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High Fever And Nursed②
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「ゔ……」
翌朝、目を覚ましたアマンダはいつもより頭がぼうっとしていることに気づく。
眠気を冷まそうと上半身を起こすが、直後頭がぐらっと揺れて視界が霞んだ。
同時に何か重たいものがのしかかったような重みが身体を襲う。
怠くて思うように動かない身体にアマンダは起きた時間が悪かったのかと時計を探すが視界が霞むせいでどこにあるかわからない。
一旦顔を洗おうとベッドから降り、おぼつかない足取りで洗面所へと向かう。
「………………」
バシャバシャと何度も水を顔につけ眠気を覚そうとするが、一向に視界は良くならない。
どうしたものかと思っていると、突然喉が痛くなり、思わずゴホゴホと咳をする。
この事でようやく自分が今風邪を引いてしまった事を理解したアマンダは、自分の額にてのひらを当て熱を確かめる。
医者ではないので手を当てただけで熱がどのくらいかなんて分かるはずもないが、普段より一層熱い額に素人でもわかるくらい自分が熱を出していた。
成人になっても風邪くらいは引いたことはあるが、高熱を出したことは幼い頃に何度かあっても大人になると免疫もついてきたのかあまり出したことはなかった。
そのため、このような症状を出した時の対処法がわからないアマンダはとにかく体の中にある悪い菌を出そうと口をゆすいだ後、あまり派手に動き回らないようベッドへと移動する。
しかし、この船には死の外科医などという物騒な異名を持つが、腕が確かな医者がいる事を思い出し、またローだけでなくともキッド海賊団にも優秀な船医がいる事に気付いたアマンダは彼らに一度診察してもらおうとパジャマの上から上着を着た後部屋を出た。
扉を開け、長い廊下を歩いた後、目についた階段を降りたところでそういえばと何かに気づく。
自分は今医務室に向かおうとしているが、肝心の医務室がどこにあるのかわからない。
キッド海賊団の船にいた頃は手首の具合を診るためローに何度か連れていかれたからか場所は把握していたが、新しい船では自分の部屋と食堂以外は医務室どころかローやキッドの部屋もわからない状態だった。
それに、わざわざ歩いて行かなくとも誰かが起こしにくるまでベッドで待っていた方が得策だという事に気がつく。
熱のせいで頭が回らないアマンダは今来た道を引き返そうとするが、突如視界がぐらついたせいで落ち着かせようと一旦しゃがみこむ。状況は思った以上に悪いみたいだ。
息も荒くなってきて、急いで部屋に戻った方がいいと考えた時、上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おい」
低いその声に自分が今求めている人物だからか心地のいい声が耳に響く。
「何してんだこんな所で。寝相が悪くてここまで来たわけじゃねェよなァ?」
階段の上にいたのは彼も寝起きだったのか帽子を取っているローの姿があった。
「とらふぁるがー……さん…」
「……?おい、お前…」
自分の方へ振り返ったアマンダの様子がおかしい事に気付いたローは階段を降り、彼女に近づこうとするが、ローがこちらに来る事を待てず立ち上がったアマンダはその衝動で目眩を起こしてしまい、そのまま後ろに倒れこむ。
「!!」
自分の身体が思うように動かず、階段を頭から転げ落ちてしまうアクシデントを咄嗟に彼女の腕を引っ張り防いだロー。
力が入らないアマンダは抵抗する間も無く自身の腕を引っ張ったローの胸元に顔を預ける。
服越しに伝わるローの心臓の音。ゆっくりした音と比べて自分の音はかなり早い。うまく呼吸が出来ないのか口で息をするアマンダにローは彼女の額に手を当てるとチッと苛立った様子で舌打ちをした後、彼女の膝裏に手を入れ刺激しないように持ち上げると、そのまま階段を降りて医務室まで向かった。
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「熱は38度以上をキープ。心拍数も多く、喉の腫れ具合から見ても、衛生的環境からくるストレスによる風邪だ」
「ハァ…ハァ…うっ」
ローにより医務室のベッドに身体を預けられた後、体温計で熱を測り、聴診器で心音や呼吸音を調べてもらった。
