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Ignorance Is Sin④
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「……………」
男性と別れた後、アマンダは一人街の裏通りを歩いていた。
中心街を歩くより、人通りの少ない道の方が天竜人に会う確率が少ないからだ。
(あの親子、大丈夫かな?ちゃんと生きてるよね)
未だアマンダの頭の中から離れない、天竜人に撃たれ地面に力なく倒れる親子の姿。
怯え、命乞いをする女性の声に耳を傾けない卑劣な権力者。
しかし、アマンダは彼らの姿に対し違和感を感じていた。
(不思議……凄く偉い人なのに、全然そんなこと感じなかった…)
天竜人の噂ならアマンダも姿を見たのが今日が初めてでもどんな人達なのか聞いたことがあった。
200年前、世界政府という大組織を創り上げた創造主の末裔
その一声で海軍本部を動かせる世界最高の権力者
彼らの通る道は全ての民間人は膝をつき、頭を下げなかればならず、また彼らの前では一切の人権を持つことも許されない
人権を持つことも罪なのだ
そんな恐ろしい人がこの世の中にいるのかと思った。
そして実際に、その残虐さを目の当たりにした。
しかし、それを見てもアマンダは彼等が噂にする程の神々しい人物だとは思えない。
悪逆非道
アマンダはキッドやローに誘拐されてから、海賊達の非道さも見てきた。
キッドも何のためらいもなく銃の引き金を引くし、ローだって噂通り能力を使って敵を切り刻む。
命のやり取りの中でその厳しさを知っているからこそ弱肉強食の世界の強者に立とうとしているからだ。
だが、天竜人は違う。
彼等は弱い
アマンダと同様、この世界の弱肉強食を知らない。創造主の七光りで生きている彼らは海賊以上に非道な行いをしても、噂通りの神々しさも偉大さも感じられない。
ただただ卑劣で非道なだけだ。
(あれが世界で一番偉い人なんだ……)
自分の知らない世界ではこのような生か死かの選択を毎日迫られていたなんて。
アマンダはいよいよ外の世界の厳しさに恐怖を感じてくる。
しかし、今のアマンダを守ってくれる人は誰もいない。
ローから勝手に離れてしまったせいで、船への帰り方もわからない。
キッドの加護もなくなり、いよいよ一人外界の世界に取り残されてしまったという不安がアマンダに襲いかかる。
自業自得とはいえ、それでも彼等の強さに縋ってしまう自分を愚かに思える。
彼らからしたらアマンダはただの人質でしかないというのに。
(もしかしたら、もう出航して……)
先程から街を歩いているというのに、キッドやローは愚か船員の誰一人とも会っていない。
まだ全員顔を覚えた訳ではないのだが、こうして彼等が通りそうな裏通りを歩いても人一人出会わない。
潮時を感じて置いて行かれた迷い子のように感じ、アマンダは自分が情けなくて仕方がない。
しかし、泣き言を言っても現状は変わらないのでとにかくまっすぐ街の端まで歩けば自然と海が見えてくるだろうと思い歩みを進める。
「……………あ!」
するとキラリと光が差し掛かったその先に見えるのは、今はもう夕日が降りかけてきて少し不気味だが青い海だった。海岸に辿り着いたと思い走ってその場所に向かおうとしたところで、アマンダの前に誰かの手が差し掛かる。
「…………!!」
そしてそのまま口を塞がれ、後方へ引き寄せられる。
誰の手かもわからない恐怖にアマンダは身体をジタバタし抵抗するが、その手は後ろに回され拘束される。
「ん!んん〜っ!!」
助けを呼ぼうにも人気の少ない道を歩いていたのでそう簡単に人は通らない。
これは誘拐だ。
自分はどこの誰かもわからない人に連れ去られる。
その恐怖から逃れようと辺りを必死に見回すと、奇跡か否か、裏通りを歩く人を見つけた。
タバコを吸いながら一息ついている男性と目が合い、自分が今誰かに攫われそうになっていることを伝える為に必死に手を伸ばし助けを求める。
しかし男性は一瞬驚いた目でこちらを見るも、直ぐに目を逸らし、そそくさと逃げていく。
まるで今の光景を見ていなかったとでも言うように
その姿に絶望を感じたアマンダの視界は突如真っ暗となり、そのまま担ぎ上げられ、どこか薄暗い所へと連れて行かれた。
