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3.
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夕暮れの中、たたずむ彼の姿をみた。
私はただそれを見つめることしかできない。
息をすることすら忘れてしまった。
隊主室前の廊下に、夕日が差し込む。ほんのりとした明かりが、ゆっくりと影をつくっていく。
彼は左腕を夕焼けの空にかざして目を伏せている。
自然と私の目が空を仰ぐ。綺麗な夕空。
このまま見つめていれば、きっと飲み込まれてしまう。私にはそれが怖かった。
「…副隊長」
意を決してその背中に声をかける。そうすれば、飲み込まれずに済む。
彼は我に返ったように目を開いて「ああ…」とため息混じりに答えた。
「通信の原稿が届きました」
「そうか、わざわざ悪いな」
そう云いながら私の手から原稿を受け取る。「いえ、」と呟いたきり私の口から言葉は出てこない。目線が自然と足元へ落つる。
黙ったまま、私の前にいる彼。
ゆっくりと視線を上げてみると、彼はまた空を仰いでいた。
「…なにを、していたんですか…?」
「ん?」
「さっき、ここで…」
やめて、と何かが叫ぶ。それでも、本能がそれを問うことを求めていた。
(ねえ、私になにかできないの?)
「ちょっとな…」と有耶無耶にする彼に「東仙隊長の、ことですか?」と云われたくないことであろうことを私の口は発する。
黙った彼に私は「…ごめんなさい」と無意識に謝った。
「いや、いい。あれ以来…他の奴等からしたら、触ったらマズいもん扱いだからな」
「…」
それから彼は独り言のように話をしてくれた。
自分が初めて九番隊の副隊長になって東仙隊長に挨拶をしにいった時のこと、
盲目であった東仙隊長が雲は出ているか、と彼に聞いた事。
その問いに答えるたびに、隊長がしていた表情のこと。
「その質問をなんでするのか、俺は訊こうとも思わなかった」
何を望み、何が正義であるのか 知らずとも信じてきた。
だから、それは俺の罪だ と。
「…罪…」
その一言が、私の肩に重くのし掛かった。
私は、罪を感じる者にかける情けなど持ち合わせていない。
私は、罪を持つ者にかける言葉など持ち合わせていない。
けれど、同じ罪のある者の気持ちなら 痛いほどわかる
「私は、東仙隊長のことは…よく知らないですけれど…とても優しい人だったっていうことだけは…知っていますから…」
後悔無しで償える罪など、世にあろうか
「東仙隊長は、救われたと 思うよ…自分の言葉に答えてくれる人がいるだけで…」
(自分のことを考えてくれている人がいるだけで)
償えない罪など、世にあろうか
それはまるで私が私に云う言葉のよう。私は本当に卑しい人間。
私が求めているような言葉。
「…だからっ、」
口から零れてしまいそうになる言葉の数々。
理性は云いたいことの半分も云えようとしない。
喉まで来た言葉は、口から出ることなく霧散する。
(一人で抱え込んだりしないでよ)
(あなたに罪はないのよ)
(あなたの痛みを私にわけてよ)
「…お前が、そんな顔する必要はないだろ」
呆れたような仕方のないような笑顔がそう云う。
無意識に俯いて「…ごめんなさい」と云うと「お前は昔からそればっかりだな」と呟く。
昔?昔って、もう覚えていないよ。
忘れたくて 忘れたくて
(忘れたくなくて)
ばさ、と原稿が落ちる音が背中でする。息が苦しい。
私を抱きしめる彼の腕は、何一つ変わっていない。
夕空が目に映る。
ああ、私は飲み込まれてしまうよ
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2010/10/09