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Vision And Memory③
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突然男の首を跳ね飛ばすために刀をあげていた腕に何かが絡まる。
それは、女性らしいか弱い力と白い手。
ロー自身からしてみれば簡単に振り払えそうな手だが、彼はその動きを止め、制止をかけたアマンダの方を見る。
「……放せ」
「ごめんなさい、でも……」
ローの鋭い眼光に睨まれ怯えるもアマンダは今のローを見ていられなかった。
今のローは、怒りが心頭している中に、僅かに悲しみも入っている気がしたからだ。
「なんでこんな奴を庇う、お前さっきまでこいつにされた事もう忘れたのか?」
「忘れてません、けど…もうこれ以上は…」
アマンダ自身、男を庇っているつもりなどなかった。
アマンダが庇いたいのは、ローだったからだ。
「こいつは殺す、お前を怖がらせたこいつを…」
「トラファルガー…さん?」
「二度もお前を死なせようとしたこいつの遺体は、バラして海に捨てる、死神には相応しい死に方だろ?」
そう吐き捨てるローの目はやはりどこか不気味なものを感じる。
完全に異常者の目だった。
人を殺すのが当たり前となっている目。
如何にして殺すか、より残虐な惨劇を味わせようか。
そういう目だった。
だがアマンダはローの言葉に違和感を感じていた。
「トラファルガーさん
……誰を見ているんですか?」
「………っ!!?」
ローの話は、完全に自分に向かったものではなかった。
自分のその先の、ここではない
どこか遠くを見ているような
アマンダの言葉で目が覚めたのか、ローの眼に映るのは目の前にいる彼女であり、妹ではない。
先程まで幻覚でも見えているのではないかと思えるほどラミの顔が映っていたのに、今はアマンダしか見えない。
違う
ラミではない
目の前にいる女は、ラミには程遠いくらい似ていない。
髪も、目の色も、肌の色も、全てが違う。
明るく無邪気な妹と違い、ローの目の前にいる女性は控えめで大人しい。
「………トラファルガーさん?」
ローは漸く、ラミではなくアマンダを見る。
それと同時に悲しい現実がローの心を突き抜ける。
ここにいるわけがない
ラミはもうこの世にはいない
その真実が、ローの目を覚ました瞬間だった。
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その後は男の首は繋がったまま能力を解除して海へ投げ捨てた。
マストは大損害を受けたが、船大工によると治せないほどではないとの事で、本当は海図の解読が終わったら直ぐに出航する予定だったが2日間停泊をすることにした。
夜になり、船員達がBARで女と飲みに行ったり居酒屋に行って楽しんだりしている中、ローはシャチ達から誘われつつもそんな気分ではないため船に残ることにした。
島に降りるベポ達を見送った後、ローはしばらく星空を眺めていたが、急に気温が下がってきたため自室に戻る事にする。
途中廊下を歩いていると、少し離れたところで何やら焦っている様子のアマンダを見つける。
よく見ると、ワンピースの胸元にあるファスナーに髪が絡まってしまい何とか解こうとしているようだ。
しかし、どうにももたついているアマンダにローは溜息をつきながら彼女の元へ歩み寄る。
(あれ?違うな……こうかな?……あれ?)
