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High Fever And Nursed③
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暫くすると、ローがコックを連れて戻ってきた。
コックの手にはお粥と小さく切った林檎が乗ったトレーがあり、事情を聞いたコックが急いで作ってくれたものだとわかる。
蓋を開けると湯気と共に顔を出したのは美味しそうなたまご粥だった。
ぐつぐつと音が鳴った淡い黄色が一面に広がる粥に、食欲がなくともつい口に運びたくなる。
中心に細切れのネギが乗っており、栄養も考えてくれている事がわかる。
コックが「熱いから気をつけろよ」と言って鍋に入っていたお粥を小さなお椀に装ってくれた。忠告を受けたにも関わらずそこまで危機感を感じて居なかったせいか、アマンダは受け取ったレンゲでお粥を装うと冷ます間も無く口の中に入れる。
「……んっ…あつっ!!」
レンゲに入ったお粥を半分だけ口にしたアマンダは余りの熱さにレンゲを落としそうになったが、そこは堪えてまだもう半分入ったお粥に今度は口でフーフーと冷ましながらゆっくりと口に入れた。
その様子を見ていたローが呆れた口調で話しかける。
「ガッついてんじゃねェよ、ガキじゃあるめェし」
ローの言葉に苦笑いしながらこちらをみるコックになんだか意地汚い姿を見られてしまった恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
食欲がないと言った手前でローの言った通りガッついてしまった結果火傷をしそうになりとても恥ずかしかった。
その後は時間を取りながらもお粥を食べ終え、腕の怪我を考慮してか一口サイズの小さな林檎も何とか食し終えた後、食べ終わるまで待っていてくれたコックにお礼を言うと、再び静まり返った医務室で布団に身体を預ける。
するとまたローが医務室から出て行き、今度は数分足らずで帰ってきた。
先程から医務室を行ったり来たりしている彼に、本当に船長とは休む間もないくらい忙しいものなんだなと感じる。
恐らくこれからの航路についてキッドと話し合ったり船員や船の様子を見ているのだろう。
前にベポと彼の事で話していた時、ベポは自慢げに「キャプテンは何でも知ってるんだ!」と言っていたのを思い出す。
聞けばベポは意外にもハートの海賊団の航海士らしいのだが、航海術は独学らしいが、海の知識はほとんどローから学んだとの事。航海士ほど専門知識はないらしいがある程度航海術はローも持っており、ベポ一人で回らない時は彼も手伝う事が多いようだ。
医者と海賊稼業を両立している彼には自分のような病人を構っていられる時間なんてないのだろう。
以前彼はまだキッド海賊団とハートの海賊団の仲が険悪だった頃、言いつけを破り食料を漁った部下を躊躇いもなく両腕を斬った。
如何にも海賊の船長らしい処罰だが、確かにこれだけ忙しいと部下の声に耳を傾ける余裕もなかったのだろう。あの事件から多少は部下の様子も気にしているようだが、その上アマンダという人質もいるのでは思えば問題は山積みだ。
そんな彼が病人であるアマンダの世話をしてくれているなんて、本当に迷惑を掛けっぱなしだと彼女は心の中で罪悪感でいっぱいになる。
貴重な時間を割いてまで自分の看病に時間を費やしてくれているのだ。
申し訳ない気持ちになる。
「何さっきからジロジロ見てんだ。バラされてェのか」
「………!?」
アマンダの痛いほどの視線を感じたのだろう、ローが突然振り返って不審な目でアマンダを睨んだ。
余りの唐突なことに驚いたアマンダは咄嗟に顔を背ける。
「な、何も…何でもないです……」
するとローはアマンダに興味をなくしたのか彼女から背を向けると少し前に見た化学の実験のようにビーカーに何かスポイトのようなものを入れ中にある液体同士を調合し始めた。
(びっくりした…)