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「うっ……」
ドサリと乱暴に地面に置かれ、視界を覆っていた布が外される。
どこかの建物だろうか。
廃墟となった不気味な雰囲気を漂わせるその場所は如何にも監禁場所に相応しい薄暗さがあった。
「こりゃまた粋のいい娘を連れてきてくれたな」
「今日は絶好調だぜ、若い娘を二人も捕まえられるなんてよ!へへ」
「どれ…」
頭上から男の声が聞こえ、そのうちの一人がアマンダの元へ歩み寄り、倒れている彼女の前でしゃがみこむ。
そして強引に彼女の顔を掴み自分の方へ向けさせる。
「悪くないな、相場は70万ベリーからか?」
顔に古傷を負った、如何にも悪そうな顔の男だった。
男の言葉から、自分は人攫い屋に攫われたのだとわかる。
そして今や闇の世界でしか許されていない人身売買にかけられてしまうことも。
「この調子でどんどんいけ、後二、三人は欲しいところだな」
「ハイ!」
そう言って男達は新しい獲物を狩ろうと外へ続く扉を開け去っていく。
薄暗い部屋に一人ポツンと取り残され、アマンダは売り飛ばされる恐怖に必死に拘束されている腕を自由にしようと暴れる。
(こんな!こんなところで……)
海賊しかいない絶望的な状況の中でやっと彼等を信じることができ、自分の身と命を引き換えにキッドやローに守ってもらうことで命を繋いだのだ。
それをこんな所で台無しにしてしまうわけにはいかない。
しかし縄がキツく縛られているせいで解くことが出来ない。
助けを呼ぼうにも口を塞がれていてくぐもった声しか出せず八方塞がりだった。
出来る全ての行動を塞がれ、アマンダは自分の運命を呪う。
(なんで…こんな目に…、私が何をしたの…)
外の世界は危険がいっぱいだ。
しかし、こうも立て続けに悲惨な運命が何度も訪れてはもう絶望しかない。
大海賊時代と言っても海軍や政府に基づく法で民間人の安全は守られている。
その為観光目的で島を渡る人達も少なくはない。
自分以外の何千、何万もの人が自国を離れ旅をしているというのに、何故自分ばかりがこのような目に合うのか
自分は好きで自国を離れたわけではないというのに…。
(どうして、誰も助けてくれないの…)
アマンダは自分が攫われそうになった時、たまたま裏通りを訪れた男性に必死に助けを求めたが男性は見て見ぬ振りをしてその場を去った。
直接助けるのが怖くても他に助けを呼ぶこともできたはずだ。
なのに、関わろうとすらしなかった。
それが堪らなく悲しい。
足は拘束されてなかったので、何とか窓まで辿り着き、外を見渡す。
どうやらどこかの廃墟ビルで、囚われているのは三階だった。
すると、見覚えの建物を見つけ、アマンダはハッとなる。
あの場所は、アマンダがキッドを探していた時に親子喧嘩をしている女の子を見つけた場所だ。
その時涙ぐんだ女の子と目が合い、その場を去ったが、あの時の違和感がようやくわかった。
あれは、親子喧嘩なんかじゃない。
あの時の女の子も自分と同様、人攫い屋に攫われていたのだ。
それに恐怖した女の子が、偶然その場を通りかかったアマンダに助けを求めて見ていたのだ。
それと同時に、先程アマンダを捕まえた時の男が言っていた言葉を思い出す。
【若い娘を二人も捕まえられるなんてよ!】
二人、というのはアマンダとその女の子の事だろう。あの時、アマンダは人攫い屋に攫われる無力な女の子を見ていたのだ。
しかし、アマンダはキッドを探したい自分の都合で彼女を見捨てた。
自分を見捨てたあの男性のように
「…………」
ドサリとその場に力なく座り込む。
自分の意思とは裏腹に涙が溢れてくる。
馬鹿だ
どうしようもない大馬鹿だ
気づかなかったなんて言い訳通用しない。
自分のその行動で、女の子は連れ去られたのだ。
その恐怖は自分が一番よく知っている筈なのに
何をする事も出来ず、アマンダは只々涙を流しながらその場に座ったままだ。
自分はこれから何処かへ売られる。
そして奴隷の印を押され、人間以下の称号を与えられる。
故郷にも帰れず、店長にも会えず
そして、キッドとローにも会えないまま
「…………!」
無力な自分にはもう何も残されていない
唯一の命でさえ差し出せない
でも
(それでも、私は助かりたいっ…!)