解こうにも次々と髪が絡まって思い通りに解けてくれない。
試しにファスナーを少し開けてズラしても根元から絡まってしまっているためやはり頭皮が引っ張られて痛いだけである。
どうしようかと困惑していると、突然目の前に影がささり、後ろを見ると、自分を見下ろしているローがいた。
彼も船に残っていたのかと思うと同時に、恥ずかしい姿を見られてしまった羞恥で挨拶も忘れあたふたしてしまう。
ローはそんなアマンダを見て、彼女の胸元に手を伸ばす。
絡まった髪とファスナーにローの手が置かれた瞬間驚くアマンダだが、そんな彼女を気にすることなくローは器用に一つ一つ髪を解いていく。
「……じっとしてろ」
「あ………」
頭皮が引っ張られる感じもなく、髪を傷めつけないよう丁寧に解かれる。
ローの指に自分の髪が絡まるのを見て心臓がうるさいほどドキドキと高鳴るのをローに聞かれていないか心配するアマンダ。
(すごい…どんどん解けていく…)
複雑な経路で絡まっているにもかかわらず、一本一本丁寧に解かれていく自身の髪。
初めからその経路をわかっているかのように、ローは迷うことなくスルスルと解いていく。
まるで知恵の輪を難なく解いているよう。
やがて最後の髪が解かれさらりとアマンダの髪がファスナーから離れていく。
決してその時間は長くはないはずなのに、何故かどっと疲れが出てくる。
「あ、ありがとうございます……」
「…………………」
「あ……の……」
絡まった髪を手に持ちじっと見つめるロー。
決して自慢とは言えない自分の髪をそこまでまじまじ見られると恥ずかしい気持ちが湧いて来る。
枝毛でも見つかったのだろうか、傷んだ髪の女性は嫌いなのだろうか
どうしようもない緊張感がアマンダを再び襲う。
しばらく沈黙した空気が続く中、ローの方が口を開いた。
「髪、また結ぶのか?」
突然の質問に思わず目を見開くアマンダ。
今日はもうお風呂に入った後なので特別結ぶ必要もないのだが、どうにも最近船の中が蒸し暑く感じた為今日は髪を結ったのだ。
お風呂の後に髪を結ぶとその型がついてしまうため極力避けたいのだが、アマンダは就寝するまでは髪を結って少しでも涼しくしようと思っていた。
「あ…はい。暑いので一つに纏めようかと…」
どうしたのだろうか。
アマンダが髪を結ぶ事がローにとったらそんなに不思議なことなのだろうか。
それともただ自分に話しかけてきているだけなのだろうか。
後者はまずありえないだろうが、もしそうなら自分に僅かでも興味を持ってくれて嬉しい気持ちになる。
しかし、ローの表情や雰囲気からどうもただの雑談をしているようには思えない。
ローは未だアマンダのひと束の髪を指に絡めながらその髪を見ている。
その様子を緊張した状態で見ていると、突然口元を歪めた彼が言葉を放った。
「……おれが結ってやろうか?」
「………えっ!!?」
信じられない言葉がアマンダの耳を通る。
聞き間違いかと思われるほど意外な言葉に動揺を隠せない。
ローが女性の髪を結うなど想像もできない出来事にアマンダは狼狽える。
なんて返事を返せばいいのか迷っていると、ローはその様子が面白かったのか馬鹿にしたように鼻で笑う。
もしかして、からかわれたのだろうか。
「動揺しすぎだ馬鹿、そんなに意外か?」
「え…だ、だって…」
「……まァいい。取り敢えずお前の部屋に行くぞ」
アマンダの隣を通り過ぎ、スタスタと迷いなく彼女の部屋に行くロー。
どうやらアマンダの返事を待たなくとも彼は結いたいらしい。
あまりの急展開についていけずその場でオロオロしつつも取り敢えずローの後を追うアマンダ。
今日の彼は本当に読めない。
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自分の部屋のはずなのに見知らぬ人の家に上がり込んだような緊張感が襲う。
半分疑いつつもローの後を追うと、やはり彼向かったのはアマンダの部屋で、彼女に入るよう促すと自分も何のためらいもなく入った。
まずはお茶を出すべきかどうか迷っていると、行動の早いローによって鏡の前に座るよう促される。
アマンダの為に作られた部屋は彼女が身支度をしやすいよう鏡が貼り付けられた机があり、その下の小さな引き出しの中には髪をまとめる櫛やゴム、ピンなどが揃えられていた。
寝る前に片付けようと思っていたので机の上に出しっ放しにしていただらし無さに恥ずかしさを隠せない彼女の様子を気にすることなく、ローは机の上にあった櫛をとる。
「前を見てじっとしてろ」
