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5.
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写真があった。たった一枚、約束の破片。
もうあなたは忘れたでしょうか。私がまだ、誰かと笑いあえていた頃。
それもまた、春の日のこと。
真央霊術院の中央通り。四季折々 花を咲かすそこは、私のお気に入りの場所だった。
足下の桜の花びらを見ながら、ベンチに腰掛けて足をぱたぱたと動かす。
「綺麗に咲いたわねー」
「ほたるちゃん」
顔をあげると、寮で同室のほたるちゃんの姿があった。
彼女はいつも読んでいる本を片手に、私の隣に腰掛ける。
「いつもこの時間どこ行ってるのかと思ったら、こんなところにいたのね」
「うん、ここの桜が好きで…」
「春になると、いつも来てるの」と云うと、彼女は微笑みながら「そう」と呟く。
私はその微笑みが、だいすきだった。姉妹なんていないけど、お姉さんのようで。
学年があがってクラス変更で孤立していた私に初めて声をかけてくれたのはほたるちゃんだった。
心の拠り所とでもいおうか。友達なんてろくにいなかった私を、彼女は親友だといってくれた。
だいすきな親友
「そういえば、檜佐木くんと青鹿が捜してたわよ」
「えっ?ど、どこで?」
「さっき教室前の廊下ですれ違ったわ。まだいるんじゃないかしら?」
彼女の言葉を聞いて、立ち上がる。
「ちょっと行ってくるね」と云うと、彼女はあの笑みを浮かべながら「ココで待ってるわ」と手を挙げた。
少し行ったところで振り返ると、彼女は手に持っていた本に目を落としていた。
彼女の言葉通り、二人は教室の前にいた。
「修兵、青鹿っ」
「言ノ葉、捜したぜ」
「ったくドコほっつき歩いてたんだよ」
走っていったせいで、息切れして彼らの言葉に返事ができなかった。
とりあえず「ごめんなさい」といつもの口癖。
「ほたるちゃんから、二人が捜してるって聞いて…」
「担任が呼んでんだ。さっさと行くぜ」
職員室の方を親指で指さして、修兵が先に進む。
一年前に初めてあったときより、背が伸びてる。背中も広くなってる。
髪も伸びてる。目つきが、少し大人びてきている。
「…んだよ、人の顔じろじろ見て」
「え?」
彼が私を見下ろす。
慌てて私は「なんでもない」と彼の顔から目を逸らす。
彼は「変なヤツ」と ふ、と笑う。
喉の奥がぎゅ、っと潰れそうになった。
職員室へたどり着く。
担任の机の上は、相変わらず混沌としていた。
私たち三人の姿を見ると、「すまんな檜佐木」と彼に右手を挙げた。
どうやら、彼が修兵に私たちを集めるよう頼んだらしい。
担任の話を要約すると、新入生の現世での演習の引率を私たち三人に任せたいというものだった。
そのことを聞いて、無意識に「すいません、」と担任の言葉を遮ってしまった。
それはそうだ。修兵は成績もトップクラスの優等生。青鹿は剣術に長けている。
だけど、私は?なんで私?
そのことを問うと「日頃の頑張りだよ」と担任は笑う。
続けて「お前は自分で思ってるより伸びてるし、これからも伸びるだろうからな。大丈夫、大丈夫」と手をひらひらさせた。
「大丈夫大丈夫、って…」
私よりも優秀な子はいくらだっているのに。
腕を抱きかかえる。不安なときの癖。
ぽん、と背中を誰かの手がたたく。
顔を上げると修兵が私の顔を見ながら「大丈夫だ」と呟いた。
私が赤くなった顔を見られないように頷くと、担任が引率に関する資料を出してきた。
職員室をあとにして、傾き始めた太陽の光で橙色になりつつある廊下の中を歩きながら、三人でその用紙を見る。
担当するのは今年入ってきた一組の生徒、30名あまり。
実施日は半月後の朝10時より。引率の生徒は30分前に職員より説明を受け、演習生の名簿を受け取ること。
持ち物は個人の斬魄刀と、通信機、個人名簿(実施日に配布)、その他。…随分と曖昧だ。
「新入生って、どんな子たちなんだろうね」
「さぁな」
私の問いに修兵がそう答える。彼はその用紙をたたんで胸にしまった。
私も同じように三つ折りにして胸にいれた。ふ、と窓の外を見下ろす。
いつも見上げている、中央通りの桜がとても綺麗だった。
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2011/06/19