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切なく溶けて
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真子のいる寝室までとてつもなく時間がかかった気分だ。一歩、一歩、そしてまた一歩。たった一歩がこれまで二人で過ごした分の重みがあるように感じて上手く前へ進めなかった。
ただならぬ気配をこの板1枚から感じ取れる。
一呼吸置き、三回ノック
コンコンコン…
中からの応答がない。
気づいてないのか、気づいてないフリなのか。
そっとドアノブに手をかけ、意を決して扉を開いた。
「し、真子…」
中を除くとベッドの上に仰向けになっている真子が居た。
中に入らなねば。
そう思っていても足が動かない。一歩踏み出したら、何が塵となって消えてしまいそうな気がして。
「立っとらんで、中、入ったらええやん」
私がいつまでも動こうとしないのに痺れを切らしたのか、早く入れと言ってくる。
もしかしたらもうずっと前から少しずつ塵になっていたのかもしれない。
何故か先ほどまであった恐怖は薄れていて、少し体が軽くなったかのように自然と足が進む。
真子が横になっているところから少し間を開けてベッドに座る。
スプリングの軋む音が妙に響いた。
「真子、あの、ごめんなさい」
膝の上で握りしめ合う手を見つめるしか出来ない私は今真子がどんな顔をしているかなんて想像がつかない。
「その、なんで真子が怒ってるのかわからなくて」
思っていることを冷静に1つ1つ丁寧に伝えていくことが今私にできる精一杯の事で。
喉に引っ掛かって出来そうになる言葉をなんとかして伝えることがこんなにも苦労するなんて思ったのはいつぶりだろうか。
「ここ、来てくれんか」
そう言った真子はベッドの上をポンポンしたのか、声をかけられた方に顔を向けると真子の隣が上から圧をかけられたように凹んでいた。
私は、少し軽くなったとはいえまだ恐怖という重さを持ち合わせた体を動かして真子の隣へ横になった。
お互い顔は合わせず仰向けのままだった。
しかし、暫くすると仰向けになっていた真子が、私の方へ体を向けそっと腫れ物に触るかのように抱き寄せた。
そして長い沈黙を破った。
「…すまんかった。」
真子の胸元に顔を埋められたため顔が見えないが、その声はとても苦しそうだった。
「杏が…いつかどっかに行ってしまうかもしれんって…最近ずっと考えとった…」
真子の腕に力が入り先ほどより強く抱きしめられる
私は、何も言わずただ黙って彼の言うことを聞こうと思った。
「黒崎と電話してるとこ見た時…全部夢やったんやって思うて……怖かったよな…ほんますまんかった…」
真子の体がほんの少しだけ震えていて、強く、強く、独りにしないでくれと言わんばかりに強く抱きしめてくる。
怒ってる理由などどうでもよかった。ただ彼が私のもとを去らなければそれでよかったのだ。
私はそっと掌を真子の胸元に当てそっと息を吐いた。
「大丈夫だよ。私は何処にも行かない。真子の隣じゃなきゃ嫌なの」
「ほんま…おおきに…」
そっと腕を背中に回して子供をあやす様に背中を叩くと、真子はほんの少し私から離れて、顔を私の方へ近づけると、そっと私の顔を両手で包み込んだ。
「俺の気持ちは変わらへん。杏だけや」
そっと私に口づけをした。
それは今でよりとっても愛がこもっていて
いつまで二人でいれるようにと願ってしまうほどに。