椅子に座らされ未だに信じられない様子で視線をあちこちに焦点を当てるアマンダだったが、それを諌めるローの声がとても落ち着いていて、その雰囲気に呑まれる。
さっきまで慌ただしい様子だったアマンダもローの声に落ち着きを取り戻し、目の前にある鏡に映る自分を見る。
自分の後ろにローが鏡ごしにこちらを見ているのがわかり、その姿に心臓が脈を打つ。
やがて彼の手がそっと自分の髪に触れ、驚くほど繊細な手つきで櫛を使って髪を二つに分けられる。
てっきり一つにまとめるのかと思っていたアマンダは彼がツインテールに拘っている事に驚く。
それは、思わず彼が海賊であることを忘れてしまうかのような優しい手つきに胸が高鳴るのを抑えられない。
昔の恋人か誰かにやっていたのか、もともと手先が器用なのか、ローの指は綺麗にアマンダの髪を絡め取ってアレンジされていく。
ローはアマンダの髪を触りながら、昔このようにして妹の髪を結っていた記憶が蘇る。
あの頃は不器用で力加減がわからず、髪を二つに結うだけでも苦労していた。
ちょっと力を加えただけで髪を引っ張ってしまう為それでよく妹を泣かしてしまっていた時を思い出す。
悪気はなかった。
ただ、通っていた教会の生徒の一人が女の子に髪を結っていたのを見てラミが羨ましそうにしていた為彼女の為を思ってやったのだ。
しかし、上手くいかず結局泣かせてしまった為罪悪感に浸っていると教会のシスターがそんなローに優しく微笑み髪の結い方を教えてくれた。
そしてラミに謝り再度彼女の髪を結うと思った以上に綺麗に仕上がりとても喜んで貰えた時が頭を過る。
それを見ていた母親が微笑みながら「私もローに髪を結ってもらいたいわ」と言われた為、最高の仕上がりにする為にシスターから色んなアレンジ法を教わった。
だが結局その技術を母親に見せる事は叶わず、ラミが病気で倒れ、治療法も何もわからないまま政府の手先によって悲劇を植え付けられたのだった。
「……………」
【焦ってはダメよローくん。三つ編みはね、こうやって人差し指を絡めながら…】
サイドトップの髪を一束取り丁寧に三本の指を使いながら編み込んでいく。
普通に二つに結ぶのかと思いきや、編み込みをしてくるローに、アマンダはやはり昔か今もいるのか、恋人に髪をいじっていた経験があるのかと確信する。
器用にアマンダの頭皮に痛みを感じさせる事なく編み込みを完成させていくロー。
緊張していたアマンダもこの落ち着いた動作に心休まり、そっと彼に身を委ねる。
心穏やかな空間が二人を包み込んでいく。
ローは最後まで編みこむのではなく、毛先を長めに残して、高い位置で編み込みをやめ髪をゴムで結ぶ。
編み込まれた髪を軽く崩し柔らかく仕上げる。
そんな知識もあるのかと驚くアマンダ。
彼が女性雑誌を読むとも思えず、恋人に教えてもらったのだろうかと考え込む。
髪を結っている時のローはとても様になっていて、心臓が鼓動を打つ。
何かを懐かしむような優しい眼差し。
決して自分に向けられたものではないと知りながら、あの悪名高い海賊の表情とは思えないほど綺麗に見える。
その視線は自分を通して誰を見ているのだろう。
昔村にいた恋人だろうか。
海賊になったのだからもう別れてしまったのだろうか。
その恋人にはまだ未練があるのだろうか。
そんな甘酸っぱい思い出もこの海賊にはあるのだろうか。
そう思うと自分を見るローの眼差しに何だか居たたまれなくなる。
「何惚けてんだ、これでいいだろう」
ローの言葉でハッとなるアマンダ。
どうやらアレンジを終えたようだ。
その言葉に正面にある鏡に映る自分を見てみると
「わぁ……」
可愛くも大人の女性の雰囲気を漂わせる髪型。
サイドトップから編み込まれ、僅かに崩されたラフ感がそう見えさせているのだろう。
思った以上に拘りのある髪型にローの意外な一面も見れたのも相まって思わず感歎の溜息が溢れる。
「…………………」
鏡ごしにアマンダの控えめな笑顔を見て、ローはその笑顔に釘付けになる。
シスターから教わった技術で本来なら母親にしてあげるはずだった髪型。
それを、人質として誘拐した捕虜にやってあげるなんて想像もつかない出来事だ。
顔を左右に傾け編み込まれた髪を触りながら観察するアマンダに、自分の母親もこんな風に喜んでくれただろうかと思い出に浸るロー。
すると、先程まで自分の髪を触りながら鏡を見ていたアマンダがローの方を振り返り、お礼を言った。
「あの、ありがとうございます。
トラファルガーさん…………」
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