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Once More, Welcome To The Pirate's World④
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キッドに部屋に戻され少し時間が経過した時、船が大きく上下した。
何度も感じたこの揺れは、どうやら彼が言っていた通り本当に島に着いたみたいだった。
(本当に島に連れて行ってくれるのかな?)
キッドの話だとキラーが見張りとして来てくれるそうだが、果たしてそれが本当かどうかはわからない。
期待と不安がぐるぐる回り、一旦落ち着こうと言い聞かせていた時、コツコツと静かな足音が聞こえて来た。
踵から地面につき、足の甲、足の指先と丁寧な足取りで長い廊下を歩くこの音を出す主を、アマンダは知っていた。
まだ数度しか聞いたことがないが、静かで落ち着いた足音。
ローのそれと似ているが、足を出すスピードは僅かに彼の方が早い。
やがてその音はアマンダの部屋の前でピタリと止まったかと思うと、三回、手の甲で軽めにノックをして来た。
「はい」
部屋の中からそう返事をすると、扉を静かに開けて来たのは彼女が予想していた通り、またキッドが言っていた通り、この船に乗る船長を除く唯一の億越え賞金首、キラーだった。
「キッドから大方話は聞いているとは思うが、島に上陸したからお前が外に出るか確認しに来た。
………どうする?」
やはりあの話は本当だったのだ。
本当に信じられない話だが、アマンダはお言葉に甘えようと思った。
「外に、出たいです……」
恐る恐る頼んでみるとキラーは一緒について来てくれるようで、彼と共に船の外へ出た。
****************
「うわぁ……」
大きなビルが立ち並ぶ大都市のど真ん中で、その迫力に魅了される。
アマンダが住んでいた島は小さな孤島で、一軒家が並んだ場所ばかりだったので、まるで空に届きそうなくらい大きなビルに思わず顔を大きく上にあげビルの最上階を見ようとするが、隣にいたキラーに腕を引っ張られる。
「見惚れるのもいいが、注意を怠るな」
キラーにそう注意され、自分が突っ立っていたせいで正面からくる人にぶつかりそうになっていたのを彼が助けてくれた事がわかった。
「す、すみません!
ありがとうございます…」
「……………………いや」
アマンダが慌ててそう言うと、キラーは仮面越しに彼女をジッと見つめる。
何か変なことを言ってしまったのだろうかと不安になるが、思い出したかのようにハッとしたキラーはそれ以上彼女に視線を向ける事なく顔を背けると「行くぞ」とだけ言って街の中心へ歩き出した。
キラーの後ろを歩きながら辺りを見回すアマンダ。
可愛らしいアクセサリーが店頭に並んだお店やクレープなどお菓子を販売しているお店がずらりと並んでおり、どうやらショッピングモールを歩いている模様だ。
彼がこんなお店で買い物をするとは考えにくい。この先に何か用事があるのだろうか。
(それにしても……)
アマンダはチラリと街を歩く女性たちを見る。
レースのついた花柄のワンピースを着て有名なブランドのバッグを肩に下げながらアマンダとすれ違う女性。その時、僅かに彼女からラベンダーの香りがした。
アクセサリー店で十字架のシンプルなネックレスを手にしながら笑顔で自分に合わせる女性と、彼女の友達だろうか、隣には四つ葉のクローバーの模様がついた可愛らしいネックレスを見ながらはしゃぐ女性の姿が今度はアマンダの目にとどまる。
雰囲気が異なる二人組の女性は好みも別れるらしい。
十字架のネックレスを手にしている女性は胸元と彼女の細いウエストを強調するかのようなタイトワンピースを着ており、ダークな色で大人の色気を漂わせている。
相対するクローバーのネックレスを手にしている女性はフリルのついた肩出しブラウスとそれをインしたショートパンツを履いており、パステルカラーで統一されていた。
その他にも髪を巻いた女性や、華やかなネイルをした女性を見て、アマンダは思わず彼女たちを羨望の目で見てしまう。
アマンダもオシャレを楽しむ女性なのだ。
もし彼らに捕まっていなければ、貯めた貯金で色々買い物をしたり、髪を巻いてアレンジをしたりしていただろう。
自分の今の服装と彼女達の服を見比べて、落胆してしまっていた。
(………そういえば)
彼らに捕らえられたあの日、アマンダの好きなブランドが新たに新商品を全国の店舗に販売する日だった事を思い出した。
