-
High Fever And Nursed⑤
-
するとまたローがアマンダに近づいてきたので、先ほどの行為を思い出し大げさに身体が跳ね上がる。
「熱を測るだけだ、一々ビビってんじゃねェ」
ついさっき何かしようとした事を棚に上げて呆れるローに不満があるものの、大人しくするアマンダ。
するとローの人差し指がピトッと額に当てられる。
「36度7部…熱は下がってきてはいるが、薬が効き始めるまでは横になってろ」
「あ………」
そのまま人差し指で軽く小突かれ、力のないアマンダはその勢いでベッドに頭を預ける。
(指を当てただけでわかるなんてすごいな……)
ローが測った通り、当初の頃よりかは大分具合が良くなってきている事はアマンダにもわかった。
血色も良くなり、徐々に体調が戻りつつあるようだ。
やはりローの医者としての技量は他の医師より高い。
彼にとってアマンダのような病気なんて腐る程診て来たのだろう。
あの手は、その場数を踏んで来た者の手だ。
薬が効き始めて来たのか、徐々に鼓動も正常になって来て、リラックスしてきたからか睡魔に襲われるアマンダ。
ローが側にいる、最初はそれが怖くて仕方なかったのだが、今は何故かそれが安定剤となってアマンダを安らかな眠りを誘う。
スースーと寝息が聞こえてきたのに気づき、彼女の方を見ると、あどけない顔で眠る彼女の姿がローの目に映し出される。
こんなに安らかに眠る彼女は初めてだ。
というより、自分と一緒にいて寝ている姿を見たことなど一度もない。
ローの作った薬には副作用で副交感神経を刺激する成分が入っており、急激に眠くなるよう調合されていた。
なのでいくら自分と一緒にいて緊張していても神経に直接働きかけるよう作っていたので寝てしまうのは当然である。
今朝の苦しそうな姿からは想像もできないほど安らかに眠る彼女を見て、ローはある少女の顔を思い出す。
記憶にあるのは、アイスをもって笑顔で駆け寄る姿、町の情報に聡くイベントがあると自分と一緒に行きたがる無邪気な顔
そして
謎の病に倒れ、ベッドの上で苦しむ姿。
孤独を恐れるあまり唯一側にいて励ましの言葉を送る自分の手を弱々しい力で握る。
ローの視界に映るのは、ベッドの上で穏やかな顔で眠る少女の姿。
それは、アマンダではない。
彼女よりも幼く、しかしそれはローが最後に見た少女の姿であり、今頃はアマンダと同じように成長していてもおかしくはなかった。
ローの記憶の中の少女は、少女のままで止まっている。
それは偶然だった。
低血圧でいつもは船員よりも起きるのが遅いローは、今日は何故か寝つきが良かったのか早く目が覚めた。
二度寝しようにも気分ではなく、仕方なく外に出ようと思い身体を起こした。
部屋を出ると見慣れない風景に、自分達が新しい船を買ったことに気づき、今自分達が置かれている状況と自分がこれからしなければならない宿命を思い出し、物思いに耽っていた。
ふと我にかえると、奥の部屋が目に入る。
扉が閉め切っておらず、僅かながらに隙間が見えるあの部屋は先日様々な騒動から逃げ出し船に連れ戻した女の為に用意した部屋だった。
片手で数えるくらい前に船員に襲われそうになったにもかかわらず無防備に開けっ放しにしている彼女に心底呆れ、そのまま放っておいて外へ続く階段を降りようと向かう。
しかし、階段の中心に蹲る何かを見つけた。
体の線が細く、後ろ姿から女性だと思ったローは人質の女だとすぐにわかった。
同時に、あれは扉を閉め忘れたまま寝たのではなく、彼女もローと同様早くに目覚めて何かの理由で部屋を出たのだ。
しかし、足を放ったのか何なのか階段という中途半端な場所で蹲っている彼女にローは声をかける。
「おい」
振り返った彼女は階段の段差もありどんな表情なのかわからなかった。
取り敢えず何故このような場所で蹲っていたのか聞いて見るも、自分を見ようと顔を上げた彼女の顔色がおかしい事に気づく。
自分の名前を呼ぶ声もどこか弱々しく抑揚がない。
明らかにいつもと違う様子の彼女を見て、ローはすぐにそれが容体が悪いからだと気づく。
近寄ろうとするも、自分が来るまで待てなかった彼女はふらふらになりながらも立ち上がり、しかしそのせいで余計に脳に刺激を与え力無い足は後方へ倒れそうになる彼女の身体を支える事が出来なかった。
自分から離れていく彼女を見て、先ほどまで物思いに耽っていたからか、病気で苦しむ少女の姿が彼女を通してローの瞳に映し出される。
行かないでと手を伸ばすその少女の手を掴むように、階段を落ちそうになる彼女の手を掴んで引き寄せた。
自分の胸に身体を預ける彼女の息は荒く、やはり熱があった。嫌な予感が的中しローは彼女を持ち上げ医務室に運ぶ。
容体と、ついでに怪我の様子を診察したローは今日一日彼女の看病に追われていた。
「………………」
気づかれないよう寝ている彼女の顔をそっと覗き込む。
階段から落ちそうになる彼女を見た時はガラにもなく焦った。勿論その様子は彼女にはわからなかったが…。
自分の心の奥底に眠る記憶
そこに映し出される少女と彼女の周りを取り囲む仲間達
今はもう手離した
優しく儚い記憶
あの頃は自分が〝死の外科医〟などという悪名を轟かせることになるなんて思ってもみなかった
自分の内底にある復讐心と命を与えられる人達と出会うきっかけをつくった人生の一部
彼女のあどけない顔が、ローの記憶を蘇られた
それは良かったことなのか、悪かったことなのか
ロー自身も知らない
To Be Countinue…