船員達の視線がとても痛い。
チラリと見てみると船員の一人と目があったがすぐに晒されてしまう。
酷く居心地が悪いが、その視線からは軽蔑ではなく珍しいものを見るかのような視線だ。
人質が堂々と食堂に入って来るのが気に入らないのだろうか、理由はわからないがとにかくあらゆる所から視線が来る。
何故か居たたまれなくなっていると、ジャンバールがアマンダの食事を持ってやって来てくれた。
美味しそうな匂いから恐らくもう夕食の時間は済んでしまっていたのだがアマンダのために余った食材で作り直してくれたのだろう。
食事は片手しか使えないことを配慮してあるのか、三食のおにぎりと、具が細かく切り刻まれた味噌汁、そして夜だからか脂っこいものは控えられており、既に三等分されている鮭のムニエルだった。野菜も小さなカップの中に入っていてフォークで突き刺しやすいように工夫されていた。
利き腕が損傷しているわけではないため食事に関しては不自由はしていないが、それでもこの気遣いはありがたい。
「………食わないのか?」
おにぎりを持ったまま固まっているアマンダに問いかけるジャンバール。
一応毎日食事は与えていたため今更毒が入っているかもなんて猜疑心はないはずだ。
「………視線が、気になって…」
アマンダに言われて辺りをみると確かに食堂にいる船員達の視線は自分達に集中していた。
ジャンバールが威嚇をするように人睨みすると慌てた様子で目をそらす。
しかしそれも一瞬で、また時間が経つと二人に視線をやる船員達。
そんな彼らにハァとため息をついたジャンバールは気まずそうに味噌汁を飲むアマンダに何故彼らがここまでアマンダが気になるのか話す。
「済まん、落ち着かないだろうが慣れてくれ。
恐らく単に気になっているだけだ。おれ達のせいでな」
「……………え?」
ジャンバールの口から疑問に思う言葉が出て来る。
自分に視線が集まる原因がジャンバール達にあるなんて、どう考えても思いつかない。
「お前が船を去った後、お前の逃亡を批難する連中にシャチが声を荒げたんだ。そのせいか否か、皆お前を見る目が変わっている」
「シャチさんが………」
アマンダが船を逃亡したあの日、アマンダが襲われた事実を知らない船員達が次々とアマンダに対して愚痴をこぼしていた。
それが耳に耐えたのか、シャチが船にいる船員達に「いい加減にしろ!!」と怒鳴りつけたのだという。
シャチの突然の怒鳴り声に静まり返った後、ジャンバールがアマンダが逃亡した訳を話した。最初は皆信じなかったが、キラーからアマンダを襲った男がキッド によって殺された事やその理由も聞かされ、黙らざるを得なくなる。
コックがその死体を片付けたので皆もう信じるしかなかった。
ジャンバールからことの一部始終を聞いたアマンダは驚きのあまり口を開けたまま動けない。
何もかも衝撃的な事ばかりだ。シャチがそこまでアマンダの悪口を言われたことに対して怒りを露わにしたのも驚いたし、何より一番驚いたのは自分を襲った男をキッドが殺したという事実。
彼がアマンダの為に男に制裁を加えたなど考えられない。自分よりも仲間の命を奪った行動がアマンダには理解しがたい事実だった。
いや、それより……
(あの人は、私の事を疑ってたんじゃなかったの?)
あの晩、彼はアマンダよりも完全に仲間の証言を信じていた。
キラーは多少疑っていたが、それでもキッドがアマンダを信じるとはとても考えられない。
いや、信じていたとしても、アマンダの為に男を殺したなど一番耳を疑う話だ。
そもそも、彼はアマンダの事を存在が家畜以下だと言っていた。
そんな彼女のために仲間を殺したりするのだろうか。
おにぎりを黙々と食べながら頭の中にモヤモヤとした気持ちが疼く。
するとフッと視界に影が入り、俯いていた頭をあげると、ジャンバールが自分の頭上にいる人に視線を向けていた。
恐らくアマンダの後ろに誰かいるのだ。
恐る恐る後ろを見上げてみると、なんとそこにいたのはお風呂を終え、タオルを肩に巻いているローだった。
意外な人物に驚いておにぎりを食べる手が止まる。
今日は驚くことがありすぎてなかなか食事が進まない。
「……………………」
「あ、あの…………」
ただ何をするわけでもなくじっと無言で睨んでくるロー。
何だろう。何かいけないことでもしたのだろうか。
ローに絶対安静と言われていた腕はギプスや包帯で固定されているため一切使っていない。
もしかしてこの席はローの定位置だったのだろうか。
でもそうしたら彼の部下であるジャンバールが席を替えるか何かしてくれる筈だが、彼がこの時間に食堂に来ることは滅多にないのだろうか。
もしかして、こんな時間に夕食を食べるな…とか?