どうしようもなく自分勝手だが、それでもこの世界を生き残りたい。
呆れられても、放って置かれても、それでも彼等に守って貰いたい。
【アマンダ、こんな世の中だ。海賊だけじゃない、私達市民を守ってくれるはずの海軍や世界政府だって、自分達の都合で私達を様々な不条理から見捨てる時もある】
随分昔の事だが、店長から聞いた言葉を思い出す。
【世の中弱肉強食だと、強い弱いで物事を判断する輩が増えてきている。だが人生を左右するのは何も強いか弱いかの問題じゃない】
【私達無抵抗な民間人が荒れ狂うこの大海賊時代の中を生き残るためには、その渦に巻き込まれないよう避けるのが一番だ】
【そういう奴らとは関わらない、常に一線を引いて身を守る。それしか選択肢はないんだよ】
それは、海賊達がBARに訪れ酒を沢山飲んだにも関わらず代金を払わず帰ろうとした為、アマンダが注意をした時だった。
酒も回っていたため、彼女の言葉に気を悪くした船員の一人が彼女に殴りかかろうとしたのだ。
それを庇って代わりに店長が殴られ、彼はその場に跪き、謝罪した。
それに気を良くした海賊達は結局一銭も払わず出て行った。
その事に納得が行かず問い詰めたアマンダに店長が言い放った言葉だ。
あの時は店長の言っている意味がわからなかったが今その言葉一言一言がアマンダの胸に突き刺さる。
その後は海軍に連絡を入れ、その海賊達は捕縛されたが
【彼等に平和を好む私達の気持ちなどわからない。でもそれでいい。少なくとも私は、アマンダが平和なこの町で平和に暮らして、平和な家庭を築いて欲しいんだ】
(店長………)
平和な世界に帰るためにも、アマンダはまずはこのビルから出る必要があった。
しかし、腕は依然と拘束されたままで、口も塞がれた状態だ。
このような廃墟のビルに用がある人なんていないだろうし、いたとしても塞がれた口じゃ助けも呼べない。
だが、アマンダはふとあることを思い出す。
(ここは、廃墟のビルだ…)
辺りを見回しても、どこもボロボロでコンクリートも錆びていた。
だが、逆に廃墟だと、どこかに窓が割れた破片や尖ったものがどこかに落ちているはず。
アマンダが縛られているのは縄なので、破片を使えば切れるはずだ。
ソレは意外にも早く見つかり、丁度座り込んでいた窓のが割れており、破片は見つからなかったがガラスは割れたせいで所々が尖っていた。
アマンダはその尖ったガラスの部分に上手く態勢を合わせ、後ろ手に拘束されている縄にくい込ませ切ろうとする。
下手すれば皮膚も切ってしまいそうだがそれに恐怖している場合ではない。
「………!」
徐々にだが、ブチブチと縄が切れていく音が聞こえ、最後の方では、ガラスがなくとも腕を左右に引っ張っただけで簡単に切れた。
自由になった手で口に塞がれたガムテープを剥がす。
(やった!)