それを楽しみにしていたあの時、まさか通りすがりの海賊に囚われるなんて思っても見なかったことだ。
この街にはまだ未上陸なのかそのブランドは見当たらないが、先へ先へと進むたびに目に止まる小売店に、アマンダは何故か寂しくなった。
そうこうしている内にショッピングモールを出たらしいキラーとアマンダ。
これからどこへ行くのだろうと思っていると、突然キラーが此方を向いたので驚く。
ちゃんとついてきているのか確認でもしたのだろうかと思うアマンダだが、次の瞬間、彼の口から信じがたい言葉が出てきた。
「一通り歩いて見たが、何か欲しいものは見つかったか?」
「……………………え?」
彼の言葉に、一瞬、いや今でも理解に苦しんでいる。
彼は何を言っているのか。
幻聴でないのなら、彼は今アマンダに欲しいものはないか聞いてきているのだ。
まさか、用があるのはこのショッピングモールなのか。
「………どうした?」
キラーを凝視したまま動こうとしないアマンダに疑問を投げかける。
どうしたとは此方が聞きたいくらいだ。
恐らくこれはアマンダの買い物にキラーが付き合ってくれていると理解してもいいのだろうが、そもそも急に何故そんな事をしだすのかわからない。
今の今までそんな事一度もなかったのに。
昨日から様子がおかしいこの海賊達に、アマンダはついに募りに募った疑問をぶつける。
「ど、どうしたって……そんなの、私が聞きたいです。
昨日からみんな、何処か様子がおかしい…」
食堂でご飯を食べるのを許してくれたり、布団を用意してくれたり。
キッドはいきなりアマンダを食堂に連れ込んだかと思えばお菓子を施してきたり。
そして今、あっさり外に出したかと思えば欲しいものはないかと聞いてきた。
「トラファルガーさんは逃げ出した私の処罰は戻ってから考える、と仰ってました。
なのに今、私はこうして自由を許されている。
か、勘違いかもしれませんけど………
どうして優しく接してくれるんですか?」
そう、優しいのだ。
彼らは自分に優しくしてくれている。
それは今まで帰りたくて仕方なかった故郷への気持ちが少しずつ、和らいできていた。
それがもし彼らの作戦でアマンダを洗脳しようと思っているだとしたら、これ程までに恐ろしく、そして悲しい事はない。
変な情が湧いてしまう前に、この気持ちに白黒つけたかった。
アマンダの問いかけに、キラーは押し黙ったかと思えば、ハァと小さくため息をつく。
「………わかった。その問いに答えてやる。
……が、先ずはお前の必需品を揃える事が先だ」
「わ、私の……?」
訳を話してくれる約束は取り付けれたものの、やはり後回しにされてしまい、なんだか腑に落ちない。
「まずは衣類からだ」
そう言うとキラーはまたショッピングモールの方へ足を進める。
「目に付いた店があったら呼べ」と言ってくれたがいきなりそのような事を言われても急に何を揃えたらいいのかわからない。
確かにあの牢獄のような生活は何かと不便なところはあるが、だからと言っていざ何か買おうとすると不思議なことに何も思い浮かばない。
(まずは衣類から………だっけ?)
アマンダは辺りを見回して洋服屋を見てみるもこれといってどんな服が欲しいのか急には思いつかない。すれ違う女性たちを見てオシャレな服に目を惹きつけられるも同じものを買おうとは思わない。
何せ彼女たちの着る服で海賊達と船に乗るなんてあまりにもミスマッチだ。
(やっぱ動きやすい服……だよね)
ホットパンツかデニムか、あまり硬い、肌に張り付いた生地のものはよそう。
そう考えると、何となく頭の中で船に乗って彼らと旅をする自分の姿が見えてきて、何が必要なのか浮かび上がってくる。
しかし、何気なく辺りを見ていた時にふとその店が目にとまり、アマンダは旅をするのに一番大事な衣服を忘れていた事を思い出す。
(下着が……欲しい……)
だが、目の前で歩くキラーにそう言うのはなんだか恥ずかしい。
既に通り過ぎてしまったランジェリーショップに目を向けるも、やはり異性に下着を買いたいですというのは正直無理があった。
(でも、言わなきゃ……)
言うのを躊躇って一枚の下着だけでこの先やっていく方が無理がある。
また精神的にもやはり下着は何着も持っていた方が良い。
「あ、あの!!」
意を決してアマンダはキラーに呼びかけるがその声が思っていた以上に大きな声だったのでこれから言う内容も相まって更に顔が赤くなってしまう。
後ろから呼ばれたキラーがその声に驚く事なく「見つかったか?」と声をかけながら振り向いてくれた。
「は、はい!
