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再会、そして。
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凄まじい風の音が耳を塞ぐ。降りかかる雨粒はまるで針のように身体に叩き付けてくる。そんな荒れ狂う嵐の海にサモンはいた。
二頭の巨大海獣が激しく衝突する。同一存在でありながら、過去の自分と現在の自分が傷付け合う。
そんな姿をサモンは複雑な胸中で見つめた。
(過去のテュポーンだとしても・・・)
下手をすれば死んでしまう可能性もある状況下であっても、サモンは傷付けたくないと甘い考えを捨てられなかった。
倒さなければならない。それも分かっている。分かっているが、サモンには目の前の過去のテュポーンが、苦しんでいるように見えたのだ。抗えない悲しみと、現在の自分に向けた憎しみ、どうしようもない感情に掻き乱され振り回されているような、酷く痛ましい叫び声がサモンの心に響いた。
「・・・役割は『流者』、権能は『離断』!我が名において『銘』ずる・・・ッ出でよ、鉄刀迭尾!!」
止めなければ。サモンは叫ぶ。黒き暴風を倒すのではなく、助けるために。
◆◇◆◇◆
あの真夏の海洋冒険から数日が経ち、サモンは平和な日常を謳歌していた。今日は待ちに待った臨海学校の一日目だ。楽しみにしていた臨海学校で仲間との絆を深め合う一方で、海を見るとなんだか心に引っかかるものがあった。つい思い出していたのはテュポーンの姿だ。
どうやら転光生の姿が消えてしまったとしても完全に消滅したわけではなく、縁によって東京にいつかまた現れるようなのだが、結局あれからテュポーンには会えていない。
(どこかで元気にやってるなら良いんだけどな)
サモンは浜辺から見える赤く染まった地平線を眺め、太陽の眩しさに目を細めた。そして東京のどこかで陽気にナンパに勤しむ彼の姿を思い浮かべて、思わず笑みを零す。
その時、ぼんやりとしていたため今まで気付かなかったのか、近くに人の気配があることにようやくサモンは気が付いて、そちらをみるとシロウが立っていた。
「あ・・・えっと、サモン、どうかしたのかい?」
「・・・いや、夕陽が綺麗だなって思って。」
シロウは砂浜に座り海を見つめるサモンに声を掛けようとしていたが、夕陽に照らされたサモンの横顔に見惚れて声を掛けそびれてしまっていた。そこにサモンから逆に声を掛けられてしまい、シロウは少し気まずそうに暮れていく空へと視線を移し「そうだね」と小さく言葉を返した。
「・・・名残惜しいけど、そろそろ集合時間だ。みんなの所に戻ろう。」
「あ、もうそんな時間か。・・・なんだか一日があっという間だったね。」
にこりとシロウが笑いかけ、サモンへと手を伸ばす。サモンは差し出されたシロウの手を握り、引っ張られたままに立ち上がる。そしてサモンがお礼を言って手を離そうとした瞬間、引き留めるようにシロウが強く握り直す。
「ごっごめん、その・・・キミが嫌じゃなければ、このまま・・・っ手を繋いでいても良いかい?」
夕陽はもう地平線の向こう側へ落ちようとしているのに、シロウの顔が朱に染まる。サモンはなんだか気恥ずかしいようなくすぐったさに微笑みを返して、「もちろん」と頷いた。
そうして二人は手を繋いだままゆったりと浜辺を歩き、たわいのない会話をしながら、仲間達の元へと戻った。
その日の夜、肝試しや枕投げなど学生旅行ならではのイベントを存分に体験し部屋に戻ったサモンは布団に潜り、心地の良い疲労感と共に眠りについた・・・はずだった。
「・・・此処は、一体・・・」
辺りを見回せば真っ白な砂浜、広がる限りの地平線、生い茂る草木と焼き付けるような日差し。
わけがわからない。確かに夜、宿の布団で眠ったはずだ。だと言うのにサモンは気が付くと海の見える浜辺に突っ立っていた。おまけにいつ着替えたのか記憶にないが、パーカーを羽織った水着姿、ついでにビーチサンダルも装備済みだ。
しかもどうやら此処は自分がいた葛西臨海公園ではないように見える。
(なんというか、すごく・・・大自然って感じなんだよなぁ)
動物の鳴き声が森の方から聞こえてくる。此処から見える範囲では、他の陸地も見当たらない。
スマホでシロウ達に連絡出来ないだろうか、とパーカーのポケットから水着まで調べたものの一向に見当たらない。最悪だ。置いてきてしまったようだ。
とりあえず此処がどこなのか知りたい。あるいは誰かに出会えないだろうか。そんな淡い期待をしながら、トボトボと浜辺を歩き出す。そうして暫く歩いてみたが収穫は何もない。
その上サモンの一人ぽっちの心細さに追い打ちを掛けるように強い雨が降り出してきた。
(どこかで雨宿りを・・・あれ?)
