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6.
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中央通りの桜を見下ろしながら、ふと思い出した。
時計を見ると日暮れの時刻。
「ねえ、二人とも。桜、見に行こうよ」
「桜?」
「そんなの毎日見てるだろ」
つれない二人の手を掴んで「これからの時間、夕日ですごく綺麗なんだから」と引っ張る。
「わかったから手ェ放せよ」と青鹿が云う。
階段を下りながら、云われたとおり二人の手を放す。
玄関の目の前を東西にはしっている道が、中央通りだ。
さっきのベンチで本を読んでいるほたるちゃんの背中を見つけて、芝生を突っ切る。
「ほたるちゃん」
「あら、三人ともお揃いで」
そういって私たちを立ち上がって振り返ろうとする彼女を、無理矢理に前を向かせて背中を押す。
彼女が首を傾げた。勿論、後ろの二人も。
ベンチから中央通りの真ん中に出る。
そうして東に伸びる桜並木を指さす。
「あら…」と彼女が呟く。私の後ろで青鹿が「おお」と声をあげた。
「ね、ほら!綺麗でしょ?」
薄桃色の花びらが、夕日の橙色を浴びて薄い東雲色に染まっている。
私の一番好きな色。
「綺麗ね…」と呟いたほたるちゃんが、何か思い出した顔をする。
そうしてきょろ、と周りを見回して青鹿の背中を押す。
「え?ほたるちゃん?」
「ちょっと待ってて」とウィンクして二人でどこかへ行ってしまった。
故意に青鹿をつれいていって、私と修兵の二人きりにしたのは云うまでもない。
彼が不自然を感じているのではないかと、顔を見てみる。
眩しそうに、その目を細めてずっと東の方を見ていた。
「…修兵…」
「ん?」
人は無いものを欲しがるという。
私に、この綺麗な東雲色は似合わない。似合わないから、だからこそ すきなのかもしれない。
一番すきなものを、一番すきな人たちと見たかった。
「ご、ごめんね…こんなことのために無理矢理つれてきて」
下らない、と馬鹿にされるかと思ってそう呟く。
彼はさっきほたるちゃんが座っていたベンチに座って「すげぇな」とただそういった。
「え?」
「こんだけ長い間ここに通ってて、こんな風景初めて見たな」
「…私、この時間のここの桜の色が、一番すきなんだ」
そう笑うと、彼は「そうか」と微笑んだ。
その笑顔も、声も、目つきも、仕草も、全部がすき。
私が安心できるものがそこにある。
「ねえ、卒業してもココに来よう?」
どこで何をしているかわからないけど、必ずココに来よう。
またこの通りで、この桜を見よう。
そう云うと、彼は見慣れない笑みを浮かべて「そうだな」と云う。
その笑顔が少し切なくて、もう逢えないみたいな笑顔で…
それが、夕日とか桜とかそういうもののせいなのかと思った。
「音色ー」
私の後ろからほたるちゃんの声がする。傍らには青鹿と、知らない女の子の姿があった。
蟹沢さん曰く、彼女の後輩で写真を趣味にしているらしい。
「まだ間に合うわね、早く撮っちゃいましょう」
彼女がそういって、東の空を背に私たち四人が並ぶ。
ほたるちゃんがおどけて私の肩を押す。右肩が修兵の左腕にぶつかる。
声を出さないように唇をぎゅっとしたとき、ほたるちゃんの後輩がカメラのシャッターを切った。
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2011/06/19