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備えあれば憂いなし
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「おはようございます」
スナックの戸をカラカラと開けると一目散に刀を隠しに裏に入る。柱の物陰に立て掛けこれで大丈夫だろうとカウンターに行けばお登勢が不思議そうにこちらを見てきた。
「慌ててどうしたんだい」
「お、一昨日割烹着どうしたっけなぁって思って裏に見に行っただけです!!ありました!!」
「あぁ、洗って裏に置いてあったろう。」
「は、はい!ありがとうございます。」
話を逸らそうと背中から滲み出る汗が着流しに吸われ、気持ち悪い感覚に襲われる。耳にかけてある簪がシャリンと音を鳴らすと我に返り簪をお登勢に見せる。
「あ、あの良かったら髪の毛結ってはくれませんかね…」
「なんだい、素敵な簪じゃないか。」
お登勢が簪を手にすると、袖口に手を入れつげ櫛を取り出した。手招きをされるとぎこちなくお登勢の前に行く。「なんでそんな緊張してるんだい」と笑われ髪を丁寧に梳かし始める。こんなに優しく梳かされたのは初めてで、昔の記憶が蘇る。
義母に髪を結われる時は痛くて、声を上げると更に強く結われ頭皮から髪が抜ける音をよく耳にしていた。
だが、今は凄く心地が良い。さっきまで再三寝ていたのにうつらうつらしてしまう。
「艶があって黒すぎて蒼く見える綺麗な髪だねえ。私も昔はこのくらい艶があったもんさね」
「んー…」
「ほら出来たよ」
梳かされている時間が長く、簪をつける行程は数秒で終わる。左手で頭をそっと触ると綺麗にまとまっていた。すると厠に行き鏡で自分の姿を見た。
「わ…凄い…」
小走りでお登勢の前まで駆け寄り頭を下げる。
「ありがとうございました!簪って凄いんですね」
「毛が多くてもまとめられるからねぇ。で?その簪は誰からの頂き物だい?」
ニヤリと濃い紅が付いた口角を上げる。するとケロッとした顔で、答える。
「銀時から頂きました」
「…は?」
「あ、正しくは依頼先の女主人から頂いたみたいで…」
「…銀時からねぇ、」
煙草に火を付け、ふぅと紫煙を吐く。銀時がまさか譲り物とは言えども、女にプレゼントだなんて明日地球滅亡してもおかしくはない、と思った。
再び髪の毛を触り嬉しそうに笑をこぼすと割烹着を身に付けるべく裏に行った主人公の名前の背中を見送るお登勢は、女だねぇと呟いた。
***
客も少なくなった深夜1時頃、もう客は来ないだろうとお登勢に言われたキャサリンは外の看板の電気を切り中に戻ってくる。すると再び戸が勢いよく開いた。キャサリンを突き飛ばし中に入ってくる天人と以前揉め事を起こした男が首根っこを捕まれ立っていた。
「ここにいるのか」
「へ、へェ、間違いありやせんぜ!」
「だとよババァ、かたわの姉ちゃんは居るか?」
「…知らないね。もう店じまいだ。また日を改めて来るんだね」
取り乱しもせず天人を睨んだままでいるお登勢。天人に突き飛ばされたキャサリンは男に唾を吐きかけ裏に行く。
「あのかたわなら裏にいますぜ!!」
「んだよ、手間かけさせてんじゃねぇよババァ殺すぞ!」
すると銃口をお登勢の額に突き付ける。引けるもんなら引いてみなと言わんばかりに紫煙を銃に向かい真上に吹き掛ける。
「女王様!出タラ オ登勢サンニ怒ラレルヨ!!」
お登勢がピクリと眉を動かすと額にあてがわれた銃がバラバラに斬られ床に落ちた。
「ご指名ですか。高いですよ」
「よォ。久しぶりだなあ主人公の名前。お前が居なくなってから夜がつまんなくてなぁ。」
そう言うと首ったまを掴んでいた男を外にほおり投げ主人公の名前の割烹着を掴み外に引きずり出す天人。お登勢が行くなと腕を掴もうとするが時すでに遅し、外に投げ出され電柱にぶつかる主人公の名前をただ見ているだけだった。
「けほっ…、」
背中はズキズキと痛む。ぶつけた衝撃で頬の内側を噛みちぎってしまったらしく、血の味がした。
周りを見渡すと以前船から逃げてきた時の顔見知り、と言うのだろうか、天人が4~5人主人公の名前を取り囲んでいた。すると店先に入ってきた天人は大きいアタッシュケースを男に投げて中身を確認させていた。
「50万入ってる」
「えぇ!?500万って言ってたじゃありやせんか!」
「あの女に500万かぁ、笑わせんな」
げははは、と下品な笑い声と共に男はアタッシュケースの中身をみてまぁいいだろう、とニヤリと笑った。刀や銃、金棒を持った天人を見ると目の前がちかちかし、本日何度目かの冷や汗が流れる。まただ。また売られてしまう。また殺さなきゃ、脳裏に達筆な字が浮かんだが、なんと書いてあるか思い出せないままでいた。
「おい、誰がそんな粗末な扱いしろって頼んだよ」
聞き覚えのある声がした。だが、それは確信を持てなかった。
「しん…す、け」
「主人公の名前!!!!!」
すると遠くの方で銀時の呼ぶ声がした。答えようにも声が出なくそのまま意識を手放した。