突風が吹きつける横殴りの雨の中、サモンは自身の視界に浜辺で倒れている何かを捉えた。
「・・・テュポーン?」
シャチのようなサメのような、見覚えのあるその姿に慌てて駆け寄ったところで、サモンは気付く。
自分の知っている姿にとてもよく似ているけれど、違う。その姿は傷だらけで怪我をしていて、体の大きさも記憶にある姿よりもずっと小さい。様々な考えがサモンの頭を過ぎるが、考える暇を与えないかのように激しい雨風が容赦なく二人を襲う。
(とにかく今は移動しないと。)
サモンは意識を失っているその身体を背負い、森の方へと歩みを進める。すると一軒の木造の古びた小屋を見つけた。雨宿りするにはちょうど良い。かなりボロボロな様子で到底人の気配は感じないものの一応ノックと、「お邪魔します」と一言添えてから、サモンは扉を開けて中へと入った。
室内の様子は、中央に囲炉裏がありその周囲にはござが敷いてある、休息所のようなかなり簡素なものだ。埃っぽいし所々雨漏りもしている、風が吹き付ける度に小屋全体が軋む音もする。とは言え、外装は中々年季が入っていたが、内装は想像していたよりも比較的ましと言える様子だ。外にいるよりずっと良い。
背負っていた身体を慎重に背から降ろし、ござの上に寝かせる。濡れたままでは体が冷えてしまう。サモンは着ていたパーカーを脱ぎ捨て、何かないだろうかと小屋の棚を物色するとタオルや手ぬぐい数枚を見つけた。そしてサモンはござに寝かせた身体から滴を軽く拭い、タオルを破って包帯代わりにして最低限の手当を行った。
(あのくそ分厚い臨海学校の旅のしおりが役に立つとは・・・流石シロウだ)
臨海学校へ行く前夜、サモンは折角シロウが作ったしおりを誰も読まない、というのもなんだか可哀想な気がして軽く目を通そうとしていた。その際緊急時のマニュアルとして傷の手当ての方法などが書かれていたページがあり、何気なしにそのページはちゃんと見ていたのだ。そしてなんだかんだ結局所々読み込んでしまって、気が付いたら朝になっていたわけなのだが。
「それにしても・・・」
今度は自分の身体をタオルで拭きながら、手当を終えた姿を改めてまじまじと確認する。記憶よりも小柄になっているその姿は、やはりあの昔のテュポーンだ。消えてしまったのではないのか、何故あんな所で倒れていたのか、何故際どいパンツ一丁なんだろうか、あとなんだか小さくてちょっと幼い印象があり可愛すぎやしないだろうか、と色々疑問が尽きない。
サモンは隣に座り、少し遠慮気味にテュポーンの頬に手を当て撫でてみる。
「う・・・っ?」
その時、テュポーンの目がうっすらと開き、数回瞬きをして焦点を合わせる。そしてサモンと視線が合った瞬間、サモンの手首を掴み、どこにそんな力があるのか強引に引っ張られたかと思えば、あっという間に股乗りになってサモンを組み敷いた。
「・・・俺に、何をしたんや」
「イタタ・・・テュポーン、傷の手当てをしただけだよ。」
「・・・」
「何もしないから、安心していい。」
一瞬の出来事に驚いたサモンだったが、気持ちを落ち着かせるように一つ息をついて信用して欲しいと、睨みつけるように自分を見下ろすテュポーンの目を見つめ笑いかける。テュポーンの目にも、己の腕に施された手当の跡が映った。
そして向かい合ったまま無言の時間が二人の間に流れ、サモンがテュポーンにもう一度声を掛けようとした刹那、テュポーンの身体から力が抜けてサモンの胸に倒れ込む。
「テュポーン!?大丈夫・・・」
テュポーンの寝息が聞こえてくる。どうやら眠ってしまっただけのようだった。サモンはほっとしてテュポーンをござの上に降ろして離れようとするが、しっかりと手首を掴まれたままで、動けない。サモンは仕方なくそのままテュポーンと向かい合うように横になり、ぼんやりとテュポーンの顔を眺める。
(みんな、今頃どうしてるかな)
