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10.
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九番隊舎裏。
真っ白な花が植えられている。白罌粟しろけしの花。
九番隊の隊章である白罌粟が、あたり一面に植えられている。
私はいつも、部屋の窓からそれを見下ろしていた。
誰が世話するでもないのに、白罌粟は咲いている。
まだ春だけど、桜の季節の終わるを告げる花。もうすぐ春が終わる。
いつも見下ろしている罌粟の花は、思っていたよりも背が高かった。
思っていたより綺麗だった。桜と同じくらい綺麗だった。
九番隊の隊章 白罌粟。
彼の口が云った、昨日の言葉。
わかってる。前をみないといけないのは、解ってる。
周りがみえてないわけじゃない。
私はいつだって、人にすがってばかりでいるのも解ってる。
泣くことでしか、自分を示すことができないのも知っている。
不器用なんてそんな可愛い言葉じゃない。
誰かが慰めてくれるのを当てにしていた、卑しいヤツ。
ふ、と顔をあげると遠くに人影が見えた。
「…檜佐木さん…」
そうか、この花畑はあの丘へ続いている。東仙隊長の友の墓がある丘。
戦いの前、檜佐木さと狛村隊長と東仙隊長の三人がいるのを、ほたるちゃんの墓から見上げたことがある。
彼は、一体そこで何を誓ってきたんだろう。
彼も私をみつける。
とても思い詰めた顔をしていた。哀しい顔をしてた。
昨日の彼が刻んだセリフがよぎる。
「通信の…予算についての資料を出しておきました」
事務連絡を告げると、彼は一瞬驚いた顔をしてそうして「ああ…」とため息のような相づちを打つ。
そうして「珍しいな、お前がここにいるなんて」と呟く。
傍らにあった白罌粟の花びらに触れてみる。
ふわふわとして、さわり心地がよかった。桜の花びらのようだった。
「罌粟の花はすきです」
薄桃色や東雲色、黄色や橙色の花が好き。
純白も、暖かい色も私に似合わない。
だけど、きらいにはなれない。
「…檜佐木さんは、卒業以来、ずっと九番隊でしたよね」
「ああ」
「じゃあ…九番隊の隊章の花の意味もご存じですね」
私は卒業以来、隊を転々としてきた。
『何も求めない』翁草の二番隊
『戦い』鋸草の十一番隊
そして、白罌粟の九番隊
「…檜佐木さんは、…もう忘れてしまったんですか?」
白罌粟の隊章に乗っ取って。
私は、今までいた隊の隊章に乗っ取ることはできなかった。
二番隊に行っても『何も求めない』ことはできなかった。
十一番隊に行っても『戦い』に死ぬことはできなかった。
二番隊からは、隠密機動に向いていないと云われ
十一番隊では、副隊長以外の女は一人。一人で生きることを取り戻した。
それはまるで、一人教室で佇んでいたあのころのように
「この花を見てれば…忘れられるかと思ったけど…私には、できないですね…」
出逢わなければよかったとすら思う。
楽しさも、嬉しさも、歓びも、喜びも 感情が溢れると、面影が浮かぶ。
淋しさも、哀しみも、憂鬱も、杞憂も 感情が溢れると、面影が浮かぶ。
教えてくれたのは、ほたるちゃんだった。
人を好きだと想う感情を教えてくれたのは、修兵がいたからだった。
貴方の隣には青鹿が、私の隣にはほたるちゃんがいた。
どうしたって、私が人間らしく生きようとすると記憶が、痛みが邪魔をする。
「もういい」と彼がいう。
もう一度顔を上げると、顔の左側に疵を持った彼が私を見ていた。
辛そうな顔をして、私を見ていた。
「お前が生きててよかった」
私がいつか思った言葉を、彼の口が云う。
だめだ、と思う。
「…やめ…てよ、そんなの…」
同じ罪を背負ってはいけない
この闇に堕ちてきてはいけない
「死んだのが、お前じゃなくて良かった」
「いやだ、聞きたくない…!」
彼に同じ罪を背負わせてはいけない
私がこの闇に引きずり込んではいけない
その言葉を、彼の口がいうことを
嬉しいと、救いだと思う私は また罪を犯したんだろうか。
彼が私の名前を呼んだ。
それすら、嬉しいと 懐かしいと思う私はどうして悪いんだろう。
「…厭よ」
私の声を聞いて、彼が哀しそうな顔を上げる。
やめてと、何かが 理性が叫ぶ。それでも本能がそう答えることを求めていた。
「…ひとりは、厭よ…」
一人は厭
暗いところにいるのは、もう厭なの。
貴方は、私と同じ闇に堕ちてこなくていい。
だけど、私を連れていってほしい。さらっていってほしい。
両腕を抱きかかえる。不安なときの癖。
俯いた私の頭を、そっと抱き寄せる彼の手はあのときと同じように温かかった。
学生のころより、また少しだけ背が大きくなってるような気がする。
それとも私が小さくなったのか。
今だけは、過去も思い出も、
記憶も、時間も地位も忘れていいような気がした。
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2012/06/15