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働かざるものなんとやら。
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20XX年 冬
寒さ厳しい今日この頃。特に外回りもしない仕事だし1日中パソコンとにらめっこしてる月曜日から金曜日。そろそろ視力低下した事認めないとなぁ…なんて思いながら定時でしっかりタイムカードを押し帰り支度をする。
「あれ!みょうじさんもう上がっちゃうの?」
げっ、残業は勘弁して下さい。もう予定もあるしタイムカード押したんで。
「えぇ、まぁ…」
「なんだー!今日合コン人数足りなくて来てもらおうと思ったのに〜!」
「あー…すみません、今日は予定あるのでまた今度。」
お先に失礼します、と部署を出てエレベーターホールでスマホを取り出しイヤフォンジャックに先日買ったイヤフォンを差し込みお気に入りの音楽を聴く。
合コンだったかちくしょー!いい加減彼氏作らないとまずいし若干の焦りはある。なんてったってクリスマスケーキの年齢。いちご変えなきゃ売れないパターンのやつ。周りはどんどん結婚していく。御祝儀代が馬鹿にならない。誰かに養って欲しいってのが本音。働きたくねぇ!!
今日は中学時代からずっと親友だったゆうじんのなまえとプチ女子会。あいつも今年結婚してなんだかんだ幸せそうで…。あいつの式だけは御祝儀弾ませようと思ってたらまさかの海外挙式だと聞いた時はど肝を抜かれた。
はぁ、とため息を一つ。
あ、ゆうじんのなまえが言ってたっけ、ため息つくと幸せ逃げるよって。うるせぇなぁもう。
前回会った時の話を思い出しニヤニヤする私はなんだかんだ幸せ者だなぁと思いながら会社を後に待ち合わせ場所の新宿にある店に向かった。
「あ!なまえこっちだよー!」
ブンブンと手を振るゆうじんのなまえ。指輪が眩しいのう。
「ごめん、お待たせ!定時きっかりで上がったんだけどいつもと違う出口に出て道に迷って…」
「だから迎えに行こうか?って言ったのに。と言うよりこの辺に住んでるじゃん。」
クスクスと笑うゆうじんのなまえを横目にコートををハンガーにかける。すると店員がドリンクを持ってきた。
「お待たせ致しました。シャンディーガフです。」
「あれ、いつの間に。」
「なまえいつもこれから飲むでしょ?だから先に頼んじゃった。」
「よく覚えてたね。ありがとう。」
乾杯、とグラスの音が響けば疲れたカラダに染み込むビールとジンジャーエール。この為に生きてる気がするよ…。
「なまえ、それで最近どうなの?」
「なにそのおっさんみたいな感じ」
「おじさん心配だよー、仕事は上手くいってるの?彼氏は出来たの?」
「…いや、まぁ…仕事は…そうだ。今日実験体になったんだよ。」
「え、大丈夫なの?その会社。」
「うーん、大丈夫だとは思う、よ。」
「…実験体ってなに?まさか臓器売買の為に肺取られたとか…角膜剥がされたとか!?」
「違うよ!怖いこと言わないでよ!!」
***
お昼前の事だった。私を呼ぶ上司の元へ行くと地下にある部屋に連れて行かれた。ついにクビか!?この前見積書ミスったか!?など額に脂汗をかきながら部屋に入る。
すると部屋には人が1人入れるカプセル型のベッドがあった。
「なんですかこれ。」
「過去や未来に行ける機械なんだ。」
「はい?」
なにその猫型ロボットの机みたいな話。
「簡単に言えばそんな感じだな。」
うぇ!?心の声漏れてた!?
「そこでみょうじ君に入って貰いたいんだ。」
「唐突にまぁ。なんですかそれ嫌です帰ります。」
「まぁまぁ、失敗してもなにも支障は出ないし30分くらいここに入って昼寝感覚で居てくれればいいから。」
「…もし成功したらどうなるんですか?」
「いつかの過去もしくは未来やパラレルワールドに行けるね。多分、そんな事ないと思うけれど。ただのベッドと思ってくれて構わないよ。」
「いつかの…パラレルワールド…って!!何のために作ったんですか!?こんなん作るならお給料上げてくれても…あ!いえ!」
「…」
「…入ります…」
上司からキツく睨みをもらい、渋々契約書に目を通す。えーと…え。失敗しても成功しても報酬貰えるの?ラッキー。250万!?
「あの…この250万て胡散臭いんですけど…」
「ならどうだね。」
封筒を手渡され、中身を見てみると大量のお札。やばい事に関わっちゃったかもしれない…でもここで帰ろうとすればなんか私死んじゃうかも…殺される!!!てかなんなのこの展開!!!意味わかんないじゃんなにこれ誰か下手くそ文字書きが適当にやってるみたいじゃん!!!!!!!やめてそーゆーの!!!!