小屋に叩き付ける雨音に耳を澄ませ、目を伏せるとシロウ達の顔を思い浮かべる。雨のせいで時間の感覚も分からず、今が何時かもわからない。突然いなくなってしまって、心配していないだろうか、そんな考えが浮かぶと段々と申し訳ない気持ちが沸いてくる。そうして暫くじっとしていると、雨風の音が聞こえなくなった。ようやく止んだようだ。そう感じて目を開くとサモンを射る金色の瞳とぶつかる。
「お前は、なんで俺の名前を知っとるんや?なんで俺を助けたんや。・・・放っておけば良かったやろ。」
組み敷かれた時と同様に警戒した表情ではあるが、反応を窺うようにテュポーンはサモンに話しかけた。そしてその様子から、あの嵐の中では小さすぎてサモン達に気付いていなかったのか、殺そうとしていたテュポーンしか見えていなかったのか、理由は定かではないが、サモンの事は記憶していない事が見て取れた。
それに気のせいか先ほどよりもテュポーンの身体が大きくなっている。以前テュポーンから、じっとしているとエネルギーが溜まり続けて、体が大きくなっていく、と言う話を聞いた気がする。それならばもしかしたら傷もゆっくり回復しているのかもしれない、とサモンはそんな事を考えた。
「テュポーンを放ってなんかおけないよ。」
「・・・なんでや。助ける理由はあれへんやろ。」
「上手く言えないけど・・・テュポーンはテュポーンで、」
目の前にいるテュポーンは過去の存在だとしても、今こうしてサモンに触れ、会話をして、確かに存在している。何故昔のテュポーンが此処にいるのか、それは分からないけれど、話している内にサモンの疑問はどうでも良いように思えた。
「私が助けたかったから、助けた。それだけだよ。」
「・・・分からへん。なんで・・・、・・・」
サモンは真っ直ぐにテュポーンを見つめ言葉を続けた。そしてテュポーンはそんなサモンの真摯な瞳に、眩しそうに、まるで泣き出しそうな程に弱々しく苦しそうに、瞼を閉じて、サモンの手を離した。
「・・・テュポーン?傷が痛む?」
「ちゃう。目の前の阿呆が言葉を失う程の阿呆で頭痛がしたんや。」
「辛辣!?」
相変わらず睨まれているものの、なんだかテュポーンの刺々しい警戒した空気が少しばかり和らいだ気がして、サモンは安堵した。
「さて、と。それじゃ、ちょっと外の様子を見てくるよ。テュポちゃんは安静にしてて。」
そう言うとサモンは体を起こして立ち上がり、脱ぎ捨てたパーカーを拾う。
「テュポちゃ・・・!?お前、っ」
突然ちゃん付けで呼ばれた事に動揺したのか、テュポーンは起き上がろうとしたが傷が痛み、眉間に皺を寄せて抗議の目をサモンに向ける。しかしサモンはテュポーンの形相を気にもせず、にっと歯を見せて笑いかけて、小屋を後にした。
そして小屋に残されたテュポーンは、サモンが出ていった扉を複雑な表情で睨み付けていたが、やがて視線を外し、ぽつりと呟いた。
「・・・、・・・・・・・・・・・けったいなやつやな。」
小さくか弱い者が、己に恐怖することもなく何故こうも平然と接することが出来るのか、テュポーンには理解出来なかった。自身は神に生み出された怪物だ。強大な力の前にヒトは畏怖するものではないのか。己はサモンの目に、どのように映っているのだろうか。サモンという存在はテュポーンにとって、全く未知の存在だ。だと言うのにテュポーンは、不思議とあの者に己の名前を呼ばれるのは、心地良い・・・そう感じているのだった。
◆◇◆◇◆
雨が上がったのは良いが、すっかり辺りは暗くなっていた。
外の様子を見てくるとは言ったものの、こう暗くてはよく見えない。多少木々の合間から月明かりが揺れるものの、草木の生い茂った森の中では些か心許ない。
それにお腹も空いてきたし、水分も補給したい。一旦浜辺に出て、少しでも明るい所からヤシを探そう。素人が簡単にヤシの実を取れるかどうか分からないが、まずはやってみなければ。
ついでにあまり腹の足しにはならないかもしれないが、浜辺で貝か、岩場を探して潮溜まりの小さなカニやエビを捕ってパーカーに詰めて小屋に戻ろうと思っていた。
