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幸せを最近感じましたか
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嫌な夢を見た。嫌な程体温が下がっているのを感じる。手がかじかみ、とめどなく流れる涙。一瞬本当に起こった事なのかそれとも夢なのか分からなくなる程鮮明な夢。勢いを付けて起き上がると、銀時の寝室の押入れで寝ている主人公の名前は襖を開け銀時の布団に駆け込む。
「…坂、銀時…!銀時、起きて…」
「ん、ァ…夜這いは勘弁してくれよ…そんな仲でもねェだろ…あ〜、頭痛てぇ…」
「ちが、よかった…、」
銀時の眠そうな二日酔いで気怠げな声を聞くとより一層安心たのか右腕に巻かれている包帯で涙を拭う。目を擦り銀時はその姿の主人公の名前を見て小さく溜め息をつき布団を捲りあげる。
「ったく…」
「…ん、すまない…」
ぼそぼそと言いながら布団に潜り込んで来る主人公の名前を見て、うなされたんだろうと察した。こちらを涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げてくる主人公の名前にドキッとしてしまい目を逸らす。
「なんだよ、さっさと寝ろ。俺ァ明日1人で仕事なの」
「…そうか。」
明日、珍しく主人公の名前は休みの為今まで溜まってたことを聞こうかと思っていたが昼頃、久しぶりに依頼の電話が入り行かなければならなかった。
「仕事終わったらちゃんと帰ってきてくれ…」
先程の夢を引きずっているかのように、不安そうな声でぼそぼそと言う主人公の名前。昔から話し方が変わらないなぁ、と、再び小さく溜め息をつくとそっと左手を握ってやる。握られた左手を握り返すと銀時の胸に頭を埋めた。
「今日だけだからな」
「分かってる、すまん…」
そう言うと銀時は空いた手で頭を撫でてやり再び眠りについた。
翌朝起きると、隣には主人公の名前が居なかった。ゾッとして起き上がり寝室を出ると味噌汁のいい匂いがした。一瞬だけ、ほんの少しだけ…いや、かなりびっくりした。主人公の名前が何処かに行ってしまったのではないかと。胸をなでおろし、台所に向かうと主人公の名前が朝ごはんを作っていた。
「ぎ、ぎ…銀時、おはよう」
「おはようさん」
まだ名前でよぶのは慣れて居ないのか言葉に詰まる主人公の名前をみて、頭をぽんと叩く。
「支度の邪魔だ」
「よく言うよ、甘ったれ」
ハッと顔を赤くし昨晩の事を思い出す。再び料理に取り掛かるとその姿をじっと見る銀時。視線に気が付き、照れくさそう料理をする主人公の名前。
「しかし、こんな事言うのもアレだけど器用だよなァ」
「ずっとだからな」
利き手でも無いはずの左手で包丁を持ち、包帯を取った縫い跡が痛々しい右手で人参を押さえるとリズムよく切っていく。
ふと銀時に目線を配ると、気持ち悪くないかと不安そうに言った。なんの事だかわからずキョトンとしているともういいと再び食材に視線を戻す。
「…右腕の事いってんのか」
「顔の事だと思ったのか。失礼な奴だ」
気持ち悪くなんかねェと言い厠へ向かう銀時。くすくすと笑う主人公の名前は何処かしら柔らかい表情だった。
***
主人公の名前が作った朝食を銀時はうまいうまいと言ってペロリと食べてしまった。神楽も負けじと食べて、今は定春の散歩に行っている。銀時は仕事に向かうべく玄関に行く。その後を主人公の名前が追う。
「あ、あの、ぎ、銀時…!」
「あ?なんだよ」
主人公の名前がスっと風呂敷を銀時の目の前に突き出す。
「お、お、弁当作ったから良かったら食べてくれ…」
顔を真っ赤にして渡す主人公の名前を見る銀時は釣られたかのように顔を赤くする。
「お、お、お前にしてよくやるな…い、行ってきます!!!」
ブーツを履き階段を降る。何故か照れてしまい思考がままならずに原付バイクに鍵を指す。メット入れに風呂敷に包まれた弁当を突っ込み二階を見るとヒラヒラと照れくさそうに手を振る主人公の名前。それを見て手を振り返せばバイクを発進させる。銀時を見送り再び中に入る。