アマンダは男達が帰ってくるまでには此処を出なくてはと思い、窓から外へ出る方法を探す。
すると、手が届くところに排水管があり、それを伝って地面へと降りる。
外は雨が降っており、そのせいで滑りそうになるも何とか怪我なく地面に降りることが出来、そのまま海岸へ向かって走り出す。
先程外を見渡した時女の子が誘拐された場所の建物を見つけたので、その場所を軸に走っていけば海岸へ着くはずだ。
雨で滑りがよく、転びそうになるも必死に耐え一直線に走り出した。
「あっ………!」
走って走って、体力が持ちそうになかった時、攫われる前と同様、もう辺りが暗くて寒気がしたが、青暗い海が見えた。
もう出航してしまっているだろうか。
ローやキッドは以前天竜人に手を掛けたと聞いているため、彼等が滞在しているこの島に居たくないと思いもうアマンダを放って出航してしまっているかもしれない。
しかし、僅かな可能性にかけて、アマンダは海へ向かう。
(もう少し、もう少し……)
助けを求めた所で、天竜人のいる町で目立つ行動はしたくないと見て見ぬ振りをされるかもしれない。
それどころかローを放って迷子になったのを咎められ見捨てられるかもしれない。
でもどれだけ悪い可能性を考えても彼等に縋るしか方法はなかった。
もうすぐ裏通りを抜け、海岸まで辿り着く。
それも時間の問題だった。
しかし
「あっ……!」
途中、道端に転がる石に躓き転びそうになるも、何とか先に手をついて怪我を免れる。
その一瞬の遅れが、アマンダを再びピンチに追い込む。
道端に膝をついたアマンダの前に一つの影が差し掛かる。
疑問に思って後ろを見た瞬間、彼女の身体は戦慄が走った。
「残念だったなァ嬢ちゃん、逃げ切れなくて」
そこにいたのは、あの時アマンダを攫った人攫い屋の二人だった。
アマンダは急いで立ち上がり海岸まで走ろうとするが、その腕を掴まれ彼等の元へ引き寄せられる。
そして、あの時と同様口を塞がれ、またあの廃墟へと連れていかれそうになる。
アマンダは手を拘束されそうになるのを必死に振り払い、口を覆う男の手を歯で噛んだ。
「ってェェ!!」
男が突然の痛みに手が緩んだと同時にその身体を押し男達から離れる。
だが、もう一人の男が素早く彼女の腕を掴んで引っ張る。
アマンダはそれにも必死に抵抗し、涙ながらに大きな声で助けを求める。
「いやっ!いやあぁぁ!!助けてっ!!ローさん!!キッドさん!!助けてください!!!」
「てめェ暴れんじゃねェ!!」
雨の音で声が掻き消される恐れがあったが、そんなことも気にせず、アマンダは襲いかかる男達に必死に手足を使って暴れながら姿の見えないローやキッドに縋る。
「離してっ、いや!キッドさん!ローさん!!お願いっ!!助けてぇ!!!」
「うるせェ女ァ!!商品が口煩くギャアギャア喚くんじゃねェ!!」
「うるさいっ!私は商品なんかじゃないっ!!ローさん!!キッドさんっ!!!」
必死に抵抗を繰り返し、その手が男の頰に当たり、怒った男は拳を振り上げアマンダに殴りかかろうとする。
「…………っ!!」
それに怯えて、目を閉じ必死に痛みに耐えようとするが…
ドン
「ぐああっ!!!」
突然アマンダに襲いかかろうとした男が肩に血を流しながらその場に蹲った。
いつまで経っても痛みが襲いかかってこないことに疑問を持ち、目を開けると、そこには血を出した肩を抑え苦しそうにしている男と、その先には
「あ……ああ……」
「ったく、面倒かけやがって」
赤い髪
強靭な身体
鋭い眼光
そこには、男を打ったであろう銃を向けながら此方を睨みつけているキッドの姿があった。
やっと会えた
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