サモンは道に迷わないように、その辺に生えているツルや草を毟り、木の見えやすい場所に巻き付け目印にする。そうしてサモンは浜辺の方へ向かって歩いていた・・・はずだった。
「・・・浜辺までこんなに遠くなかった気がする。」
安易な行動だっただろうか。自分なりに十分気を付けたつもりだったが、「もっと考えて行動を」「注意力が足りない」と口酸っぱいお説教が聞こえた気がした。
(しょうがない、諦めて戻ろう。)
グチグチと文句を垂れる姿が頭に浮かんでは、つい苦笑いを零し、その姿をぶんぶんと振り払ってから、サモンは来た道を戻った。しかし、やはり一向に小屋には戻れない。そしてその内何度も同じ目印を目にすると、流石に焦る気持ちが出てくる。恐らく、同じ場所をぐるぐる回っているのかもしれない。
(もしかして、此処・・・異界化しているんじゃ?そうなると・・・テュポーンが心配だ。)
どれほど時間が経っただろうか。早く戻らなければと思うものの、いくら歩けど辿り着けない。段々足も疲れてきた。海からそう遠くないためか比較的さらさらとした地面で、たまに足が捕られるのも疲れる原因の一つだった。
少し休憩しよう、そう思い足を止めた所で、草むらの揺れる音がこちらに近付いてくる。サモンは警戒し、神器を出そうとして・・・気付く。
(そうだ、スマホが、ないんだった。)
とはいえ無防備というわけにもいかない。周りを見て、近くに落ちている太めの木の枝を拾う。正直何の武器にもなっていないかもしれないが、何もないよりは良い。サモンは音がする方へ視線を向け、手にした棒を構えた。
ガサガサ、ガサガサ・・・
段々音がこちらへ近付いてくる。暗くてはっきりとは見えないが、かなり大きいシルエットが視界に入った。サモンが何か大きい動物だろうかと緊張感からゴクリと唾を飲んだ、次の瞬間にはその大きい何かは突如として目の前へと現れ、サモンが正体を認識するよりも早く視界を閉ざされ自由を奪い、背後の木へと叩き付けられ、背中の痛みに呻き声が漏れる。
少し柔らかくて冷たい感触、何かで目元を塞がれている。何も見えない。両手は頭よりも高い位置で押さえつけられている。目と同様の感触だが、びくともしない。唐突な強襲に拾った枝も落としてしまった。両足の間に何かが挟み込まれ、それに跨がった形になり足が地面につかない。
そんな身動きが出来ない最悪な状況であっても、サモンは暴れるわけでもなく何故か落ち着いていた。
(”この手”を私は知っている。)
サモンの記憶にある、人懐っこい笑顔で(恐らく本人は丁寧なつもりなのだろうが)大雑把にサモンの頭を撫でる、あの大きな手だ。
「・・・お前は、俺が怖くないんか」
苛立ちを含んだ、低く、唸るような声がサモンの耳元で聞こえる。だがサモンには、目の前の相手が、どこか怯えているようにも感じた。
「俺は、・・・宇宙を滅ぼした怪物や。」
「それでも、怖くないよ。」
目元を覆っていた大きな手がサモンの顎に添えられ、それによってお互いの視線を交わし合う。
海の波が静かに、浜辺の砂を攫っていく。耳鳴りするように波の音が、とても近くに聞こえる。
「だってテュポーンは、大切な私の友達だから。」
テュポーンはサモンの言葉を聞き、それから何かを堪えるように俯き、ゆっくりとサモンを解放した。その巨体が震えたかと思えば、突然豪快な声で笑い出す。その様子はまるで、サモンと共にあの夏を過ごした彼のようで、サモンは少しだけ驚いた。
「はー・・・まいった。ニンゲンにはとんでもない阿呆がおるんやな。」
「そんなにアホなつもりはないんだけどな。」
面白いことを言ったつもりもない上、何度も阿呆扱いをされ、サモンは少しむっとした顔を見せる。
「俺はお前の事をこれっぽっちも知らへん。今日出会うたばかりの、ただのニンゲンや。せやのに、なんでかお前の言葉は・・・・・・」