あの……その……、ふ、服というか……その…」
いざキラーを前にすると中々言い出せず視線を右往左往に動かしながら誰からも見て取れるように動揺しているアマンダ。
キラーはそんな彼女の様子に首を傾げる。
「し、下着が…欲しくて……」
「…………あァ」
アマンダのその一言でようやく彼女が何故恥ずかしがっているのか理解できたキラーは懐から財布を取り出しアマンダに渡すと「これで好きなだけ買ってこい」と言った。
どうやらアマンダを気遣って近くのベンチに腰掛けて待ってくれるようだ。
「こ、こんなに………」
手渡された財布の中には札束がごっそり入っており、あまりの多さに少し他人のお金でモノを買うのは気が引けてしまう。
囚われの身である自分では手持ちがないため仕方がないといえばそうなのだが、やはり遠慮してしまうものだ。
片手が使えないため店員に手伝って貰いながら採寸をして試着をしてみたりして3着程度買った後キラーの元へ戻る。
そこらの海賊とは違い理性を持った大人なためか、キラーは彼女から財布を受け取った後、「また何かあったら呼べ」とだけ言ってアマンダの前を歩く。
アマンダはからかい半分で下着について色々聞かれるかと思ったがやはりキラーは精神的に落ち着いた男性なのか大人な対応をしてみせる彼にアマンダは安心感を覚える。
自意識過剰なだけかもしれないが、一度襲われ掛けたせいもあり、あまり男性の前で無防備な姿を晒したくない気持ちがあった。
(こうして落ち着いて彼らを見るのは初めてかも…)
野蛮な海賊としてしか認識してなかったが、こうして視野を広げて見ると、キラーのように女性に対してして配慮のある人もいる。
共に航海していく中で貴重な彼の一面を見れた瞬間だった。
*********************
「………これで生活に不自由なしない筈だ」
「………はい」
あれからキラーと色々回り、服や小物など必需品を買った。
アマンダが片手を使えない為、荷物は殆どキラーが持ってくれている。
店員が気を使って大きな袋の中に一箇所にまとめて入れてくれたおかげで袋が何枚も腕にぶら下がった面倒な状態にはならなかったが、結構な量の必需品を買ったのでそれなりに重いはずなのに息一つ乱さず平然としているキラーにやはり男の人なんだなと感心してしまう。
それと同時に荷物の大半はアマンダの物なので持たせてしまっている罪悪感も感じる。
「す、すみません…。
私の荷物、こんなに………」
「気にするな。その為に同行したようなものだからな」
「………え?」
その言葉に反応したアマンダにキラーはバツが悪そうにそっぽを向いた。
低い声で「行くぞ」と言って船まで戻ろうとするが、アマンダは彼の言葉の意味を知る為にその場から動こうとはしない。
その言葉の真意を確かめたかったからだ。
「待ってください、キラー……さん」
アマンダとこれまでに数えたほどしかないが話したことはあった。
しかし、彼女が発する言葉にはやはり自分達に対する恐怖が混ざっており、微かながらに震えていることが多かったが、今、自分を呼び止める彼女の声に震えなどなく、キラーは彼女が何を言いたいのか何となくわかる為、船まで運ぶ足を止めたものの、後ろを振り向いて彼女の顔を見るのを戸惑ってしまう。
しかし、彼女はそんなキラーにお構いなく、背を向ける彼に続いて言葉を紡ぐ。
「それは、どういう意味ですか?
それを命令したのは………キッドさん……ですよね?」
「………………」
アマンダは朝、キッドが彼女の外出を許可した際、キラーを連れてくると言っていた。
つまり、アマンダが外出をしたいと申し出た際にはキラーも同行するよう指示を出したのはキッドに間違いない。
その真意をキラーなら知っている、間違いなく。
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