しかしこの時間帯にジャンバールが迎えに来てくれて、恐らくその指示を出したのはローの筈だ。
メニューも傷が悪化するものはないと思う。
沈黙が怖くて頭の中でぐるぐるとローがこちらを睨んでいる原因を考えていると、彼がボソリと呟いた。
「…………なんだ?」
「………………え?」
なんだ?とはなんだ。
そもそもローの方が用があったのではないのだろうか。
ローが何が言いたくてそんな事を口走ったのかわからない。
しかし次に出される言葉で、ようやく意味がわかった。
「お前が食ってるそれ、具はなんだ?」
「あ…………」
よく見てローの視線を追っていると、その視線はアマンダではなく、彼女の持っているおにぎりに向けられていた。
「え……と、今食べてるのは…こ、昆布で……元々ツナとおかかが入ったおにぎりもありました……」
ローの言っているそれがおにぎりだろうと思って答えると、ローは「そうか」とだけ答え、コックに同じ具が入ったおにぎりを頼んだ。
そして、なんとアマンダの隣に座って来たので酷く驚く。
何故いろんな席がある中で敢えて私の隣なのだ。
相変わらず掴み所のない性格で、何を考えているのかわからない。ローも、キッドも。
暫くするとコックがアマンダと同じ三食のおにぎりをトレーに乗せてローの席まで運んで来た。
今食堂にいるのがハートの海賊団のコックなので、出来上がった料理を船長であるローに持って来るのは当たり前のことらしい。
ローがそんな命令を下すとは思えず、コック自らの忠誠の現れなのだろう。
程度の良い熱さのお茶が供えられており、改めて忠誠の熱さを感じる。
やはりアマンダが女性だったからか配慮されていたおにぎりの大きさもローの方が一回り程大きい。
お風呂上がりにそんな大きさのおにぎりを三食も食べて、やはり男の人なんだなと思う。見た目からしてどう見ても男だが。
「珍しいな、船長がこの時間に夜食など」
長い沈黙を破るかのようにジャンバールが口を開いた。
正直この沈黙はかなり耐えたのでありがたい。
「船に戻る時間がいつもより勝手が違ったからかまともに食ってねェんだよ。誰かさんの治療にも手間取ったしな」
此方をチラリと横目で見ながら答えるローにまたも重い空気が流れる。
ジャンバールもまさかこんな回答が返って来るとは思ってなかったのか、再び流れる沈黙にどう対応したら良いのかわからなくなってしまっている。
怪我の治療もそうだが、船に戻る時間が遅くなったのもアマンダを連れ戻しに行っていたせいだ。
二つの原因がアマンダにあるため、居たたまれない。
「………その後はどうだ?」
ローが何を言っているのかわからず聞き返そうとするも、ローが視線を向けていたのがジャンバールだったため、アマンダに向けて言った言葉ではないとわかった。
「安静にはしている。それだけ強く固定していれば無理に動かすことはしないだろう」
「……どうだかな」
二人の会話で話の内容がアマンダの怪我の事だと理解した。
ローがアマンダの怪我の具合をここまで心配するのも滅多にない事だ。
何かが、自分がこの船を飛び出してから、何かが変わって来ている。
「そこまで見張らずとも。
あの怪我の悪化はアマンダのせいではないはず」
「…あァそうだったな。あの男はユースタス屋が消しちまったらしいしな。
…まァおれの患者に手ェ出したんだ。殺(バラ)されてもしょうがねェよなァ?」
瞬間、食堂の空気が一瞬にして殺気立つ。
それはローが発しているものであり、この場にいる全ての者の背筋を強張らせた。
「………………………」
その殺気に怯える船員を見て、ジャンバールは成る程と納得する。
アマンダが襲われたという事で、少なからず彼女を見る目が獲物を狙う野獣のような視線を送っている者は食堂にも何人かいた。
その男はキッドに殺されたと知っても、返って先入観が高まる者もいただろう。
自分ならもっと上手くやれる、と。
しかし今のローの脅しはそんな者達に向けられており、手痛い制裁が待っていると思うと手が出せない。
アマンダよりもサイズの大きいおにぎりを苦しげもなく簡単に平らげたローは周囲の反応に満足すると席を立ちトレーを返し場まで運んで行った。
船長が食べ終えたことも気づかず慌てる船員に「美味かった」とだけ伝えると食堂を出た。
嵐のように去って行ったローの背中を見るアマンダ。
他の船員も時間が来たのか罰が悪そうにそそくさとアマンダ達の横を通り過ぎる。
折角作り直してくれたにも関わらず冷めてしまったムニエルの最後の一口を食べ終え、それを待ってくれたジャンバールやコックにお礼を言うと、アマンダ達も自室へ戻った。
「…………………………」
新しい部屋は前とは違い誰の気遣いか毛布が二つあった。
一つは床に敷き、もう一つは身体にかける用のふわふわな毛布。
やはり出て行った頃より待遇が良くなっている気がする。
結局処罰は保留のまま
毛布にくるまりながらアマンダは今日起きた出来事が一気に頭の中に蘇る。
本当に衝撃的な出来事が色々あった。
心境の変化も大きくあった。
まだ見ぬ明日に起こる未知の出来事に微かな不安がよぎる。
私はどうなってしまうのだろう
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