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Ignorance Is Sin②
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「お前が気にすることじゃない」
「あ、はい……」
キッドに対して何をすればいいのか彼の一番近くにいるキラーに相談したが、見事に両断されてしまった。
「お前を乱暴に扱ったことはおれから咎めておく、今はあいつの機嫌が直るまで大人しくしておけ」
「き、キッドさんの機嫌が悪いのは、一過性のものなんですか?」
アマンダにはキッドの怒りは深刻なもののように思えるが、キラーからしてみればこの状況は日常茶飯事なものなのだろうかと思えるほど、彼は冷静だった。
「あれでも一船の船長だ。今回は様々な要因が重なってああなっているだけだ。元々血の気が多い所はあるが、あそこまで短慮な行動はしない」
彼の事をよく知っているキラーだからか、言っていることにとても説得力があった。
しかし、彼の言う様々な要因と言うのが気になる
「お前との取引を反故したのも衝動的なものからだろう。あまり思い詰めるな」
「……………」
彼女の考え込むように手を胸に当てる姿は、この状況を苦しんでいるかのように見えるキラー。
キラーにとってキッドの今回の言動はそこまで気にかけるものではないと思っていた。
キッドはアマンダが自分に取引を持ちかけた事でその時は興味を持ったが、それは臆病で弱気な彼女が海賊の懐に潜り込もうとした度胸に興味を惹かれたからだった。
なのでローとの喧嘩もアマンダが原因だと言えばそうだが、それが全てではないように思える。
あのキッドが女一人の為に心乱れるとは到底思えない。
恐らく、もう一つはローが原因だろう。
名のある海賊同士、自分の力に絶対的な自身を持つからかお互いの事を実力は認めていても快く思っていない。
そんな相手に行為の邪魔をされ、更に挑発されてしまって衝動的に怒りが沸いただけのように思える。
アマンダからしてみれば大問題なのだろうが、変に気にかけて彼を刺激してしまうのは困る。
そう言う思いもあってアマンダには大人しくしてもらいたいのだが、キラーには一つ気になることがあった。
「気になるか?キッドが」
「………え?」
キラーの問いかけに驚くアマンダ。
キラーは、彼女がキッドを気にかける理由を知りたかった。
「そ、それは………」
「今の問いに戸惑う程度の思いなら尚更あいつの事は放っておけ。お前に出来る事は何もない」
キラーはそう強く言い放った後、何故か落ち込むアマンダに「まァ…」と付け足し
「それでもあいつの機嫌を取りたいのなら、昨夜の続きでもしてやれ」
「え!?」
突拍子もなく言い放たれ、アマンダの脳内にはキッドと自分がお互い裸で抱き合う姿が映し出される。
いきなりの事に顔が茹でタコのように赤くなる彼女を見てキラーはからかい半分に笑う。
「お前には無理だろうがな」
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唯一の相談相手のキラーにもからかわれただけで終わり、やはりキッドの怒りは突発的なもので放っておけばそのうち怒りは収まるのだろうかと思い始める。
「はぁ……」
もしかして、思い悩んでいるのは私だけ?
そこまで大した問題じゃないのだろうか?
それとも、モヤモヤするこの気持ちを落ち着かせたいが為にそう思い込んでいるだけか
未だキッドの事で頭を悩ませていると
「島が見えたぞー!!!」
外から聞こえた声に、アマンダはローに許可を取って島にでも気晴らしに出掛けようかと思い外へ出る。
「あ……」
外を見ると、大きな島がアマンダの目に映る。
大自然に囲まれた緑豊かな島。
のどかな雰囲気の島に心安らぐ時間が欲しいと思ったアマンダは外出許可を貰おうとローを探す。
すると、階段を降りたところにベポがいた為ローに外出許可を得たいと言うと
「キャプテンも本を買いに島に行く予定なんだ!!キャプテンと一緒に行っておいでよ!!」
「え?」
てっきりローの許可を取ってベポと一緒に行けるかと思っていたが、まさかロー本人と共に島に行くとは予想外だった。
ベポも誘ったが、生憎彼は今日は船番らしく、船にいなくてはならないらしい。
なら自分もここに残ろうかと思った矢先、ローが二人の前に姿を現した。
それを目ざとく見つけたベポが「あ、キャプテン!」と人懐っこい笑みを浮かべてアマンダが一緒に買い物をしたい事を告げる。