「あーーー!もう調子狂っちゃうなぁ!!銀さん!!!」
バイクを走らせると昨日から続くトンデモ展開に顔を真っ赤に道端で叫んでしまった銀時を道行く人は気づいているのだろうか
***
朝食の片付けをし終わると定春と神楽が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいまネ!…主人公の名前はコレから何するアル?」
「新八くんの家の道場を少し借りたから、素振りでもしようかと思って」
「私も行くアル!」
そう言うと早く行こうと言わんばかりに背中を押す神楽。はいはい、と子供をあやす様に主人公の名前はニコニコしながら万事屋を出る。こんなに幸せで私はいいのだろうか、早くここから出ていかないとまずい事になり兼ねないと思う反面、まだ、ここに居たいと思ってしまう主人公の名前がいた。
***
「新八ィ〜来てやったヨ〜!」
「あ、神楽ちゃんも来たんだ」
立派な家だと門を見てると中へどうぞと新八の声がしたので、お邪魔します、と中に入った。
「あら新ちゃん、この方が主人公の名前さん?」
「姉上!」
「…どうも、主人公の名前です」
姉上と言われた方を見ると新八と似ても似つかない彼女の顔をまじまじと見た。
「私の顔に何か付いてますか?」
「あ、いえ…綺麗だなと思いまして。つい…」
「やだー!もーー!!上手なんですからぁ!」
腕をバシバシと叩かれ痛さに顔を歪めているとハッと我に返る姉上と呼ばれた女性。
「あらやだ、私、志村妙です。いつも新ちゃんと天パがお世話になっております。」
深々と頭を下げる妙。顔を上げるように促すと、道場まで案内してくれた。好きな時に好きな様に使っていいと言われると嬉しそうにお礼を言った。
***
竹刀と新八の道着を借りて、左手で素振りをするがやはり上手く行かないと何度も舌を鳴らす。ふと右腕に目を配らせると隣で素振りをしていた新八に頼んだ。
「…ここに布で竹刀を巻き付けてくれないか?」
「え、でも…」
「大丈夫だから、そんなに気にしなさんな」
そう言うと早く早くと言わんばかりに腕を差し出す主人公の名前。手拭いで竹刀をきつく巻き付けるとお礼を言って再び素振りをし始める。
「やはりこっちだな。まだブレてるが左よりはマシだろう」
新八の目には一切のブレなど見えていないが、主人公の名前はまだだと言って素振りを続ける。暫くすると新八が神妙な面持ちで主人公の名前を見ていた。
「あ、あの!僕と一本勝負して下さい!」
頭を下げ、頼み込む新八。主人公の名前の顔色を伺うため顔をあげればチラッと新八を見て、手拭いで汗を拭い取り指を折り挑発するように促す。それを見た新八は眉間に皺を寄せ一礼すると竹刀を振りかざして主人公の名前に向かって走り込んでくる。
「それじゃ、死ぬよ」
ふと耳元で囁かれたと思ったら、胴に竹刀を擦り付けられていた。一本!と出入口の方から神楽の声がした。
「っ…」
「神楽ちゃん、見てたんだな」
「主人公の名前は強いアル」
「どう考えても振りかざして走ってくれば隙だらけだろう。」
竹刀を新八の胴に添わせるように払うと悔しそうな顔をする。息を飲み再び振りかざしてくる新八に目を見開くがニヤリと笑い後に下がる。新八の振りかざす竹刀を軽々と受け止めていると、きつく巻き付けいた筈の竹刀が緩んで弾かれた。
「あー…」
「うおあああ!!!」
胴に竹刀を突き立てようして踏み込む新八の足を蹴飛ばしバランスを崩した隙に手を蹴り上げ竹刀を手放させる。一瞬の出来事に新八は目を見開き手元を見ると視界が変わり上には主人公の名前が跨っていた。
「勝負あったな」
ポコッとおでこにチョップすると上から立ち去り竹刀を取りに行く。
「…っ!また、また僕と勝負してくれますか!?」
立ち上がり拳を握りしめながら真っ直ぐの瞳で主人公の名前を見ればふわりと笑い。
「勿論だ」
と竹刀を投げて新八に渡した。