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High Fever And Nursed④
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(今日のトラファルガーさんは、よく喋る…)
いつもクールで何を考えているのかわからないローは、今日はアマンダに対して口数が多いことが気になっていた。
勿論一般の男性を基準に見てみればローは無口な方だが、アマンダが彼等に拉致されたあの時と比べると、今日の彼は何だか機嫌が良さそうだ。
いや、機嫌がいいと言うより……
(何だろう、私を通して何かを見ているような……)
アマンダはローを纏うその優しげな雰囲気が何か良いことがあって機嫌が良いからではないと思った。
すると彼は何を思ったのかこちらに歩み寄る。
「………??」
「…いつまで見てやがる」
ローのその言葉で自分が思っていた以上長い間ローを見ていたことに気づく。
先程から彼を見つめている事が多かったからもしかしたら気持ち悪がられてしまったのではとアマンダは焦る。
しかし、ローはそんなアマンダの焦る様子を気にすることなく先程彼女に薬を飲む姿を見るために用意した椅子に座る。
もう自分に用がない筈なのにローの不思議な行動に身を硬らせるアマンダ。
先の読めない男の行動は彼女に僅かな恐怖心を与える。
元々彼とアマンダの身長に差があるため、ローが椅子に座ってもベッドに横になるアマンダよりも当然高い。
その為見下ろされている状況に息を呑むしかないアマンダ。
ローが手を伸ばしてきたかと思うと、彼らしくもない優しい手つきでアマンダの頬を触る。
「…………!?」
「……動くなよ」
突然の彼の行為に驚きのあまり声が出ない。
何故なら彼は真っ直ぐにアマンダを見ているからだ。
彼と向かい合って話したことは何度かあるかここまで至近距離で見つめあったことは一度もなかった。
海賊とはいえローの整った顔がアマンダの瞳に映し出される。
晒したいのに晒せない、それ程までに彼からの視線がアマンダの動きを支配していた。
何なの?どうしたんだろう
トラファルガーさんも……私も………
ローはアマンダの頬に手を添えながら視線を晒さない。
アマンダもローから視線を外せない。
しん、と静まり返るここは医務室だ。
ローとアマンダ以外誰もいない。
「………ユースタス屋と何かあったか?」
「……え?」
先に沈黙を破ったのはローだった。
しかし、彼の話の内容はアマンダには理解しかねるものであり、返答に戸惑うアマンダ。
「奴に取引を持ちかけたらしいな、この船にいる代わりに自分の命を護れ、と…」
「あ………」
ローが言っているのは昨日、キッドとアマンダが互いにした約束だった。
自分が利用されるのを承知で彼らの船に人質としてまた戻ってきた代わりに何かあったら自分の命を護ってほしいと訴えたのだ。
そのアマンダの度胸を見込まれ、キッドは了承した。
どこで聞いたのかはわからないが、ローが知っているということは他の船員たちにも知れ渡っているのだろうか。
いや、それ以前に
(どうして今そのことを……)
知っていたとはいえローが何故その事についてアマンダを気にかけるのか彼女には分からなかった。
「で?どうなんだ?
