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宅飲みの方が酔いが回る
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着物を畳み終え、台所に向かうと冷蔵庫から酒瓶を二、三本取り出し居間に向かい机に並べる。すっかり着流しに戻ってしまった主人公の名前の後ろ姿をちらりと目で追う銀時。並べられた酒瓶に目を移すと昔の事をふと思い出した。
「どうした、腹でも痛くなったか」
「うるせェよ」
台所から戻ってくるなり、辛気臭い顔した銀時に言えばニヤリと笑った。お盆を机に置くと銀時がグラスや箸、おつまみを置いてくれた。
銀時の向かいのソファーにどさりと腰を掛け、酒瓶に右腕を伸ばすと酒瓶が倒れそうになった。
「おっと、」
「おめェなにしてんだ」
「いやぁ、この腕になってから飲むのは久方ぶりでな。つい癖で…」
ヘラっと笑うと左手で酒瓶を開け、銀時のグラスに注いでやる。自ら注ごうとすると銀時が酒瓶を奪い取り注いでやると言わんばかりにグラスを指さす。
「すまん」
「おー」
八分目まで注いでもらえば、お互いがグラスを持ちどちらかが音頭を取るかアイコンタクトをしている。
「…、」
「…」
「銀時、その」
「んだよ」
「なんでもない」
クスリと笑うと互いにグラスを鳴らした。
***
暫く会話をする事もなく、銀時はテレビを見ている。主人公の名前はグラス並々に酒を注いで社長席に座り後ろの窓を開け月をぼぅと眺めていた。するとテレビの音が消え気だるそうな声が聞こえた。
「なぁ」
「なんだ」
「高杉と会った事だけどよ…その、生きてたとか驚かないんだな」
バツの悪そうな声に目を向けることもなく酒を飲んだ。するとそれに応えようと口を開いた。
「晋助から何を聞いたかのか知らないが、私が船から逃げる前に天人の話を耳にしたんだ。」
「…、」
横目で主人公の名前の話を聞くには些かどうだろう、と思い身体を主人公の名前の方向へ向けた。
「〝奇兵隊と近いうちに交渉がある〟とか〝奇兵隊総督の高杉晋助は相当のやり手だ〟とか…そこで生きてると確信したよ。姿を見た訳でもないし、その時の私は置かれている現状をどうにか打破したくてな…」
グラスに入ってる酒を飲み干せば窓を閉めて銀時の座っているソファーに腰掛けた。その距離は昔と変わらず、人が一人分入れる位に空いていた。座るなり酒を注いで乾物を口に放り込むと銀時の口にも放り込んだ。
「晋助の耳に入ったって事は、私はいよいよまずいんだな…。こんな所でのうのうと暮らせていたのはたまたま運が良かったから、か。」
「…高杉が、高杉がおめェを助けようとしてる。」
その言葉に目を丸くする主人公の名前だったが次第に苦笑に変わった。
「もう、助ける価値もないのにな。」
「その価値を見出すのはお前じゃない、俺達だ。」
肩をグイッと掴まれ銀時と顔を合わせると赤い瞳に射抜かれた。漆黒の冷たい瞳は赤に飲み込まれそうになった。このまま、ずっとここに居たい。助けてと言いたい。だがもう充分に助けられた、揺れ動く葛藤が主人公の名前の脳内をふらふらさせる。
「船にいる時、まともな飯が食えなかった。食えるのは週に一回のお粥で、作らされる一方だった。つまみ食いしようものなら叩かれる。空腹で死にそうだった。夜は何十もの天人の相手。アイツら手加減ってモノを知らないんだな。知ってるか?体液ってのは、時に空腹も満たしてくれる。」
美味いもんじゃないけどな、とへらっと笑う主人公の名前は瞳の奥に精気がなく、このまま死んでしまうのでないかと。この数カ月、ずっと主人公の名前の話を聞かなかった、きっと高杉に会わなければこうして向き合う事も無かった、そう思った銀時は高杉に対して複雑な気持ちになっていた。
「捕まった直後、一度だけ逃げ出そうとした事があった。が、船の構図を把握しきれてない、その上化膿してるこの右手。逃げ切れなかった。そのバツとして墨をケツに入れられた。皮肉にも肩と同じ絵柄だった。この百合は〝妾の子〟に入れられるらしい。」
けらけら笑う主人公の名前に不信感を抱き酒を煽るように飲み干す銀時。ふと、昔の事を思い出した。生きていたら百合の意味を教えてくれると言った主人公の名前。その思い出に後頭部はゾワリと泡肌を立てる。
「申し訳ないが、こんな汚い身体に見出してもらう価値なんてないんだ。…暫くしたら出てく、」
「おい、出て行かなくてもいいだろ」
「私がココに居るってことが天人にバレたら、白夜叉の首を撥ねて新八くんも神楽ちゃんも売られるぞ。アイツらは子供だったら男女問わない。守るべきモノを履き違えるな」
「…好きにしろ」
「言われなくとも」
グラスを互いに鳴らし酒を飲む。すると銀時が懐から麻の袋を取り出し主人公の名前に渡す。
「なんだこれ」
「今日、呉服屋のばあさんに貰ったんだ。」
開けるとそこには簪が入っており左手に取ってまじまじと見る。
「綺麗…」
「桔梗の花言葉なんだか知ってっか?」
「確か、『永遠の愛、誠実、清楚、従順』西洋では『友人の帰りを待つ』だったな。」
「よく知ってんな。俺ァばあさんに教えて貰ったがすぐ忘れちまったよ」
「〝友人の帰りを待つ〟か…」
へらっと笑う銀時に釣られて笑う。
「…銀時、簪付けたいんだが片腕じゃどうにもならん」
誤算だったようだな、と笑うと目を見開きしまったと呟く銀時を見て、簪を耳に掛けた。
「明日、お登勢さんに使い方習ってくる。3日間くれはしないか?それまで片手でどうにかする」
「へーへー、好きにしろ」
「ありがとう」
3日間と聞けば、3日間は万事屋に滞在してくれる事は確定だろうと思った。主人公の名前が万事屋を出ていく前に事を片付けようと眉間に皺が寄る。その顔を覗き込む主人公の名前の鼻を摘めばペシっと右腕で払われた。
「そういや、お前の苗字知らねェな。」
教えてくれよ、と酒を注ぐ銀時に礼を言うと再び酒を飲み天井を見上げた。
「そんなもん…とうに忘れた」