(ええええ!?私トラファルガーさんと一緒に行きたいわけじゃ……)
「……好きにしろ」
ローに変な解釈をされないか心配していたが意外にもあっさりと許可をくれた彼はアマンダ達に背を向けて梯子も使わず船から飛び降りた。
「あっ!」
慌ててアマンダも後を追うが、飛び降りる事が出来るくらい高さがないのだろうかと思い彼女も飛び降りようと舟板に足を掛ける。
「……え?」
しかし、やはりローだったから無事着地できたのだろう、そこは結構な高さがあり、梯子を使わなくては降りられないほど高かった。
しかし、足に重心ををかけ、飛び降りる準備までしていたアマンダはその勢いに押され、そのまま前のめりになって船から落ちてしまう。
後ろでベポが何か叫んでいる中、頭から落ちたアマンダは死を覚悟したが、突然身体の自由がきかなくなり、まるで風船のようにフワフワと宙に浮かぶ。そしてくるりと反転され地面に近かった頭が空に向けられた。そのままゆっくりと地面に落とされ、加速を失った身体は地面への衝突を免れ体制を整えたまま着地する。
「何やってんだ、馬鹿か?」
「……っあ!」
頭上から声が聞こえてきて頭をあげると、呆れた様子のローが自分を見下ろしていた。
同時に自分と彼の周りに張られてあった薄い円が徐々に消えて行くのを見て、能力を使って助けてくれたのだとわかる。
「す、すみません!あの、ありがとうございます…」
「無駄な時間を使わせるな、行くぞ」
「あ!はい!」
本当に馬鹿な事をしてしまった。
恥ずかしい思いをしているアマンダの事も気にかけず、ローはそのままスタスタと早足で島へ入って行ってしまう。
アマンダはそんな彼を見失わないように小走りになりながら彼の後を追った。
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「……………」
「……………」
人通りの多い街についた後、本屋を探して二人歩いているが、特に会話もなく無言のままだ。
ローは手配書で顔が割れているものの、有名な賞金首だがやはり誰も海賊など自分達の街に現れないだろうと思っているのか道行く人は皆気付かない。
お陰で堂々と街中を歩く事が出来た。
(本を買いに行くって言ってたけど、やっぱり医学関係の本かな?)
アマンダはローが何の本を求めて買いに行くのか知らない。だが職業柄医学の本だと思ったが、勿論彼相手に気軽に質問はできない。
こんな時こそ接客業を務めてきた者の力の発揮どころなのだが、話題が見つからない。
いや、でも無理して話さなくてもいいんじゃないかと思っていたとき、突然ローから「おい」と声を掛けられた。
「は、はい……」
「…何か読みてェ本でもあるのか?」
「……え?」
ローの質問の意図が読めなかったが、確かローはベポからアマンダもローと一緒に買い物がしたいと聞いた為、アマンダもローと同様本が欲しいのだと勘違いしているかもしれない。
「い、いえ!私はただ、外の空気を吸いたかっただけで…」
「…ベポの勘違いか」
そのまま会話が終了してしまったが、アマンダは何故かローから自分に話しかけてきてくれたのが少し嬉しかった。
だが、自分と同じ目的できたわけではないのでがっかりさせてしまったかもしれない。
彼の表情を盗み見ながらそんな事を考えていると、心なしか次第にその意識はローの外見へと持っていかれる。
(背ェ高いな……脚も長いし…)
改めてローを隣から間近で観察する。
大柄なキッドとは違い、スラリとした細身の体格で背も割と高い。
だがキッドの攻撃を受け止めたり、身丈以上もある刀を片手で持っているのだから力はきっと成人男性を上回っているのだろう。
手に見える海賊のマークやDEATHの文字が入ったタトゥーをしている部分は海賊らしいイメージを漂わせるが、目の隈や物騒な物言いから不気味な雰囲気はあるものの、割と顔も整っている。
その姿を見て何故か胸がときめく自分に嫌気がさす。
(なんか最近おかしい……相手は海賊なのに…)
これ以上見続けると気付かれる恐れがある為、気を紛らわそうと街の風景に目を通す。
すると、近くから女の子の泣き声が聞こえてきた。
「…………?」
見ると転んだのか脚を擦りむいており、それほど血は出ていないがまだ幼いからか少量の血でも驚いて泣いていた。
近くに親はいない。
親を呼ぶか手当をしてあげないとと思うも、ローは女の子の泣き声に耳も貸さず本屋へと歩みを止めない。
海賊だから一般人に慈悲を与えるのはおかしい気もするが、見ている人たちも何したらいいのかわからず助けようともしない光景を見て、アマンダは居ても立っても居られず少女の元へ駆け寄る。
