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究極の選択
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「なんだ、また引き返して来たのか」
「腹痛てェんだよ」
いつかの夜、満月だった。遊郭に幾度と無く繰り出している男共の誘いを断り縁側で酒を飲む主人公の名前。お盆の上にはぬる燗二号と、酒瓶が並んでいる。その隣にどさりと座り込む銀時にふぐヒレを入れてやったお猪口を渡すとぬる燗を注ぐ。
「おっ、粋だなァ」
「たまには、な」
ニッと歯を見せて笑う主人公の名前にドキリとしてしまう。滅多にこんな顔はしないのに、酒を飲んでいる時だけは表情が豊かになる。いや、高杉と居る時はきっと今よりも色んな顔をするに違いないと思った。
「…、」
「…」
やべェよ!話す事ねェ!!こんな時に気の利いた事のひとつも言えねェ俺ってただの腐れ天パだったか!!!と、頭をがしがしと掻きこぼしてる銀時を見ると不思議そうに見る主人公の名前。
「…どうした。」
「は!?あっ、いや、ははは!」
「そうか」
すると、再び月に目を向ける主人公の名前は酒をくいっと飲み喉を潤すと酒を注ぐ。すると主人公の名前は手甲に小さい刃物を詰めていた。
「なんでそんなもの入れてんだよ」
「…、さぁ。なんだか、嫌な予感がするんだ」
そう言うと詰め終わった手甲を隣に置き、再び月を見る。また、無言が続く。耐えきれなくなって早口で銀時が話しかける
「そ、そう言えばよ、お前なんでこんな酒を隠し持ってんだ?」
「ん?あぁ、これか。」
お盆の上にある酒瓶に目を向け、銀時に顔を近づける。
「な、なんだよ!酔ってんのかよ!」
「…内緒だ。」
再びへらりと笑い顔を戻すと柱に寄り掛かる。短く切られた髪の毛が何処と無く高杉に似ていて無性に腹が立った。
「俺は…髪長い方がその、好きだ」
「…私もだ。でも、生きてれば長くなる。だろ?それに髪の毛で晋助の事を救えたと思うとこの位安いもんさ」
髪の毛を指先でくるくるしていると銀時は立ち上がると同時に主人公の名前の前に来る。そして上に跨ると両肩を押さえて見つめる。
「なんだ…」
「主人公の名前、、その、生きろよ。」
赤い目はどこか寂しげで、不安そうな顔をしていた。それを見た主人公の名前は坂田もな、と言い鼻をきゅっと摘んだ。
「痛てぇ、」
「死んだら痛いなんてわかんない。今のうちに味わっておくんだな。」
そう言い放つと銀時を退かして酒を片付け自室に戻る。その姿を見届けおやすみ、と呟いてその場を後にした。
***
「坂本さん!!!」
「騒ぐな…、総督に叱られるぞ…」
「叱られんのはお前だ」
「晋助、」
坂本に近寄る高杉に主人公の名前は止めようと手を伸ばすが、その手を振り払われてしまった。
「桂浜の龍ともあろうものが、こんなにこっぴどくやられて…何があった」
「戦場から動けなくなった敵の負傷兵を運ぼうとしていた所…負傷兵ごと」
「どうやら、本当に説教が必要らしい」
「勘弁してくれ、せっかく生き残ったのにとどめを刺すつもりか」
そう言うと坂本は主人公の名前をグイッと引っ張り顔を近付けさせる。すると左手で優しく頭を撫でた。
「侍としてのあんたは…もう死んだよ」
高杉の言葉に目頭が熱くなり、気がつけばボロボロと涙を流していた。とめどなく流れる涙を拭くこともせず坂本が撫でてくれている左手に手を添えた。
「やっぱり?もう剣でりんごの皮を剥けんとは不便じゃのう、」
「元々、侍の風上にも置けない野郎だったなァ。てめェらしい間抜けな最後じゃねェか」
左手で主人公の名前の涙を拭ってやる坂本。この人はどこまでも優しい人だと死んだ訳でもないのに昔の事を思い出す。すると酷く気の抜けた声が聞こえた。
「死んじゃいねェよ。剣を振りまわすのが侍じゃねェ。敵を斬るばかりが戦じゃねェ…。坂本辰馬の戦は、棒切れ一本で片付くセコイ戦じゃねェのさ」
「敵の面…覚えてるか」
高杉の言葉にハッとすると惜しみそうに坂本の側を離れ高杉の後を追う。
「おまんら…」
「生憎、そのセコイ戦とやらが好きでな」
「お前はお前の戦をすればいい…俺たちは俺たちの戦をするだけだ」
***
「銀時…銀時やめてくれ!!!」
晋助が身体を縛られ拘束されているなか、主人公の名前も隣で拘束され横たわっている。
銀時が歩く度、砂と草鞋が擦れてざりざりと音が鳴る。厚い雲に覆われ、肌寒い日だった。
かつて主人公の名前を寺子屋住まわせてくれた師の命が燃え尽きようとしていた。
私は、私は何をすればいいんだ。なんでこんな事を考えているのだ、頭の整理が追いつかない主人公の名前。どうすれば、どうすれば助けられる。何から、何を守ればいい。手甲に仕込んでいた刃物を取り出そうと手首を回す。刃部分が出てきて自分の手首に当たっているのかちりちりと痛む。
だがそんなのは気にしてられない、周りを見渡し刀の位置を確認する。生憎愛刀はここからの距離じゃ見えない、そう思いながら徐々手首を上下に縄に擦りつけ、刃物で縄を切っていく。
隣で晋助が懇願している。その声でさえ悲鳴に聞こえ耳を塞ぎたい程だ。
「頼む、やめてくれ!!!銀時!!!」
するとチャキッ…と金属の音がした。銀時の方を見ると刀を振り上げた。振り下げようとした瞬間、縄が切れた。が、高杉が走り出した。それを止めようと敵が刀をを向ける。
「行くな!晋助!!!!やめろ!!!」
解けた瞬間、隣で見張っていた敵の手を蹴り上げ刀を奪い高杉の後を追う。速く、速く走れ!!!そう自分に言い聞かせた。
高杉に刀が向けられ、その刀を腕ごと切り落とそうとした瞬間だった。
師の首は飛び、高杉の左目からは夥しい血が出ていた。息を飲むと、主人公の名前の右手首は刀を持ったまま撥ねられていた。ものともせず、倒れ込んだ高杉のに駆け寄った
「晋助…!晋助ぇ…!!!!」
「もうこいつは刀も握れないだろう」
敵の言葉に殺意を覚え、まだ〝手〟がある感覚に陥って居るのか敵の鞘から刀を抜こうと右腕を伸ばす。が、抜けない。現実が一気に頭に叩き込まれうめき声に近い泣き声が響き渡る。
「あ、あぁ…手が…、ああぁ…!!!」
主人公の名前は左手で敵の腰から抜刀し振り回すものの上手くいかず、腹を蹴られて叩きつけられる。
「黒夜叉あろうものが…仲間の為に腕を失くすなんざァ元も子もねェな」
がははは、と笑う敵を睨みつけ這いずるように高杉の隣に行く。
「…晋助っ…すまない、晋助…」
***
見えてる物より知らない事、知ってる事より知らない事の方が多いと言うがそれはどうだろう。