取引はしたのか?」
「あ、はい……」
有無を言わさない尋問のような問いかけに素直に答えることしかできない。
「……気に入らねェな」
「…………え?」
ローのボソリと呟いたその言葉にアマンダはキョトンと目が丸くなる。
するとローがニヤリと口元を歪めた為、アマンダの背筋に寒気が襲う。
先程までの優しげな雰囲気はどこへ行ったのか、目の前にいるのは自分が恐れていた海賊の彼。
「お前、海賊に命を預ける事がどういう事かわかってんのか?」
「え……?」
ローの言葉にアマンダは目が丸くなる。
キッドは只の海賊ではない。一億を超える数々の事件を起こした凶悪な男だ。
そんな彼に自らの身を捧げた事がローにとっては滑稽な事だった。
そして、キッドが何を思ってそんな取引を応じたのか同じ海賊であるローはすぐにわかった。
「生き残る為に奴を利用したのは賢明な判断だ。だが詰めが甘い」
「ど、どういう事ですか?」
「確かに奴を盾にすれば船にいる連中からは身を守れる……
が、奴自身からはどうだ?」
「………!」
ローの言いたい事がわかったアマンダ。
外界の脅威から自分の命の保障をキッドに預けたが、キッドから自分の身を守ることは出来ない。
キッドはアマンダにとって、味方にすると頼もしいが敵だと恐ろしい男だ。
そんな彼が敵に回るとどうなるか、アマンダはそこまで考えていなかった。
「海賊相手に安易に取引なんて持ち掛けるとこうなる。ちったァ考えろ」
「で、でも私にはこれしか……」
「……まだ自分の置かれてる状況がわかってねェみてェだな」
そう言った瞬間、ローの顔がぐっとアマンダに近づく。
もう少しで唇が触れそうな距離になり、アマンダは思わず悲鳴をあげるが、ローの凶悪な顔がその瞳に映し出され、恐怖で身動きが取れない。
「あ……と、とら……」
「この状況で、てめェは奴から逃げられるか?」
「………!」
ローの只ならぬ雰囲気から、身の危険を感じるアマンダ。
しかし逃げようにも彼女はベッドの上で、目の前にはローがいる。
近く彼を押しのけようと空いた両手で彼の胸元を押すが、全くの無意味だ。
「おいおい、それで抵抗してるつもりかよ?」
虚しい抵抗に見下すかのように嘲笑うロー。
悔しくて泣きそうになるも、自分の詰めが甘いせいでここまで追い詰められているのだ。
「おれがユースタス屋なら、この状況から…」
そう言うと、ローはアマンダの頰に添えていた手の親指を彼女の唇に持ってきた。
「……っ!」
そしてそのまま唇の形に沿うようになぞるロー。
ドクロの旗を掲げる海賊から与えられる妖しい刺激にこれからアマンダの身に起こる行為の予兆を表している。
甘美なその雰囲気に身体を震わすアマンダ。だがそんな彼女の脳を支配するかのようにローは更に追いうちをかける。
「クク、どうした?怖ェならユースタス屋に助けを求めてみろよ。なァ?」
「ひっ……!」
逃げ場のないこの状況で突然耳元で囁かれる。
只でさえ熱のせいで体温が高くなっている身体に更に熱を上乗せしてくる目の前にいる医者のせいで、アマンダの脳は限界を超えていた。
「あ…あ…ど、どうしたら……」
「簡単だ、おれが奴と横並びの世代の名で通っている事は知ってるな」
頂上決戦の後、街に恐怖政治を齎した黒ひげを加え、シャボンディ諸島で一斉に集った億を超えるルーキーたちを人々は〝最悪の世代〟または〝超新星〟と呼ぶようになる。これは最近の出来事だ。
「その名に興味はねェが、今の奴と張り合えるのはこの船ではおれだけだ」
二人は間違いなくこの船の中で最強を謳っている。
アマンダはローの言葉の真意が少しだけわかってきた。
「理解出来たか?」
「あ………」
耳元に近づかれていたローの顔が再びアマンダの視界に広がる。
アマンダはその顔にドキリと心臓が高鳴るも、押しのけようと彼の胸板に添えていた手を今度はキュッと服を握る。
そして、あの時キッドに縋った時と同様、懇願する眼差しでローを見た。
「トラファルガー……さん。
私を…私を護ってくだ……さい……」
「……海賊相手に身を預ける事は危険だと言った筈だが?」
「で、でも!私にはもうこれしか…!」
彼の言葉から自分がどうするべきかを考え答えを出したはずが見当違いだと言われたかのように感じ焦るアマンダ。
そんな彼女を面白そうに見るロー。
もしかして、からかわれた?
「クク、冗談だ。
お前の覚悟に免じて、命の保障はしてやる。
だが、勘違いするな。
これは〝取引〟じゃねェ。お前はおれに〝借り〟をつくったに過ぎねェ。それを忘れるな」
「は、はい……」
そう言うとローはアマンダの頰に添えていた手をそっと離し、彼女と距離を置いた。
「…………」
瞬間一気に解放感が身体中を駆け巡る。
同時に汗がどっとふいてきて、脱力する。
心臓の高鳴りはまだ止まないが、少しずつ治っていく。
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