やはり、今までの蓄積された疲労がようやく落ち着いた時に一気に身体を襲ったのだった。
彼らに拉致されてから心落ち着く場所もなく常に緊張していた状態だったのが体に毒だったらしい。
昨日キラーが顔が赤い事に気にかけてくれていたが、あれは異性に寝顔を見られて恥ずかしくて赤くなっていたのではなく、おそらく、その頃から症状が出始めていたのだろう。
「ったく、こんな身体で無闇に歩き回るんじゃねェよ」
「ゴホッ……す、すみませ……」
迷惑そうに睨まれ、ズキリと心が傷む。
しかし、ローの言った通り、病人が無闇に部屋を出て歩き回るものではない。
しかもアマンダは手首の怪我の件で絶対安静の身だった。
医者であるローが怒るのも無理はない。
ローはそんなアマンダの謝罪の言葉にも耳を貸さず、彼女に背を向け立ち去ったかと思うと、机の上にある小さな試験管の中にスポイトか何かを入れ、互いの中に入ってあった液体を調合し始めた。
(化学の実験みたい……お医者さんってこんなこともするんだ……)
その様子を虚ろな目で見ていたアマンダは、ふと自分の胸元に目がいく。
先程ローに聴診器で心音を測ってもらった時、少しはだけさせたまま放置していた。
咄嗟にパジャマのボタンを掛け直し、胸元を隠す。
(なんでドキドキしてるんだろう私……いやらしい……)
自分でもわかるくらい鼓動が高鳴っている事に気づく。
ローは医者でもあるのでアマンダの裸を見たところで動揺もしない事はわかっているつもりだ。
以前襲われてお腹を怪我した時も服をめくって治療してもらった為ローには多少見られている。
その時もローは平然としていたので、自分だけが慌てているのがなんだか自意識過剰で情けなく思えてくる。
するとさっきまで試験管を自分の顔近くまで持ってきて何かを調べるように見ていたローが急にこちらを見てきた為アマンダはあわてて目をそらす。
ずっと彼を見ていたことがバレたのだろうか。
だが、次にローが発した言葉により、アマンダがローのことを観察していたのがバレたのではないことがわかった。
「朝飯は?」
「………え?」
ローの唐突な質問に一瞬何を聞かれたのかわからなかった。きょとんとするアマンダにローはもう一度同じ質問をする。
「食欲はどうだ?」
「あ……あまり…」
身体が弱っているためかあまり食欲が湧かない。
今まで何人もの患者を診て来たローにとってアマンダの答えは予想内だったようだ。
「そうか。まァお前が何を言おうと朝飯は嫌でも食ってもらうが」
「………………」
確かに今のアマンダの身体が食べ物を受け付けなくとも回復するためには食事は摂らなければならない。
アマンダが何を言っても結局は何か口に入れないといかないことをわかっていながら敢えてご飯を食べたいかどうかなどという意地の悪い質問をしてきたローに対してなんとも言えない表情で見るアマンダ。
ローはそんなアマンダに対して悪戯が成功したかのような笑みを浮かべ彼女を見た。
「ククッ、今コックに粥を作らせてやる。それまで大人しくしていろ」
そう言うとローはコックにアマンダのお粥を作って貰うのを頼むために席を立つと医務室から去っていった。
扉の鍵をかける音がしたため、恐らく自分が去った後に誰かに襲われないように用心したのだろう。
彼が去ってしんと静まり返った部屋を見渡す。
埃一つない綺麗な空間に仄かに漂う薬品の匂い。
机の上には様々な資料が置かれており、それらも無造作にではなく綺麗に整えられた状態である。
クーラーもちょうどいい温度で熱はいまだに下がらないものの不思議と朝起きた時よりかは大分楽になった。
清潔感ある部屋にここが海賊船の中だと言うことを忘れてしまいそうだ。
(本当にお医者さんなんだ…本当に……)
それも只の医者ではないようだ。
海賊稼業も行ってはいるが、何より腕が立つ。
手首の怪我の時も思ったが、頭の回転が非常に早く処置も手早かった。また知識も豊富でマニュアル通りの治療ではなく、診て、触って、五感を使ってその時その時に一番最適な治療法を頭の引き出しから引っ張り出し治療を行う。
海を渡って様々な国や人を見てきているからかそういった所での経験から成すものなのだろう。
海を渡ったことのない小さな箱庭の中で暮らしてきたアマンダにとって、彼の存在はとてつもなく大きいものに見えた。
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