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4.
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草の中に続く石畳。私はそれらが導く先に迷うことなく向かう。
手には白い花束、私の罪の証。
もうお昼休みの日課になっている、贖罪の日々。
どれだけこの日々を続ければ、私は君たちに償えるんだろう。
私は私でケジメをつけることができない。
彼女の墓の前で、話すことなんてなにもない。
私は自分の思いを口にすることすら怯えている。せっかく、すきな人の傍にいられるのに
口に出したら今以下の関係になってしまいそうで、それが怖くて怖くて仕方がない。
「さっさと告白しちゃえばいいじゃない」という言葉を思い出す。
ほたるちゃんの言葉だ。その言葉の本心なんて、知らないはずなのに。
そんなのは、無理だよ といつかと同じ答えを心の中で呟いた。
その言葉を残して、隊舎へ戻る。
部屋へ戻る途中の廊下の角から、檜佐木さんが曲がってくるのを見た。
「…檜佐木さん…」
「こんなところに居たのか」
彼の様子から、私を捜していたようだった。
こういう時に限っていつも私は間が悪い。少し落ち込んだ。
「く、来るなら前もって…仰ってくだされば…」
「また…蟹沢のところか?」
「え?」
「お前…いい加減、蟹沢のことは忘れろよ」
「……なんで」
ただ、ただ、その言葉はあまりに残酷で
逃げ出したくて
背を向けて立ち去ろうとした私の腕を、彼の手が掴んだ。
「いつまで、引きずってるつもりなんだよ。お前」
ぐい、と掴まれた腕を引かれる。
私の顔を見た彼が、酷く驚いたような顔をした。
いままで、私はこんなふうに人を心から睨んだことなんて、きっとなかった。
暖かい彼の手を、ずっと すきだった彼の手を、いつか握りしめてくれた彼の手を、私の手が振り払う。
「…なんで、檜佐木さんがそんなこと云えるのよ!?貴方にとって、ほたるちゃんは唯のクラスメイトだったかもしれない、だけど」
忘れろなんて、彼だけには云われたくなかった。
あの日、あんなことにならなければ
あの日、実習なんてなかったら
あの子は死ななかったかもしれないのに。
「私にとっては、たった一人の親友だった…!」
なんで死んだのがあの子なの。
「それなのに…っ、酷いよ…!」
修兵が、二人を見殺しにしたんじゃない。
その言葉だけは、考えたくなかった。
六回生だった三人が一回生の実習に引率で行って、生きて帰ってきた六回生は彼一人だった。
無事に帰ってきた彼を、誰も責めなかった。勿論、私だって。
だって、彼を愛していたから。
生きて帰ってきてくれて、よかったと思った。
本当に酷いのは、私のほうだ。
一瞬でも、彼が死ななくて良かったって思った。
死んだのが修兵じゃなくて良かったって思った。
どうしたって、その罪は洗い流せない。
彼は黙っていた。私の文句を黙って聞いていた。
ただ、ただ、辛そうな表情をして私を見ていた。
彼をそこにおいたまま、背を向ける。
周囲が怪訝な目で私を見る中、部屋へ戻る。
書類の入った箱ごと机の上を一掃する。
心の中で何度も謝った。
人を傷つける言葉しか出てこない自分が、悔しくて口惜しくて仕方なかった。
「ごめんなさい」ばかり口癖のように云ってた、あの頃が懐かしい。
どうしたって、あの日々には戻れない。
しばらくの時間、そうしていた。休憩の時間が、いつの間にか終わっていた。
床に散らばった書類。この部屋には、私以外の誰もいない。
自分で散らしたものを自分で片付けることほど惨めなことはないと実感した。
どうしても、今日中に隊長に提出しなければならない書類。彼がいる部屋へ向かう。
扉を叩いたが返事はない。留守かと思ったときに、カタカタと扉が小刻みに揺れる。
そっと開いて覗くと、そよ風が吹き抜けた。私の好きな春の匂いがした。
案の定、部屋には誰も居なかった。
整然と片付けられた机の傍らには、書類の山が左右に置かれている。
右は判を押した書類。左は判を押していない書類。
手に持っていた書類を左の山に載せて、右の書類の山に手を伸ばす。
どうせ、これもどこかに提出しなければならない書類だ。
彼は副隊長と隊長二人分の仕事をしているのだ。
多少くらい、私たち下っ端が出しゃばったっていいだろう。
イスの裏を回ったとき、机の中央に置かれたそれを見て息が止まるかと思った。
ヨレヨレになった小さな紙切れ。
四人の男女がこっちに向けて笑っている姿。
真央霊術院の制服を身に纏って、薄桃色の花びらが舞い散る中、笑っている四人。
その写真の皺は、書類や本棚の奥に入ってしまった紙切れのような皺の寄り具合とは違う。
山折り谷折りの折り目は、すり切れて写真の上に白い線を描いている。
私が持ち歩いている写真と全く同じすり切れ具合。
だけど、その机に置かれた写真は、私のものではない。
「…修兵……っ」
私は、本当に酷いヤツだ。
誰より、なにより、一番辛いのは彼のはずじゃないか。
机の端に両手をついたまま、地面に座り込む。
滲んだ視界を、地面に向けて涙がこぼれ落ちる。
カタカタと扉が小刻みに揺れた。
そよ風が吹き抜けた。私の好きな春の匂いがした。
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2011/06/17