息を整え、封筒をジャケットの内側にそっと入れる。
過去から現在に帰ってくる時は、その場で命を絶たなければならない。尚、過去の記憶は自動的に消されるが、過去の場所で関わった人々から記憶を消すことはできない。稀に過去に行く乙の記憶が残る事がある。
こちらの私物は最後に触っていた物のみ持って行くことが出来る。
…ほんとに胡散臭いなぁ。てか自殺しなきゃいけないの?なにそれ怖いなあ。やだなぁ…。
お金を貰った手前今更後に引けない状況だったので契約書にサインをし、恐る恐るカプセルに入った。案外いい空間かもしれない。上司がカプセルに蓋をし機械音と共にゴゥ…とカプセルの気圧が抜かれるのを感じた。
酸素カプセルみたいな感じか〜…あ、寝れる…失敗します…ように…
***
ピピピピ…とアラームの音で目覚めるとそこにはカプセルの蓋を開けて私を覗き込む上司がいた。
「…うーん、やはり失敗か。」
「え」
「成功したら、このカプセルは空になるんだ。が…居るな」
「はい、居ます。そしてなんかスッキリしました。」
「みょうじ君、入るなり寝ていたからな」
ははは、と笑う上司の手を借りてベッドから起き上がり靴を履く。
「くれぐれもこの事は誰にも言わないように。この事を知っている社員は私含め私の上司達とみょうじ君だけだ。もし、他の人に話したら…」
「話したら…」
「君も、その話を聞いた人も…」
ゴクリと生唾を飲む音が響き渡った感じがした。すると
「特に何もないんだが、まだ世間には広められない代物でな。情報漏洩に敏感だから私のクビが飛んでしまう。くれぐれも他言は控えてくれ。」
殺されるんじゃないかと思った!!びっくりさせるな!!と心の奥で叫んだが苦笑いをしてわかりました。とだけ伝え部屋を後にした。
後ろの方で低くクツクツと笑い声がしたが気のせいだろう。
***
まぁ、他言は控えるように言われたし?それにきっと250万なんて口止め料だろう…もっと貰っておけばよかったなあ…
「なんか、新作のゼリーをちょっと飲みまして。」
「へー!!なにそれ!」
「『お薬のめた〜ネ』ってあるでしょ?その新作の味。」
「あれ、なまえって何屋さんなの…」
「んー、事務員だけど。まぁ、色々あんのよ。」
ゆうじんのなまえが頼んだであろうおつまみが次々に運ばれてくる中、1人で悶々と葛藤していた。
いや、確かに仕事はなんだかんだ支障ないよ。あの実験体を抜かせば。給料安いけど安定はしてる。けど、今日臨時収入GETしたし明日は休みだから久々に服でも買いに行こう…。
「そーゆーゆうじんのなまえこそ旦那さんと上手くいってるの?」
「そりゃ勿論!新婚ですもの!」
ふふふ、と笑うゆうじんのなまえを見て今日は飲んでやると決意した。
****
「うげ〜、飲みすぎた…」
「まさかウィスキーのボトル空けちゃうとは思わなかったよ…」
「だってさー!!!もう10年以上の友人が結婚してさ!?めでたい事じゃんか!!!」
あれから暫くずっと惚気話を聞き、幸せそうなゆうじんのなまえを見てたらお酒が進んでしまった。いつもはザルと言われる私だが、なんだか凄く酔ってる。しかも悪い感じに。体調崩してるのかなぁなんて思いつつ駅に向かう。
「ごめんね、遅くまで付き合わせちゃって」
「ううん、こちらこそ。なまえと久々だったから楽しかったよ」
「旦那さんに私怒られちゃうかもなぁ〜」
「ふふ、大丈夫だよ。じゃあまた連絡するね」
改札口でゆうじんのなまえを見送って夜の新宿を歩く。会社近いし新宿に住んでみたはいいけど、駅から遠いんだよなぁ…。まぁ、それなりに家賃安い所選んだから当たり前か…
歌舞伎町をくぐり抜け細い路地をのんびり歩く。
すると急に目の前がチカチカと白い光が飛ぶ。やばい!と思った次の瞬間にゴミ捨て場に倒れ込んでしまった。鈍い音と共に意識が遠のいて行く。
***
あれからどれくらいたっただろう。頭の痛みと喉の乾きに耐えられず目を開ける。
あれ…私、あれからどうしたんだっけ…
起き上がるとどこかの飲食店のようだった。寒くないと思ったら柔らかい毛布が掛かっていた。
「おや、起きたかい」
煙をふぅ…と吐くと私を見た。
「あんた、どこのモンだい?随分綺麗な格好してるのにゴミ捨て場で酔いつぶれてるなんてみっともない。」
「…あ、す……せ…」
あー、声がかすれて出ない。何度か咳払いをしたものの完璧に酒焼けである。
「メンドクサイ!コレ飲メヨ!」
ドンッ!と猫耳の生えた女性から水を差し出され頭を下げ一気に飲み干した。
猫耳…か。まぁ、歌舞伎町だしそーゆーコンセプトだろうなぁと思いコップを置いた。
「…あの、すみません!ご迷惑掛けちゃったみたいで…」
「迷惑なんかじゃないよ。で、どこのモンだい?」
「あの、私キクラゲ企画のみょうじなまえと申します。」
「キクラゲ企画…?聞き覚えがないけどねぇ。私はお登勢。」
「私ハキャサリン。ヨロシクナ!」
「お登勢さん…キャサリンさん…えと…キクラゲ企画です。結構大きめの会社なんですけど…」
「ナンダ!エリート自慢カ!」
「あ!いえ!そういう訳では…」
時計をちらりと見ると8時45分…あーお礼はとりあえず帰ってから改めてしに来よう。今は帰らなきゃ。
「あの、お登勢さん。また改めてお礼させて下さい。一旦身の回り整えてから…ってあれ…」
ない!!バッグがない!!!!!
えええ!!ジャケットの内側の厚みに内心ホッとしつつもバッグが見当たらない!!!
「バッグ知りませんか!?」
「バッグ?そこのゴミ捨て場には無かったけど…」
店を飛び出しキョロキョロすると道いく人々がみんな着物を身にまとってる…なんで?と言うより見慣れた歌舞伎町でもないし、見慣れた路地裏でもない…ここ何処…
再び目の前にチカチカと白い光が飛ぶ
…あ…まただ…
その場でまた意識を手放した。
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