鳴り止まない心臓の音を時間をかけてゆっくり落ち着かせる間も無くローがアマンダに近づいてくる。
また何かしてしまったのかとドキドキと心臓が鳴り止まない。
「起きろ、寝るのは薬を飲んでからだ」
その言葉に恐る恐る顔を上げ彼をみると、彼の手元には小さなコップの中に入った飲み薬があった。
ゆっくり起き上がりローから薬を受け取る。
先程調合していた液体はどうやらアマンダの薬を作っていたらしい。
(うっ……)
しかしコップの中には本当に治るのか怪しげな程濁った色の液体だった。
どう見ても味が悪そうに見える薬に飲む意思が失われる。
しかしこれを飲まなければ折角作ってくれたローに申し訳ない。
ローの様子を見ようとチラリと隣を見ると、驚くことにそのまま部屋を出るかと思いきや、ローはアマンダのベットの隣に椅子を置き、そこに座ると薬をもつ彼女をじっと見ていた。
「…………??」
「何してんだ、早く飲めよ」
薬を飲むのを促すローだが、わざわざ座ってまで飲むところを見る意味がわからない。
あまり見られると飲めるものも飲めなくなるのだが、そんなアマンダの様子など御構い無しだ。
「何だ?まさかガキみてェに薬は苦くて飲めねェってんじゃねェよな?」
ニヤリと馬鹿にするように笑うローに顔がカーっと赤くなる。
確かにアマンダは成人にもなって薬のような甘さのかけらもないものは苦手だった。
大人になっても子供舌がなおらないアマンダに店長もよくわらって頭を撫でてくれていたものだ。
「図星かよ。
いい事教えてやろうか?その薬、お前の為に特別苦く作ってやった」
「え………?」
ローの言葉に今度は顔が青くなる。
普通の薬でさえ苦くて飲むのに苦労するのに特別苦いなど、飲めたとしても喉に通るか…
「な、なんで、それがいい事に………」
「ワノ国の言葉でな、〝良薬ハ口ニ苦シ〟ってのがあるらしい。いい薬程苦いものなんだとよ」
「………………」
その言葉は初耳だが、意味を考えるとただ苦くするだけで治るなんてものじゃない気がする。
しかし、そんな事を言って薬を取り上げられて治療をして貰えなくなったら困るので、未だに意地悪をするような笑みでこちらを見るローを怯えながらも馬鹿にされないように、精一杯、本当精一杯ひと睨みすると、コップにある薬を一気に口に流し込んだ。
「うっ……!」
当然ながら口いっぱいに薬の苦味が広がり、ローの言った通り一際苦く作られたからか通常飲む薬より苦味が酷い。
頭がクラクラしそうになるも異性の見ている前で吐き出すなんて見っともない真似はしたくなかったので何とか薬を飲み込んだ。
一気に飲んだので一杯だけで済んだが、その分まだ苦味が口の中に残っている。
チラリとローをみると、彼はアマンダから顔を逸らし、肩を震わせ笑っていた。
余程アマンダの姿が可笑しかったのだろう。
デリカシーのないローにこれ以上ないくらい顔が真っ赤になる。
(からかわれてるんだ…)
本当にすごい人なんだと思っていたけど前言撤回だ。
ベポがリスペクトするような人には思えない。
「感想は?」
「すごく、苦かったです……」
「苦く作ったって言っただろうが」
「!で、でも飲めました」
「当たり前だ、自慢気に言うことじゃねェよ」
何を言っても言い返される。相手は口達者なのだろう。
精一杯睨んでも苦さのあまり涙目になっているせいか全く怖みがない。涙目でなくとも何も怖くないが。
「何だ?よく出来ましたとでも言って欲しかったのか?」
「……そんなことは…」
やはり効果はなかったようで、ローは余裕の表情を崩さない。
悔しいが、妙に居心地よく感じる空間に違和感を覚えるアマンダ。
(この人は私で遊んでいる…でも……)
ローから感じる雰囲気はどこか優しげで、病人を労わる医者そのものだった。
技術だけでなく心理的な所からも治療を施されているようだ。
しかし、違和感はそれだけではない
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