「だ、大丈夫?よしよし」
「ふ、ふえぇぇん!!」
泣いている女の子の頭を撫でながらどこかに傷に入った菌を洗い流す水道水がないか辺りを見てみるがどこにも見当たらない。
布なら持ってきていたハンカチで代用できるが何も施されていない傷にいきなりハンカチを巻きつけるのは大丈夫なのだろうか。
しかし、このまま放っておくのも気がひけるのでとりあえずハンカチで傷口を覆った後おんぶでもしながら水道水のある場所を探すしかないと思っていると、ふとアマンダと少女の周りに影が降る。
後ろを振り返ると、ローが鋭い目つきでアマンダを睨んでいた。
「次から次へと…」
「トラファルガー…さん…」
彼を見て、そういえば自分はローと本を買いに行っていたことを思い出す。
彼の足止めをしてしまい申し訳無く思うが、だからといって泣いている子供を見捨てることはできない。
「行くぞ、道草食ってる暇はねェんだ」
「で、でもこの子が……」
「不注意だったそいつが悪い。第一、お前はおれに意見を言える立場か?」
ぐっと言葉が詰まる。
確かにアマンダは人質の立場な為ローに意見を言えるものではない。
しかし、女の子を放ってはおけずどうしたものかと悩んでいると、ローは泣いている女の子に目を向ける。
彼の恐ろしい視線にビクリと肩を震わせる少女を見て、その幼さからか、ローはある女の子の面影を重ね合わせる。アマンダを看病していた際にも見た、ローの見知った人物だ。
そして何を思ったのか、ローは少女の元まで行くとその場にしゃがみ込んで傷口を見た。
「…………?」
傷口から目を逸らさないローにアマンダはこれ以上人相の悪い顔で睨まれると少女がまた大声を上げて泣いてしまう為少女から離れて欲しいのだが、どこから出したのか、気がついた時にはローの手には天然水の入ったペットボトルが握られていた。
(常備してたのかな?)
いや、恐らく能力を使って近くにあるお店の品を盗んだのだろう。
ローはペットボトルの蓋を開けると今度は小さな布を取り出しそこに水をかけ濡らした。
そして水で濡れた布を少女の怪我をした足につける。
「ひっ!うえぇぇん!!」
傷口に染みたのか少女は突然の痛みに泣き出した。
ローがその声にうるさそうにチッと舌打ちをした為アマンダは慌てて少女の頭を撫でてあやす。
「大丈夫、すぐ良くなるから…ね?」
優しく声をかけると少女はアマンダに心を許したのか彼女にギュッとしがみつき痛みに耐える。
まだ傷口に入った砂や菌を払いきれていないのか今度はペットボトルの水を直接傷口に流し飛び散らないように適度に布で押さえつけ水分が浸透するようにする。
やり続けていると痛みに免疫がついてきたのか少女は次第に泣き止み、しかしまだ傷を見るのが怖いのかアマンダに抱きついたまま離さない。
ようやく傷口から細菌を流し終えたのか、ローは今度は創傷被覆材を出し、傷口に貼り付ける。
皺なく丁寧に貼られた後今度は細長い布を取り出し被覆材の上に当てがい強く巻きつけた。
一つ一つの動作がとても繊細で無駄がない。
あっという間に治療が施され、少女はもう痛みがないのか治療がされた足を興味深そうに見る。
そしてぱあっと明るくなった。
「もう歩ける?大丈夫?」
「うん!ありがとー!!お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
いや、私は何もしてないのだけれど
そう思うも、少女のあどけない笑顔が可愛くて子供って本当に素直だなと思うアマンダ。
屈託のない笑顔を向けられたローは関心も示さず、元のクールな表情のまま立ち上がりアマンダに「行くぞ」と声をかけ去ろうとした。
「あ……元気なのもいいけど、程々にね!」
そう言って笑顔絶やさず手を大きく振り続ける少女に同じくアマンダも手を振って返すと少女に背を向けローの後を追う。
「うるせェガキだ」
「で、でも可愛かった…です…」
「理解できねェな」
そう言うがそれでも少女を見過ごさず手当をしてくれた。
あの時は本当に驚いた。
あのトラファルガー・ローが
残忍で名の通った海賊が
彼の意外な一面を見て、アマンダはローという人物がますますわからなくなる。
気まぐれなのか、それとも少女に心動かされたのか
だが、あの時の少女の手当をするローに
アマンダは自分でもわかるくらいに見惚れていた
(トラファルガーさん…一体どういう人なんだろう…)
アマンダの胸の高鳴りは、目的地である本屋に着くまで鳴り止まなかった
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