サモンの頭にテュポーンの手が添えられ、今までとは違う、まるで大切なものを愛おしむかのように、それでいて酷くぎこちない不器用さで、テュポーンはサモンの頭を撫でて晴れやかに笑いかけた。
「テュポーン・・・」
気が付けばテュポーンの大きさは通常の大きさに戻っているようで、サモンは見上げる形でテュポーンと向き合っている。こうして普通に動けると言うことは怪我も少しは回復したのかもしれない。そしてテュポーンの笑った顔を見ることが出来たサモンは嬉しい気持ちになり、笑顔を返した。
「・・・ほんで、お前は何してたん?」
「あ。えーと、浜辺に出ようとしてて・・・」
そうだった、と完全に森の中で迷ってしまっていたサモンは思い出したかのように周囲を確認する。
「浜辺やったら、すぐ向こうやで。」
「えっ!?・・・本当だ、さっきまで全然辿り着けなかったのに、どうして、」
サモンはテュポーンが指差した方向を見ると、木々の隙間から海が見えた。と、その一瞬、テュポーンの顔が近付き、柔らかいものが触れた。
「助けてもろて、ありがとぉな」
耳元で、テュポーンが低く笑う声がした。海の向こうの地平線から朝陽が揺れ、世界に光が溢れる。そうして、サモンの意識はそこで途切れた。
◆◇◆◇◆
「おぅい、サモン、朝だよー!・・・うーん、だめだ、全然反応ないや。」
「だーからあんな分厚い旅のしおりなんて読む必要ねぇって俺は言ったんだよ。すっかり寝不足になってんじゃねーか。」
リョウタがサモンを揺するが目を覚ます気配がない。ケンゴは呆れたようにため息をついて隣のシロウに視線を向ける。
「う・・・まさか徹夜して読むとは思わなかったんだ・・・だが、このままではサモンが朝食の時間に遅れてしまう。・・・エビル達、頼む。」
「ギィ、ギィィ!」
シロウは申し訳なさそうにしつつ、数体のエビル達を喚び出す。そしてサモンの布団を引っ剥がしては、乗ってみたり、飛び跳ねてみたり、くすぐったり、息を吹きかけてみたり・・・と各々自由にサモンの上で遊び始めた。当然そんな事をされれば嫌でも目が覚め、サモンは息を上げてシロウに助けを求めることになった。
「うう、私もうおヨメに行けない・・・」
「サモン、すまない!だ、大丈夫だ、俺が責任を持って・・・!」
ヨヨヨ、とサモンが棒読みしながら倒れ込み、ふざけてハンカチを噛む仕草をすれば、リョウタとケンゴはそれを見て苦笑いを零す。ところがシロウは真面目に深刻そうな顔で謝ってきたため、慌ててサモンは首を振る。
「ううん、寝坊した私が悪いんだ、気にしないで。起こしてくれてありがとう、シロウ。それにエビル達も。」
「ギィッ」
「サモン・・・!」
シロウはまったく悪くないのだ。明らかに夜更かししてしまった自分が悪い。サモンは苦笑して素直に謝る。
「・・・あー、でも、もし次があったら、もうちょっと優しく起こしてほしいな。」
「っああ、その時は任せてくれ!」
サモンはシロウの手を取って念を押してお願いした。出来ればあの起こし方は次は勘弁して欲しい。ものすごく、色んな意味で、苦しい。
「目が覚めたならさっさとメシ食いに行こうぜ!」
「僕もうお腹ぺっこぺこだよーっ」
リョウタとケンゴが会話しながら、部屋を出て廊下を歩いて行く。シロウもその後に続いて、廊下へと出る。
サモンも廊下へと行こうとしたが、ふと足を止める。そのまま何気なしに部屋の窓へ視線を向け外を見ると、海が見えた。夏らしい、青々とした空も見える。今日も良い天気で、天候が崩れることはなさそうだ。
だと言うのに、どこか遠くで、海鳴りが聞こえた気がした。
その音を聞いたサモンは、不思議と安心したような気持ちになり、自然と小さく微笑みを浮かべる。
「サモン?」
シロウが廊下からサモンに声を掛ける。
「・・・ごめんごめん、お待たせ。」
シロウの声に意識を戻すとサモンは止めていた足を動かし、シロウと合流して部屋を出て行く。
海の波音が、サモンの心に響く。
―また会おう、あの嵐の海で。そう言われた気がした。
END